07
女の人がオジサンの腕を取る。
胸を押し付けてる様に見える。
オジサンは片脚を引いたのか、上半身を反らして下がる。苦そうな横顔が見える。
でも女の人は更に詰め寄る。
二人が幾つかの言葉を交わす。
オジサンが周りの人の方を向く。
周りの人は手のひらを見せたり、手を振ったり、手で追い払ったりする素振りをオジサンに見せる。
その中の一人は社長さんだ。
オジサンは女の人に腕を引かれて、その場を離れた。
「あら~、焦げちゃってました?これ、私が焼いてたヤツですよね?ワタナベさんが取ってくれたんですね?」
ハヤシさんの声に振り向く。
「ありがとうございます。これだけ焦げたら燃え上がるとこでしたね」
そう言ってハヤシさんは焦げた肉とかが載った紙皿ごと捨てた。
「あ、それは私のお皿で、こっちがハヤシさんのです」
そう言ってテーブルに残っていた方を指差す。
「え?あれ?ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫です」
ハヤシさんが新しい紙皿と箸をくれた。箸まで捨てたんだ。
「私が語っちゃったんで、全然食べてませんよね?お詫びに私が焼きますから、食べて下さい」
「あ、私に焼かせて下さい」
「いえいえ、私が焼きますよ?」
「私、バーベキュー初めてなので、焼きたいんです」
「え?そうですか?」
「良かったら、ハヤシさんの分まで焼かせて欲しいです」
「あ、じゃあ、お願いしちゃおうかな?」
「ええ。喜んで」
そう言ってトングをカチカチ鳴らした。
焼いてたら、少し気持ちが落ち着いて来た。
「オジサンがさっき、女の人と向こうの方に行ったのが見えたんですけど」
ハヤシさんのお皿に上手に焼けた肉を渡しながら、そう話を出してみる。
「ああ、あちらは取引先とかの方達が集まってるんですよ。アマノ課長が喚ばれたんでしょうね」
「取引先ですか?」
「ええ。アマノ課長、人気が・・・ありますけど変な意味じゃないですからね?」
「え?変な意味?」
「あ、いや、まあ、変な意味でも人気あるんですけど」
「変な意味ってなんですか?」
「あ~、いや~、しまったな」
「あ、訊いちゃいけない事でした?」
業務上の秘密は話さない様にって、オジサンがハヤシさんに言ってたし。
「聞いちゃいけない訳じゃないって言うか、ワタナベさんには聞く権利があるって言うか」
「権利?」
「あ、え~と、変な意味って言うのは、アマノ課長に婚約者がいるのを知っているのに、言い寄ってる人達がいるって事です」
「人達?何人もいるんですか?」
「正直います。あちらの方に社員がいますけど、派手な雰囲気の女性が見えますか?」
「ええ。何人か」
「あれはアマノ課長を狙ってる事を公言してる人と、その人を応援する振りをして自分も狙ってる人達です」
「公言してるんですか?」
「公言は言い過ぎでしたが、あのタイプの化粧をしてる人は公言してるのも一緒です」
「化粧になんか特徴があるんですか?」
「ええ。アマノ課長の婚約者を真似た化粧だって言われてます」
そう言われると確かに、チイ叔母さんのお化粧に似てるかも知れない。
「アマノ課長の好みがああなんだって言われてるらしいです。こうやってワタナベさんと会ったら、とんでもないデマだったって分かりましたけど、ここから見えるだけでも何組もグループがあるでしょう?見えないとこにもいますからね」
「それってオジサン、人気があるって事ですか?」
「あります。凄くあります。ウチの会社ってガッチリタイプの男性が多くて、スラッとしてるアマノ課長は目立ちますし、仕事も出来るし出世頭だし、そりゃあモテますよ」
「仕事、出来るんですか?」
「出来ます出来ます」
そう言えば医大にだって行かせてくれるって言ってた。お給料、かなり貰ってるって事だよね?
「トラブルが無い限りウチの課は、定型業務だけで暇なんです。私もそうですけど課長はもっと暇で、それで他の部署に貸し出すとファンを増やして帰って来るんです」
「オジサンは課長じゃなくて、課長ってあだ名なんですか?」
「え?ホントに課長ですよ?」
「課長って偉いんじゃないんですか?」
「課では1番偉いのが課長ですね」
「その課長を貸し出すんですか?」
「アマノ課長は資格や免許を色々と持ってますので、あちこちから声が掛けられます。取引先から指名される事もありますし」
「運転手とか?」
「確かに今日は食材を運んで貰いましたけど、設計部とか開発部とかにも喚ばれますし、ヘルプで現場に出る事もあります」
「あの・・・」
「はい?」
「オジサンの仕事って、大工さんですよね?」
「え?・・・確かにウチには大工もいますが、アマノ課長が大工として現場に入った事はないと思いますよ?聞いた事がありません」
「大工さんじゃないんですか?」
「はい」
「確かにハヤシさんもあまり大工さんってイメージじゃありませんよね?」
「私ですか?私の課は法務課と言って、アマノ課長は総務部法務課の課長です」
「え?家を建ててない?」
「ウチは建設会社ですから建ててる部署もありますけど、課長が手伝うのはビルを建てる方の部署ですね。法務課の本来の仕事では、住宅を建てる部署とも連携しますけど」
オジサンは家を建ててるんだとずっと思ってた。
オジサン、大工さんじゃないのか。
「ウチの会社の男って、設計や開発はヒョロッとしてるかデプっとしてて、営業はチャラくて、現場はゴツいって分かれてるんです。だからアマノ課長が作業服着て現場に出ると凄く目を引きますし、営業の打合せに顔を出すと真面目そうな雰囲気で色々と知識があるので異彩を放ちます」
「はあ」
「貸出先が滅多に課長を喚べないとなれば、レア度も上がりますしプレミアも付くんですよ」
レア度ってオジサン、キャラクター化してるって事かな?アイテム扱いじゃないよね?
「私も法務課に転属して課長と毎日一緒に働ける事になって、たくさん恨みを買いました」
「え?そうなんですか?大丈夫ですか?」
「やり返しましたから大丈夫です。資格を取ると法務課に転属出来やすいので、最近は社内で資格取得がブームになりましたし」
「そっちに皆さんの気がそれたって事ですか?」
「ええ、そうですね」
「その資格って、みなさん簡単に取れるんですか?」
「私は大変でしたよ?みんなも大変だと思います」
「それだと落ちたときに逆恨みされませんか?」
「されるでしょうね。でも結果が全てですから、落ちたら指差して笑ってやります」
え?ハヤシさんて結構、攻撃型?
「もしかしたら今日もワタナベさんの耳に変な噂が届くかも知れませんが、アマノ課長の事を信じて上げて下さいね?」
「噂ですか?」
「私が色仕掛けで法務課に入ったとかなんとかです。アマノ課長が人事をしたんじゃない事くらい考えれば分かるのに、そう言う事を言う人もいるんです。全然そんな事、ありませんから」
「オジサンはハヤシさんの好みのタイプじゃないんですね?」
「え~と、正直カッコイイと思ってますが、毎日手作り弁当を持って来てて、定時になったらまっすぐ帰る課長を見てますからね。それに今日、ワタナベさんのファンにもなりましたから」
「え?ファンって私のですか?」
「はい。ワタナベさんと課長の二人が推しカプ、は違うか?カプ推し?まあ、ハコ推しです」
他は分からないけど、ハコ推しは知ってる。知ってるヤツで良かったけど、どう解釈したら良いんだろう?
「私はこれから、天使ワタナベ様の信徒を名乗ります」
「え?ちょっと待って下さい」
「天使様。職場で課長に近付く異教徒は私が追い払いますので、ご安心下さいね?」
「え、あ、はい。それはよろしくお願いします」
「お任せ下さい、天使様」
天使様って言われるのはイヤだけど、会社でオジサンが人気なのは心配だから、そちらは是非お願いしたいな。