嫁ぐことになったわけ 3
この国で現状最も身分の高い未婚の子女。しかも、王族の血を引いている。
そうなれば、妻に欲しがるのもある意味当然かもしれない。
ローゼリーンは多少夢見がちではあるが、割と現実主義者でもある。なので、特別嫌悪感は抱かない。
「……当然かと思いますが。お父さまは、なにがそんなに不満ですの?」
きょとんとしつつそう問いかけてみる。父がローゼリーンを見つめる目は、やっぱり不満そうだ。
「当たり前だろう。私はローゼには幸せになってほしい。そのためには、財力も権力もある。そういう男と結婚するべきだと思う」
……まぁ、貴族の考えとしては正解だろう。そして、娘を持つ親としても、正解の考えだと思う。
「だが、あの男はどうだ? 英雄と呼ばれているが、所詮はそれだけ。実家は落ちぶれていると有名な伯爵家。しかも、次男坊。いくら陛下があの男に新しい伯爵位を与えると言っていても、私は納得できない!」
目の前のテーブルをバンっとたたく父。
ローゼリーンは心の中だけでため息をつく。
この父は。普段は冷静で切れ者、周囲からの信頼も厚い、素晴らしい人だ。
が、しかし。娘であるローゼリーンが関わると一変。子供のような人物に変貌してしまう。
「ローゼは私の宝なんだ。いや、私だけではない。むしろ、国の宝だろう」
「……大げさですけど」
そこまで言われると、もはや逆にバカにされている気しかしない。
父にとって、遅く出来た娘のローゼリーンが宝なのは、百歩譲ってわかる。だが、なにも国の宝ではないだろう。
「まぁ、ともかく。私としては、英雄の騎士さま……えぇっと、バーグフリートさまに嫁ぐことは、問題ありませんわ」
新聞で読んだ名前を、思い出して口にする。父は、眉間にしわを寄せていた。
「だが、ローゼ、私は……」
「お父さまの一存で反対など無謀でしょう。それに、伯父さまのご命令ならば、なおさらです」
父は公爵であり王弟だが、現在の国王には敵わない。それくらい、彼だってわかっているのだろう。気まずそうに、視線を逸らす。
「それに、私は大丈夫です。いずれは政略的な婚姻をするという覚悟は、常々持っていましたから」
国内の貴族に嫁ぐ可能性も。他国の王族に嫁ぐ可能性も。すべて、考えて、覚悟を持っていた。
王族の血を引く子女というのは、それほどまでに利用価値が高いのだ。
(それに、国内の貴族に嫁ぐのならば、まだマシだわ)
他国の王族に嫁いで、誰一人として知り合いのいない土地に行くより、ずっとマシ……。
ローゼリーンは、間違いなくそう思っている。
「……しかしな、ローゼ。あの男は、英雄である以上に……」
「存じております。『死神騎士』という呼び名もございましたね」
その呼び名の理由は、新聞には載っていなかった。
けれど、おしゃべり大好きな侍女たちによると。彼は特別な感情抱かずに、躊躇うことなく戦場で人を葬っていたと。
それはまるで、死へと落としていく神のように……。
(というわけで、『死神騎士』なのね)
そのまますぎないかと思うが、そこに関しては突っ込まない。わかりやすくていいじゃないか。
「ですが、いくらそんな冷血なお方だったとしても。……私のことを殺したりすることは、ありません」
「……う」
「そもそも、私のことを殺せば、お父さまだけではなく、お兄さまや伯父さまも敵に回すことになりますわ。なんだったら、王太子殿下も」
ローゼリーンは愛されている。しかも、国で重要なポジションにつく人たちに。
「いくら冷血なお方でも、そんな悪手をするとは思えません。なので、大丈夫です」
父にそう伝えてみる。父は、少し迷うような素振りを見せつつも、大きく頷いてくれた。
「わかった。正直、私は未だに納得していないが……。まぁ、了承の返事を出そう」
「えぇ、お願いします」
「だが、結婚してなにかあったら、すぐに連絡を寄越しなさい。また、テレサをはじめとした数名の侍女。あとは護衛を数名、料理人も連れて行きなさい」
……テレサをはじめとした侍女や、護衛はともかく。料理人を連れて行くのは、いいのだろうか?
「慣れない場所で慣れない食事をするのは、辛いはずだ。せめて、食事くらい慣れたものがいいだろう」
でも、それが父の気遣いだとわかったから。ローゼリーンは、拒否することなく頷いた。
「できれば、陛下に顔合わせのほうもお願いしよう」
「はい、お願いいたします」
父の言葉に、ローゼリーンは頷いた。
きっと、顔合わせはあるはずだ。ローゼリーンもそう思っていたのだが……。
まさかまさかで、バーグフリートはこの後辺境のいざこざを治めるために、辺境に旅立ってしまう。
その結果、挙式より前の顔合わせは叶わないのだった。