そこまで怒る意味もない 1
昨日は寝落ちしました(´;ω;`)ウッ…
その後、ローゼリーンは食事を終え、邸宅にある私室へと向かった。
女性らしい色合いの家具が並ぶ中、ローゼリーンは真っ先にソファーにぽふんと腰掛ける。
ローゼリーンのその姿を見てか、控えていたテレサが口を開いた。
「全く、なんなのですか! あのお人は!」
明かに怒りを孕んだ声でそう言って、テレサは腰に手を当てて怒る。
彼女がここまで感情を表に出すことは珍しい。普段は、冷静沈着な侍女なのに……と、心の片隅で思いつつ、ローゼリーンは肩をすくめる。
「ローゼリーンさまを蔑ろにするなんて、たとえ英雄だったとしても許されることではありませんわ!」
ぷんすかという効果音が聞こえてきそうな彼女を見ても、ローゼリーンはなにも思わない。
いや、多分ではあるが。
(人間って、自分よりも感情を表に出す人を見ると、冷静になるのね……)
そういうことなのだろう。
テレサがローゼリーンよりも怒ってくれるから。ローゼリーンは、こうして冷静でいられるのだ。
「まぁ、いいじゃない。とりあえず、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!」
普段はローゼリーンに逆らうことはない彼女も、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れているらしい。
……まぁ、それもそうなのだろう。
「けれど、くれぐれもこのことはお父さまやお兄さまには言わないで頂戴ね。伝わってしまったら、どうなるかわからないわ」
ゆるゆると首を横に振って、ローゼリーンがそう言う。テレサは、不服そうながらも頷いてくれた。それに、胸を撫でおろす。
「とりあえず、食後のお茶を貰えるかしら?」
ローゼリーンがテレサにそう言ってみれば、彼女は深々と頭を下げて「かしこまりました」と言ってくれる。そのまま、すたすたと部屋を出て行った。
残されたのは、ローゼリーンただ一人。
「……テレサは、私の今後を思って、こう言ってくれているのよね」
愛されない妻という立場は、ローゼリーンの想像する以上に辛いものなのだろう。
貴族社会の噂の回りは早い。どこぞの夫婦が不仲だとか、愛人を作っただとか。そういうことはあっという間に広がるのだ。
(まぁ、今日の態度の感じだと、私たちも不仲説が囁かれてもおかしくはないわね)
バーグフリートは、ローゼリーンとちっとも目を合わせようとはしなかった。それは、不本意な婚姻であるということを物語っている態度にも思える。
それでもローゼリーンを望み、娶ったのは。やはり、ローゼリーンの立場が魅力的だったからだろう。
「ということは、今夜は期待できそうにないわね」
世間一般的には今夜は初夜になる。が、多分、彼は夫婦の寝室には来ないだろう。
出来れば、そのことを伝えてほしい。そうすれば、ローゼリーンも私室でゆったりと出来るのだから。
「来るか来ないか。そういうことを考えている時間が、一番無駄なのよねぇ」
頬に手を当ててそう呟けば、私室の扉がノックされる。
そして、聞こえてきたのはテレサのものではない、女性の声だった。
「はぁい」
返事をすれば、扉が開く。そこにいるのは、新しく雇った中年の侍女だ。立場は侍女長になると聞いている。
「ローゼリーンさま。バーグフリートさまから伝言でございます」
「……あら、なぁに?」
「本日は別室で休むということでございますが……」
ちらりと侍女がローゼリーンの様子を窺う。その目には、ちょっと複雑な感情が宿っているようだ。
だからこそ、ローゼリーンは頬に手を当てる。
「わかったわ。どうぞごゆっくり休んでくださいと、伝えて頂戴」
「……かしこまりました」
侍女が深々と頭を下げる。
彼女が出て行って、扉がぱたんと閉まる。それを見て、ローゼリーンは大きく伸びをした。
「……うん、伝えてくださっただけ、まだいいわね」
これで、自分も私室でゆったりとすることが出来る。
「挙式に披露宴。あと、あの晩餐。とっても疲れたわ」
この後は、湯浴みでもしようかな……と思っていると、扉がノックされる。今度は、間違いなくテレサの声が聞こえた。
「いいわよ」
ローゼリーンの返事に合わせて、扉が開く。そこには予想通り、ワゴンを押したテレサがいた。
「お茶をお持ちいたしました。本日は料理長に頼んで、レモンをわけていただいたので、レモンティーでございます」
確かにテレサの押すワゴンには、ティーポットとカップ、砂糖のほかに輪切りのレモンがある。
……ローゼリーンはレモンティーが大好きだ。そのため、嬉しくなってパンっと手をたたいた。
「まぁ、嬉しいわ」
ニコニコと笑うローゼリーンを見るテレサの目が、何処か苦しそうだ。
……もしかしたら、ローゼリーンが強がっている。そう思っているのかもしれない。
決して、そんなことはないのに。