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09

「タカハシ様、課長のアマノの婚約者は私ではありません」


 ハヤシさんが困った顔で、その女の人に言った。


「あなた、社員の方?」

「はい」

「おたくの社長があなたを指差してそう言ったのよ?あなたはどなた?」

「私はアマノの部下のハヤシと言います」

「部下?婚約者ではないのね?」

「はい。アマノの婚約者は」

「知ってるわ。タカヒロが婚約解消したのは。新しい婚約者なんて言っていたけれど、部下の事だったなんて。誰が間違えたのか知らないけど、お粗末な話ね。チヅルと別れたばかりのタカヒロが、そんなにすぐに次の結婚相手を見付ける訳ないわよ。タカヒロなら(いち)()年は誰とも付き合わないで、それから恋人が出来たとしても婚約までには最低三年はかかるわ。そうでなければ苦労しないもの。呆れた勘違いよね」


 そうずいぶんと具体的な事を言うと、女の人は振り返って戻って行った。


 今の人、やっぱりチイ叔母さんの事も知ってるのよね?


「あの、今の方は?」

「取引先の社長の奧さんなんですけど、タカハシアイさんって聞いた事ありませんか?」

「いえ。私、有名人とか詳しくなくて」

「あ、有名人ではないです。まあ、社内ではかなり有名ですけど。アマノ課長の古くからの知り合いなんだそうです。アマノ課長から聞いた事ありません?」

「ないと思います」

「アマノ課長の前の婚約者って、ワタナベさんの叔母様なんですよね?叔母様とも知り合いらしいんですけどね」

「叔母はチヅルって言いますけど、さっきのはやっぱり叔母の事だったんですね。でも叔母からもタカハシさんの名前は聞いた事がないです」

「そうですか。話に出るとしても、結婚前の苗字かも知れませんし、分かりませんよね。私も直接アマノ課長からは聞いた事ありませんし」


 苗字は変わったとしても、アイって名前の人、オジサンやチイ叔母さんから聞いた覚えがないな。


「古くからの知り合いって、どんな知り合いなんでしょう?」

「あ~、え~と、学生時代にバイト先が一緒だったとか聞きましたが、アマノ課長本人に聞いた方が良いと思いますよ?」


 オジサン、アルバイトってパパに紹介して貰ったって聞いた事ある。

 建設現場とかでのバイトだった筈だけど、タカハシアイさんもそうだったのかな?今の姿からは想像できないけど。



 しばらくして、タカハシアイさんが戻って来た。


「あなた」


 私を指差して話し掛けて来た。


「はい」

「あなたがタカヒロの婚約者?」

「アマノの婚約者なら私です」

「あら?あなたもしかして、ワタナベリノ?」

「え?私の事をご存知なのですか?」


 チイ叔母さんの知り合いだから?


「もちろん知ってるわ。でもあなたが?ウソウソ。ワタナベリノはまだ中学生でしょ?」

「高校1年です」

「もう高校生?でもあなたがタカヒロの婚約者?ホント?」

「アマノの婚約者なら私です」

「ウソウソ、高校生よ?」


 なんだろうこの人。


「あなたはどなたなのですか?」

「私の事、分からない?」

「はい」

「そうね。教えて上げても良いけれど、どうしようかしら?」

「失礼しました。話しにくい様でしたら大丈夫です。アマノから伺いますので」

「え?」


 面倒臭くなっちゃった。


「それよりタカハシさんは食べました?バーベキュー?」

「え?知りたくないの?」

「タカハシさんの事でしたらアマノから聞きます。こちら焼けましたけど、いかがです?」


 ハヤシさんがサッと新しい紙皿と箸を用意してくれた。


「要らないわ。それよりそうね。良い事を思い付いたわ。良い事を教えて上げるから、付いてらっしゃい」

「いえ、アマノにここを動かない様に言われてますので」

「タカヒロなら捕まってて、しばらく戻って来ないわよ」

「そうですか。それならここで食べながら待ちます」

「良いからいらっしゃい。良い事、教えて上げるわよ。タカヒロも知らない事」

「・・・アマノが知らないタカハシさんの事を私が聞いても、意味はないかと思います」


 一瞬、このタカハシアイさんが私のお母さんなのかと思ったけど、それならオジサンかチイ叔母さんがそれっぽい話をしたはず。お母さんが今どうしてるって聞いた事とか、お母さんに会いたいかって訊かれた事とか無かった。

 タカハシアイさんはチイ叔母さんやダイ叔母さんと同じくらいにしか見えない。パパが生きてたら43歳だから、お母さんもそれくらいの年齢の筈だし。


「私じゃなくてあなたの事よ。あなた、チヅルの姪でしよ?」

「叔母をご存知ですか?」

「ええ。昔のチヅルの事も、今のチヅルがどうしているかも知っているわ。どう?自分の事、知りたくない?」


 私の事ってなんだろう?


「さあ。付いていらっしゃい」


 そう言うとタカハシアイさんは歩き始めた。

 これ、私が付いて行かないと恥を掻くんだろうけど、大丈夫?


「行くなら私も一緒に行きます」


 ハヤシさんがそう言って私に肯く。

 取引先って言ってたし、会社的にはタカハシアイさんの言う事を聞いた方が良いのかな?タカハシ様って呼んでたし。


「あなたはダメよ、タカヒロの部下の人。リノだけ付いて来なさい」


 タカハシアイさんが足を止めて、顔だけ振り返ってそう言うと、また前を向いて歩き出した。

 ハヤシさんが困った顔をしてる。

 仕方ないよね。


「私だけで行って来ますね」

「でも、ワタナベさん・・・」

「大丈夫ですよ」


 私はハヤシさんに微笑んで、お皿に載ってたお肉を口に入れ、タカハシアイさんの後ろに付いて行く。

 スマホを確認。バッテリーも充分。オジサンにメッセージも送った。


 大丈夫。

 今の私は前とは違う。

 たとえ誘拐されそうになっても、オートマ車の運転方法も覚えたんだから。

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