魔女になると決めた喪女、魔女になって本当の愛を知る
「処女は30を過ぎると、魔女になる……そんな酒飲み話を信じていたわけでもないでしょう?」
これは10年ぶりの再開を果たした彼女に向かって、わたくしが放った最初の一言です。
彼女はリンゴの木だけが生えている不思議な森の奥、石戸に隠された洞窟にひっそりと住んでいました。
「お久しぶりです、ドクトリン・リンヴォ……ドク・リンヴォ様。いや、いまはポイズンアップル様とお呼びすべきでしょうか」
ロウソクを片手に振り返ったポイズンアップル様は、鬼婆のような恐ろしい顔でわたくしを睨んでいます。
「私の真名を知っているとは……!? お前、何者だい!?」
その反応はちょっとショックでした。
怖かったわけではなくて、わたくしのことをすっかり忘れているようです。
このときわたくしはぶかぶかの外套を羽織っていたので、もしやと思って前をめくってみせます。
外套の中からメイド服が現われた途端、ポイズンアップル様の表情が一変しました。
「お前は、ヘルパーメイドの……!」
やっと思いだしていただけたようです。
「当時はお世話になりました」
無害な相手だとわかるやポイズンアップル様は背を向け、やりかけの作業に戻られます。
調合台からは、怪しげな紫色の煙があがっていました。
「しかし、よくここがわかったね」
「10年前も、ポイズンアップル様はリンゴの森に住んでおられましたから」
それでも、あちこち探し回りましたが。
「この洞窟は使い魔が守っていて、並の人間じゃ近づくこともできないはずだけどね」
「10年前に、使い魔になる前の動物たちのお世話をしておりましたから」
当時、ごはんをあげていたのが良かったのでしょう。
みなさん最初は毛を逆立てて牙を剥いてきたのですが、わたくしだとわかるとシッポを振って顔をペロペロ舐めてくださいました。
「ふん、当時もタダ者じゃないとは思ってたけど、いまも変わらないようだね」
「はい。あなた様はお変わりになりましたね。まさか、本当に魔女になってしまうなんて」
「私がこうなった理由は、お前さんもよーく知っているだろう。いまじゃ数少ない、すべてを知る者のひとりじゃないか」
「いいえ。わたくしはまだ、すべてを知りません。ですので、お聞かせ願えませんか? あなた様がなぜ、このようになってしまったのかを……いいえ、ならざるをえなかったのかを」
「ふん! 昔話をしに来たわけでもないだろうに……!」
ポイズンアップル様はいまいましそうに鼻を鳴らしています。
しかし手を動かしながら、独り言のように話してくださいました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それはドク・リンヴォ様がポイズンアップルを名乗る前のこと。
当時、リンヴォ様は10歳でした。
リンヴォ様は孤児だったのですが、伯爵様の家に引き取られました。
その伯爵様は小児性愛者で、リンヴォ様を性的な目で見ていたそうです。
伯爵様の奥様はそれが気に入らず、リンヴォ様につらく当たっていました。
伯爵様からも乱暴されそうになり、ついにリンヴォ様は逃げだします。
天涯孤独の身となったリンヴォ様。
行くあてもなくさまよったのでが、リンゴの森の奥にあった廃屋を見つけてそこで暮らしはじめます。
10歳の少女がひとりで生きていくのは、並大抵の苦労ではありません。
森のリンゴやキノコで餓えをしのぎ、枯葉で寒さをしのぎ、街に出ては物乞いやゴミ漁りまでしたそうです。
彼女は懸命に生きていましたが、社会や悪い大人たちは容赦しませんでした。
非力な少女が身を守るために毒物を使うようになり、やがては魔女のフリをしだしたのは仕方のないことと言えるでしょう。
それから5年の月日が流れました。
森には魔女がいるというウワサが街ではすっかり広まっていて、リンヴォ様は貧しくも平穏に暮らしていました。
そこに、ひとりの少年が訪ねてきます。
その少年は物乞いすら捨ててしまうようなボロボロの服で、痩せ細った身体はアザと火傷跡だらけでした。
「ははぁ、ここが魔女の家だと知らなかったようだねぇ!? じゃぁ、食ってやろうかねぇ!」
リンヴォ様はいつものように、禍々しい装飾をした大きな仮面を被って少年を脅かしました。
これをすると強盗団でも腰を抜かして逃げ出すのですが、少年は我が身を捧げるように跪いたそうです。
「僕を、食べてください……!」
彼はリンドウという名の5歳の少年で、街の領主様のお屋敷に住んでいました。
しかし継母やメイドたちから毎日、お前は役立たずだと罵られ、暴力を振るわれていたそうです。
泥水に顔を浸けられて殺されそうになっていたところを逃げだし、リンヴォ様の家にたどり着きました。
「僕は、役立たずなんです……! だからせめて、誰かの役に立って死にたい……! 魔女様、どうか僕を食べてください……!」
もちろんリンヴォ様は食べるつもりなんてありません。
虐待されていたリンドウ様にかつての自分を重ね合わせてしまい、仕方なくリンドウ様を家に置くことにしました。
リンドウ様はまともな食事が与えられていなかったのでしょう、木の実のパンとキノコのスープに大興奮。
「わぁ! こんなに美味しいもの、初めて食べました! それにこんな綺麗な服まで……! 魔女様は母上より、ずっとおやさしいです……!!」
「ふん、勘違いするんじゃないよ。私はアンタの家族でもなんでもない。だから、自分のことは自分でするんだ」
リンヴォ様はリンドウ様に、生きるための術を教えました。
毒を使った狩りには、必ず同行させていたそうです。
「いま、あのクマに吹き矢の毒針を当てた。クマはこっちを威嚇してるけど、そのうち逃げ出す。毒が効いて死ぬまで、ずっと追いかけ回すんだ」
「はい、リンヴォ様。死ぬまで、どのくらいかかるんですか?」
「あの大きさのクマなら、3日ってところだね」
「えっ、そんなに掛かるんですか? 即効性の毒を使えば……」
「バカだねぇ。即効性の毒は強すぎるから、死ぬ時にのたうち回って毛皮が傷付くんだ。それに強い毒は肉や内臓もダメにしちまう。遅効性の毒を使えば、キレイでイキのいい毛皮や肉が手に入るって寸法さ」
「なるほど……!」
「これから3日3晩、不眠不休であのクマを追うよ。狩りに大事なのは執念なんだ。いちど狙った獲物は死んでも逃さない気持ちを持つんだよ」
狩りの最中、リンヴォ様はリンドウ様に、いつもこう言い聞かせていたそうです。
「狩りだけじゃない、生きるってのも執念なんだ。他人から役立たずって言われた程度で命を断とうとするなんて、もってのほかだよ。生き抜いて、いちどこうと決めたことだけを命懸けでやるんだ……いいね?」
「はい! わかりました!」
執念こそが、生きるための術……。
そんな日々を送る最中、リンドウ様はケガをなされて床に伏してしまいます。
リンヴォ様は手厚く看病をしていたのですが、病状は良くなるばかりか悪化していく一方です。
街の病院に連れて行ければよいのですが、そうすると医者を通じてリンドウ様の居場所が領主様にバレてしまうのでできません。
とうとうリンドウ様は重度の熱にうなされ、意識不明となってしまいました。
「お願いだよ、神様……! 私から、この子を奪わないでおくれ……! この子のためなら、なんだってするから……!」
リンヴォ様が神に祈っていると、玄関扉がノックされました。
「ごめんくださいまし、道に迷ってしまいました。どうか、ひと晩のお宿を……」
「うるさいねぇ! 今はそれどころじゃないんだよ! ここは魔女の家だ! 本当に食ってやろうか!?」
八つ当たり気味に勢いよく開けた扉、そこにはカバンひとつ持ったメイドが立っておりました。
そう、わたくしです。
わたくしは仮面の脇からチラ見えしているベッド、そこで横たわっているリンドウ様の異変にすぐ気づきました。
「ちょっと失礼いたします」
わたくしは威嚇するリンヴォ様の横をすり抜けて部屋に入ると、リンドウ様の元へと向かいます。
「ちょ、なんだいあんた!? ここは魔女の家で……! って、なに勝手にやってんだい!?」
大声で喚くリンヴォ様を横目に、わたくしはリンドウ様の腫れあがった足の傷口に詰められていた薬草を取り除きました。
現われた傷口を、手桶にあった水で綺麗に洗い流しつつ尋ねます。
「こちらのケガは、池か沼で負ったものですね?」
「えっ、なんでわかるんだい? 狩りで獲物を追っている最中、入った沼で足を切っちまったんだ」
「やはりそうですか。こちらの方は破傷風に冒されています」
「破傷風……? そ、それは、どうやったら治せるんだい!?」
「破傷風は、破傷風菌が傷口から体内に侵入して起こる感染症です。菌は嫌気性ですので、傷口を塞いでしまうと菌が増殖してより悪化します。治療にはむしろ、こうやって傷口を空気に触れさせることが大事なんです」
傷口をより開いて空気を取り入れることで滅菌し、そのあとで薬草で手当をいたします。
すると、リンドウ様はウソのように回復していきました。
そのときの、ポカーンとしたリンヴォ様のお顔は、いまでも忘れられません。
「私が手を尽くしてもダメだったのに……。あんた……もしかして医者なのかい?」
「いいえ、ただのヘルパーメイドです」
宿を頂いたお礼として、わたくしはリンヴォ様の家でメイドとして働くことになりました。
リンドウ様はすくすくと成長なされ、リンヴォ様と出会った頃の棒のような身体は、壮健さとしなやかさを兼ね備えるほどになっていました。
やがて9歳の誕生日を迎えられ、リンヴォ様からなにが欲しいかと尋ねられたリンドウ様は、こう答えたのです。
「魔女は、使い魔に焼印を押すそうですね。僕を、最初の使い魔にしてほしいんです……!」
それは、わたくしがお暇を頂いた日のことでもありました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
洞窟内には、リンヴォ様……いや、ポイズンアップル様の涙声が響いていました。
「あの子がどうしてもって言うから、私は見よう見まねで焼印を押してやったんだ……! 大の大人でも苦しむ焼印を押されて、あの子は笑っていたよ……!」
きっとリンドウ様は、家族と呼べるものが欲しかったのでしょう。
「その笑顔を見た時、私は決めたんだ……! この子を一生離さないって……!」
おふたりは深い絆で結ばれましたが、その幸せは長くは続きませんでした。
リンヴォ様がリンドウ様をかくまっていることが、街の領主様にバレてしまったのです。
領主様は街の人たちを魔女狩りと称して動員し、リンヴォ様の家を襲わせました。
リンヴォ様は捕まってしまい、魔女として火刑に処されそうになります。
しかしスキをついて逃げ出したそうです。
リンドウ様はどうなったかというと、領主様の家に連れ戻され……。
「あの子はまた、虐待の日々に逆戻りさ! さんざんイジメ抜かれた挙句、メイドに火を付けられて、生きたまま焼き殺されたんだ!」
悲しみにくれるリンヴォ様はポイズンアップルと名を変え、復讐の鬼と化したのです。
「この国は、よってたかって私を魔女にしようとする! だから、なってやったんだ! 身を潜め、魔女の修業し……! あの子をイジメていたヤツらを片っ端からリンゴで毒殺してやったんだ!」
ひとりの少女に、どれほどの不幸が訪れたら魔女になるのか……そのすべてを、わたくしは知りました。
そして魔女は予告したのです、このエナ王国の王族たちの殺害を。
さらなる不幸が起こるかもしれない今、黙って見過ごすわけにはいきません。
それが、わたくしがこの洞窟を訪れた理由です。
「もう、復讐はじゅうぶんでしょう。王族の方々まで狙うのは間違っています」
「いいや……! あの子が死んだのは、この国のせいだ! 皆殺しにしてやらなければ、あの子が浮かばれないんだよ!」
調合台からふたたび振り向いたリンヴォ様。その手には、リンゴの見目をした爆弾が握られていました。
「毒ガス爆弾だ……! コイツを、使い魔のカラスを使って王都にバラ撒く……! コイツからは誰も逃れられない、たとえ便所に隠れたって無駄だ! 誰もが殺虫剤をくらったゴキブリのように死んでいくのさ……!」
その顔は月の裏側のように醜く歪み、瞳は愛を忘れた獣のように血走っています。
もはや手遅れとしか言い様のない有様だったので、わたくしは説得を諦めてしまいました。
「でしたら、手向けをお捧げいたします。冥府魔道にまっしぐらなあなた様に、ぴったりのものを……」
わたくしの背後にあった物陰から、長身の人影が現われました。
輝く長い金髪に白い肌、薄暗い洞窟の中でも隠しきれないほどの美しさを放っています。
その人物が、胸に手を当てる王族独特の挨拶をすると、リンヴォ様の目と口は驚きに見開かれました。
「王家の紋章が入った手袋……!? まさかお前は、ジェンテンス王子か!? なぜ王族の人間が、こんな所に……!?」
ジェンテンス王子は、不気味な魔女を前にしても動じません。
身体を包む紫色の煙も、そよ風のように浴びていました。
「世間を騒がせている魔女というものを、この目で見てみたかったんだ。気に入ったら、宮廷魔術師にスカウトしようと思ってね」
「そうかい、アンタみたいなイイ男に見染められるのも悪くないね。宮廷魔術師といわず、妃になってやろうか?」
この人を食ったような軽口は、まさしく魔女のそれでした。
彼女はこの話術で、多くの人間を惑わせてきたのでしょう。
「せっかく来たんだ、ゆっくりしていきなよ。そこにあるリンゴをお食べ。この森で採れたおいしいリンゴだよ」
「レディからのもてなしを、断るわけにはいかないね」
ジェンテンス王子は傍らのテーブルに積まれているリンゴをひとつ取ると、なんの疑いもなくかぶりつきました。
シャリシャリと美味しそうな音が、洞窟内に響きます。
まさか本当に食べるとは思ってもなかったのでしょう、リンヴォ様は目を点にされています。
しかしすぐに、身体を三日月のように仰け反らせて哄笑しました。
「ひゃっひゃっひゃっひゃ! 魔女の棲処にあるリンゴを口にするなんて! ジェンテンス王子はうつけ者だというウワサは本当のようだ! あんたはもう、私の奴隷だよ! そのリンゴにはねぇ……!」
「魅了薬なら、僕には効かないよ」
魔女の笑いは瞬時に消し飛びました。そしてかわりに、不敵な笑みがよみ帰ります。
「ははぁ……! うつけ者というのは、どうやらフリのようだねぇ……! あんた、相当のキレ者のようだ……!」
「ありがとう。そこまで言われては、お返しをしないわけにはいかないね」
ジェンテウス王子は腰の剣を抜刀、それは魔力を帯びた炎剣で、洞窟内にまばゆい光をもたらしました。
「王国転覆を企む魔女よ、覚悟しろ……!」
「そんな遠くで剣を抜いて、なにをしようってんだい!? この距離なら、私の呪術のほうが速いさね! ひゃっひゃっひゃっひゃ! こりゃ最高の手向けだよ!」
お礼を言おうとした魔女は、わたくしの姿がそこにはないことに気づきます。
わたくしはすでに魔女の背後に回り込んでいて、次の瞬間には彼女を羽交い締めにしました。
「どうぞ王子、その炎剣で心臓を貫けば、魔女といえどひとたまりもないでしょう」
魔女は泡を食って大暴れしましたが、わたくしはガッチリと押さえ込みます。
「は……離せっ!? そんなことをしたら、お前も死んでしまうぞ! ヘルパーメイドのお前は賤民なのだろう!? なぜ賤民が、王族の味方をする!? お前を賤民にしたのは、この国なのだぞ!」
「わたくしは望んでヘルパーメイドをやっているのです。それに賤民でも、この国を良くすることがなんなのかわかります」
「ふ……ふざけるな! あの子を殺したこの国を許すっていうのかい!? すべてを知ったあんたなら、わかってくれると思っていたのに!」
「すべてを知ったからこそです。さぁ、ともに参りましょう」
ジェンテンス王子の炎剣が、魔女の胸に深々と突き刺さります。
わたくしの胸にも灼熱が広がっていき、すぐに全身を焦がす紅蓮となりました。
断末魔があがり、それを合図としたかのように、洞窟の入口から次々と武装した兵士たちが押し寄せてきます。
彼らは口々に、ジェンテンス王子を讃えていました。
「見ろ、魔女が燃えている! 魔女がついに倒されたんだ!」
「まさか本当に、あのポイズンアップルを倒すなんて!」
「ジェンテンス王子の正統なる血統が、いまここに証明された! われら騎士団は、未来の王に永遠の忠誠を誓います!」
その場にいる誰もが笑っています。
しかし、ひとりだけ泣いていました。
「ごめん……ね……! あなたの無念を……晴らせなかった……! あ……悪魔がいるなら……! 私を……生き返らせて……! 怨霊でもゾンビでも……! ウジ虫でもいい……! どんな姿になってでも……! 私……は……あなたの……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リンヴォ様が生き返ったのは、それから一週間ほどしてのことでした。
「こ……ここは……?」
リンヴォ様は茫洋とした瞳であたりを見回していましたが、ベッドの傍らにいた人物に髪の毛を逆立てるほどにビックリされていました。
「お、お前はっ!?」
「よかった、気づきましたか。急所は外しとはいえ傷は深かったら、心配しましたよ」
「急所を外した!? なぜ、そんなことを!?」
「……まだ、気づいていないのですか? 本当に?」
ジェンテンス王子はちょっと悲しそうな顔をしつつも、白い手袋を外しました。
「そ、その焼印は……!? お前はまさか、リンドウ!? 10年前に死んだはずじゃ……!?」
ジェンテンス王子は、後ろに控えているわたくしに視線をやりながら答えました。
「当時も彼女に協力してもらって、焼死を偽装したんですよ。彼女の外套は、防炎の素材でできているんです」
「そ、そんな……!? これは、夢よ……! 夢に違いないわ……!」
これが現実であるというタネ明かしが、ジェンテンス王子の口からなされました。
ジェンテンス王子ことリンドウ様の母親は、エナ王国の従者であったスズラン様でした。
前国王の第一夫人であるトリプト様にお仕えしており、おふたりは姉妹のように仲良しだったそうです。
しかし前国王がスズラン様を気に入られ、おふたりの間にはひとりの男児、リンドウ様がもうけられました。
前黒王とトリプト夫人との間には女児しかおられなかったので、男児であるリンドウ様が後継者に指名されたのですが……。
それに怒ったトリプト様は、前国王とスズラン様を暗殺。
残されたリンドウ様を引き取って、地方領主に預けてしまいました。
それが、幼い頃のリンドウ様が虐待されていた理由です。
リンドウ様は虐待に堪えかねて領主様の元を脱走、リンヴォ様に保護されます。
しばらくしてリンドウ様は領主様の元へと連れ戻されるのですが、それと同時にわたくしは領主様のお屋敷にヘルパーメイドとしてお仕えしました。
そこでリンドウ様に行きすぎた虐待をするフリをして、焼死を偽装したのです。
リンドウ様の身柄は、反トリプト派の方に保護していただきました。
リンドウ様は別人になりすますためにジェンテンスと名を変えます。
それからしばらくの時を待って、エナ王国の正式な後継者として名乗りをあげたのです。
「僕が身を潜めているときに、リンヴォ様はトリプト派の人間を次々と暗殺してくださいましたよね。おかげで僕の安全は保たれて、無事に後継者になることができたのです」
しかしジェンテンス王子にはひとつ問題がありました。
手に焼印があることで、魔女の手先だと思われてしまったのです。
「そうでないことを証明するためと、なによりリンヴォ様を助けるために、僕は魔女討伐を宣言したのです」
それらがすべてうまくいったのは、もはや言うまでもないでしょう。
ジェンテンス王子はここからが話の本題だとばかりに、リンヴォ様の手を握りしめました。
「これで、悪い魔女はいなくなりました。どうか、僕と結婚してください」
「ファッ!?」とかわいい悲鳴があがります。
「やっと言えました。ずっと好きだったけど、言い出せなかったんです」
ずっと好きだった……。だからこそ、あの洞窟で食べた魅了薬入りのリンゴが効かなかったのでしょう。
リンヴォ様はリンゴのようにお顔を真っ赤にして、面白いようにうろたえだしました。
「なななな、なにを言っているんだお前は!? 私とお前は、10も歳が離れているんだぞ!?」
「たったの10歳ですよ。あなたはよりいっそう美しくなられ、僕はますます好きになりました」
「いやいやいや! 私にとってお前は、弟子というか子供みたいなもので、恋愛感情なんて……!」
「そうですか? 洞窟で、僕のことをイイ男だ、妃になってやろうか、とか言ってましたけど?」
「やぁん! あ、あれは……! そう! ただからかっただけだ! ……あっ! さてはお前、私をからかってるんだな!?」
「もう、魔女みたいに振る舞わなくてもいいですよ。昔もふたりっきりの夜は、普通に喋っていたではないですか。ベッドの中では……」
「や……やめてぇ! それを言わないでぇ!」
リンヴォ様は乙女のように恥ずかしがしがり、子供のようにイヤイヤをしています。
しかしジェンテンス王子は追撃の手を緩めず、グイグイ迫っていました。
「いくら拒まれても、僕はぜったいにあきらめませんよ。狙った獲物はぜったいに逃さない……執念深い男として育てられましたからね」
「ひ……ひぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
どうやらすっかり、主従関係が逆転してしまったようです。
嬉しい悲鳴が響き渡る王城の廊下をわたくしが歩いていると、ふと、大臣に呼び止められました。
「お……おい……? お前はたしか、リンヴォ様といっしょに胸を貫かれたんじゃなかったのか? リンヴォ様はまだ寝たきりなのに、なぜお前はそんなにピンピンしてるんだ?」
「ピンピンはしていません。それにわたくしも、半日ほどお休みを頂きましたから」
「えっ、たったの半日……? いや、そんなことより、どこへ行くつもりだ? これからお前は、王家の侍女として……」
「それはお断りします。わたくしのすべきことは終わりましたので、お暇を頂きます」
「なに? 王室の侍女といえば、貴族令嬢たちがすすんでなりたがるほどの憧れの職業なんだぞ? ヘルパーメイドのお前にとっては、またとない貴職だというのに……」
「わたくしは望んでヘルパーメイドをやっているのです。それに賤職でも、この国を良くすることができると思っておりますので」
わたくしは深々と頭を下げたあと、カバンひとつ持ってお城から出ました。
ちなみにそれからどうなかったかというと、リンヴォ様は現在、宮廷魔術師をしておられます。
毎日ひたすら、ジェンテンス王子から口説かれているそうです。
ジェンテンス王子が国王となってご結婚なされ、お世継ぎが誕生するのは時間の問題でしょう。
そうなれば、この国は安泰です。
わたくしはそんなことを考えながら、次の職場の門戸を叩いておりました。
「ごめんくださいまし。『ハピネス・ヘルパー紹介所』から参りました、ミーテルと申します。……ごめんくださいまし!」
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