プロローグ
目の前には、長方形のテーブル。そこには真っ白なテーブルクロスが敷かれており、その上にはたくさんの美味しそうな料理が並んでいる。その中の一つ、本日のメインディッシュであるラムのステーキにナイフを入れる。一口サイズに切り分けて、口に運んだ。
少し離れたところで、料理人がごくりと息を呑んだのが、耳に届く。
彼は実家の公爵家で腕を振るう料理長の一番弟子だ。ローゼリーンが嫁ぐ際、せめて食事だけでも慣れたものを……ということで、父が連れて行きなさいと言ってくれた。
口の中いっぱいに広がるのは、食べなれた味。ローゼリーンは、心の中で「これこれ」と歓喜した。
けれど、淑女たるもの食事中は騒がないのがマナー。なので、ローゼリーンは一口水を飲んで、料理人に微笑みかける。
「とても美味しいわ。……私の好みにぴったり」
ローゼリーンに声をかけられた料理人が、大きく胸を撫でおろした。
そりゃそうだ。ここでローゼリーンの機嫌を損ねれば、路頭に迷うことは間違いない。
だって、ローゼリーンはここの女主人なのだから。
(料理はとっても美味しいわ。……ただ、問題があるとすれば)
自身の対面で、無表情で食事をする男。綺麗に切りそろえられた黒色の短い髪。その目はサファイアのように美しい青色をしているのに、形が鋭い所為で迫力がある。
うんともすんとも言わずに食事をする彼の所作は、少し乱暴だ。
ローゼリーンが彼に視線を向ける。すると、彼の視線が露骨に逸らされた。
内心、「またか」と思ってしまう。
(挙式の際も、披露宴の際も。私のことをじっと見ているくせして、こちらが視線を向けると露骨に逸らされる)
それは、ローゼリーンからすれば面白いものではない。
そもそも、生まれてこの方二十一年。男というものは、ローゼリーンが微笑みかければ照れて顔を赤くする生き物だった。
しかし、この男はどうだろうか。
じっとローゼリーンを見つめる癖に、視線を合わせようとはしない。一見すると挙動不審で、怪しいことこの上ない。ローゼリーンが視線を戻せば、またじっと見つめてくる。
……が、そこに未練がましい色はない。ただ、じっと観察している。それだけだ。
(だからこそなお、ちょっと困るのよねぇ)
もう一切れ、ステーキを口に運ぶ。
ローゼリーンは王族の血も引いている。だから、人に見られてする食事には慣れていた。
……それでも、さすがに。これから住む邸宅で、こんなにも見つめられるのはたまったものじゃない。
(家でくらい、ゆっくりと食事がしたいわ)
そう思うと、実家が恋しくなる。
でも、そんな弱音を吐くことはできない。
だって、ローゼリーンは彼に強く望まれて嫁いだのだから。
いわば――彼にとって、褒賞品の一種であるのだから。