04
「あの、ワタナベさんは普段、アマノ課長をおじさんって呼んでるんですか?」
「あ、はい」
「あの、とてもお若く見えますが、ワタナベさんはお幾つ、あ、ごめんなさい。女性同士でもいきなり年齢を聞くのは失礼でした」
ハヤシさんはもう一度「ごめんなさい」と言いながら頭を下げた。
「私の一つか二つ上って聞いていたので、アマノ課長をおじさんてなんだろうって思って、つい。アマノ課長ってスラっとしてるし、ウチの会社にはご覧の通り、アマノ課長よりおじさんな人達も多いので」
確かに言われればそうなのかも。
でもまあ、オジサンを誰かと比較したくはないからね。
「年齢は私の方がハヤシさんより下だと思います」
ハヤシさん、中学生の訳はないし。
「あれ?そうでした?」
ハヤシさんは口元に手をかざして私の耳に近付けて、「私、26です」と囁いた。
やっぱりチイ叔母さんと勘違いしてる。仕方ないけど。
私も同じ様にして「私は15です」と囁き返す。
「え?!」
ハヤシさんがすぐ傍で大声を上げるので、驚いた。
人差し指を唇に当てて、シーってする。
「あ、ごめんなさい。言いません。内緒にします」
「あ、隠してないですよ?大声で周りの人がこちらを見たので、普通に話すなら大丈夫です」
「あ、はい」
ちょっと戸惑ってるみたい。
「あの、ハヤシさん」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「焦げてるみたいです」
そう言って煙が上がってるタマネギを指した。
「うわホントだ!」
ハヤシさんがタマネギをひっくり返す。
やっぱり焦げてる。もう火は通ってるみたいだけど、裏面もまだ焼くのかな?
「あのー、もしかしてワタナベさんって、高校生ですか?」
「はい。高1です」
「アマノ課長とは小さい頃からのお知り合いですよね?」
「はい。私が幼稚園の頃からです」
「そうなんですね・・・どうしよう?」
「え?何がですか?」
「実は今日は他社の人も来てるので、口止めが難しくて」
「え?口止め?」
「だって女子高生と婚約なんて知られたら、課長だけじゃなくウチの会社も色々言われますし、マスコミにだって何を書かれるか」
「え?何でマスコミが?」
「だって女子高生ですよ?女子高生!それも幼稚園からなんて。ウチの会社、結構有名なんです。業績が伸びてて勢いもあるから、採用されるのも大変だったんです。それなのに女子高生と婚約なんて」
「あの、婚約は別に年齢制限とかないから、女子高生が婚約しても違法じゃありませんよ?」
「そうですけど!」
ハヤシさんがまた近付いて耳に囁く。
「いつからですか?」
「いつから?」
「課長とそう言う関係になったのは、いつからです?」
「婚約なら」
「いえ、婚約じゃない方の関係です」
「それは幼稚園の時から」
「幼稚園?!」
耳元で大声出されたので、体を離した。
「覚えてはないんですけど」
「え?物心つかない内にって事ですか?」
「物心?」
ハヤシさんがまた耳に囁こうとする。
「大声は止めて下さい」
「あ、ごめんなさい。大丈夫です」
ハヤシさんが大丈夫でも、私がダメなんだけど。
「幼稚園の時に、その、イタズラされたんですか?」
「え?オジサンに?イタズラされた事はあったかな?いつも優しくしてくれますよ?」
「あ、あ~、そうなんですか」
「私がイタズラした事はあったかも」
「え?ワタナベさんが?」
「ええ」
「あの、どんなやつです?」
ハヤシさんが唾を飲み込む音が大きく聞こえる。
ハヤシさんが焼いてる野菜がまた煙りを上げているので、ハヤシさんの皿に載せて上げようとしたけど、焦げすぎだから替わりに私が焼いてたのを入れて上げた。
「例えば、舟の折り紙のマストを持ってもらって、目をつぶってる間に持ってる所を舳先にしたり」
「え?」
「あと、取ると崩れちゃうあやとりを取らせたり」
「それがイタズラですか?」
「そうですね。今思うとオジサンは、分かってて引っ掛かってくれてたのかも知れません」
他にはどんな事したかな?
写真撮る時にオジサンの頭に角をはやしたり?それくらいかな?
小学生になったらイタズラなんてしなかったし。
「あの、もしかして、課長とワタナベさんは清い関係なんですか?」
「キヨイ?」
「あの、体の、男女の関係ではないんですか?」
「ないです!」
顔が熱くなるのが分かった。
そうか!イタズラってイチャイチャする様なイタズラか。
「ごめんなさい、大声出して」
「あ、いえ、大丈夫です。通じて良かったですし、無くて良かったです」
これは誤解されてたって事ね。
ハヤシさんに囁く。
「あの、内緒にして下さいね?」
「え?清い関係の事をですか?」
え?う~ん、それは言って貰わないと、オジサンの立場が危ないのかな?
また、ロリコンって思われてるんだよね?
「それはそうでもないんですけれど」
「そうでもない?」
「あの、私のファーストキスは、結婚式の予定なんです」
体まで熱くなる。
「え?」
ハヤシさんがガックリと膝を付いた。
慌ててお皿を取り上げたけど、こぼさなくて良かった。
「大丈夫ですか?」
「ダメです」
「どっか具合が悪いんですか?」
女の人だから、具合が悪くても人に知られたくないかも知れない。
私も隣にしゃがんで小声で尋ねながら、ハヤシさんの顔を覗き込んだ。
「私の心が汚れ切ってます」
「え?」
「ワタナベさん!」
ガバッとハヤシさんが顔を上げる。
「はい」
「自分が高校生の時の感覚で、ワタナベさんの事を誤解してました」
「あ、そうなんですか?」
「ワタナベさんはそのままでいて下さい」
「え?それはちょっと」
「え?何故ですか?」
「あの・・・」
どうしよう?
オジサンと会社で一緒のハヤシさんに相談してみたい気もする。
コノハ達は面白がるばかりで、ちょっと頼りにならないし。3人とも経験ないって言うから、仕方ないけど。
ハヤシさんの事、オジサンも信用してるみたいだし。
でも、今日初めて会ったばかりだし。
どうしよう?