03
「ゴメンねオジサン」
「え?何が?」
「だってあの人、先輩なんでしょう?オジサンの立場、悪くしちゃったんじゃない?」
「いや、全然大丈夫。それよりイヤな思いさせてゴメンな?」
「あ~、これ?」
私はお皿に載った焦げ焦げニンジンを指差した。
オジサンとは何でも話し合おうって事になったので、ニンジン嫌いも正直に打ち明けてる。もちろんバレてたけど、自分の口から言うのはまた違うからね。
下拵えや調理法を工夫して、ニンジンも少しずつ食べれる様にはなってきてるんだけど。
「これはちょっと、食べるの無理かな」
「いや、それじゃないし、食べなくて良いよ」
オジサンは私のお皿を受け取って、生焼けのを網の上に戻して、焼き過ぎなのは口に入れてビールで流し込んでる。
「俺が焼いてやるから」
「じゃあオジサン、じゃない、タカヒロさんのは私が焼くね」
「無理しないで、オジサンでも良いぞ?」
「だって」
「言い触らす気は無いけど、リノとの事を隠す積もりは無いから。先輩みたいに勘違いするヤツも出るだろうし」
「勘違い?」
「婚約者がいるって何年も前から言ってたから、リノもそれなりの年齢って思われたんだ」
「あ~そう言う事」
「今日のリノは大人っぽいしな」
「ホント?!」
「ああ。クラクラしちゃうくらい素敵だ」
「え?え~?嬉しい!」
「俺もこんな美人を俺の婚約者だって紹介出来て、嬉しいし誇らしいよ」
「オジサン・・・」
「あっと、人前だった。うっかり抱き付くところだった」
「あ、そうだね」
「ほら、焼けたけど、焼き直したらなんか硬くなったな」
「大丈夫だよ」
「いや、考えたら他の男が焼きかけたのをリノが食べるなんて、なんかイヤだ」
「え?」
オジサンは自分で食べてしまった。
「ほら、こっちの俺が焼いたのを食べな」
「うん。オジサンも私が焼いたの食べて」
「ありがとう。でも、先輩にも食べさせたのか?」
「え?ううん。焼くのは男の仕事って言ってたよ。私は焼いてない」
「そうか。先輩だけじゃなくて、他の男にも焼くなよ?」
「良いけど、もしかしてオジサン、ヤキモチ焼いてるの?」
「悪いか?」
「え?・・・ううん」
そっか。ヤキモチか。
頬が緩んでニヤけちゃう。
人前じゃなければ抱き付いてた。火の側だから危ないけど。
「初めてのヤキモチ、嬉しい」
「初めてじゃないぞ。俺はいっつもヤキモチ焼いてる」
「え?焼かれるような事、してないよ?」
「コノハちゃん達とはお泊まり会したりしてるだろ?」
「してるけど、え?オジサンとは毎日一緒に暮らしてるじゃない?」
「そうだけど、コノハちゃん達がリノと一緒に寝てるのは、やっぱり羨ましい」
「え?だってそう言うの、結婚するまでダメなんでしょ?」
「分かってる。だから毎日我慢してるじゃないか。でも羨ましいのは羨ましいんだ」
「え?オジサン?」
酔ってる?いや、見た目は普通だけど。
外だと解放的になって、本音が出る?本音だよね?お世辞じゃないよね?
それともヤキモチ焼いたから?
「やりたい事、我慢しなくて良いんだよ?」
「アホ」
「え?なんでよ?」
「我慢したくてしてんの。やりたい事が我慢なの」
なにそれ?
「リノこそ、無理してニンジン食べなくても良いからな?」
「え?オジサンの我慢て、私のニンジンと同レベル?」
「アレルギーの場合もあるから、ニンジンの方が上かな?」
「そう言うもの?でも水にさらしたのなら臭いが減るから、だいぶ平気になったよ?」
「偉い!俺のリノは偉いな」
う~ん、やっぱり酔ってる?
お酒ってどれくらいで酔っ払うんだろう?人によるらしいけど、酔ってるかどうかはどうやったら分かるんだろう?
悩みながら食べながら話しながら考えてると、オジサンの同僚だか部下だかのハヤシさんがやって来た。
「課長!ここにいたんですね?」
「ああ。俺の居場所はリノの隣だ」
「あ、酔ってます?」
「ああ。リノにメロメロだ」
これは酔ってるね。
そうか。本人に訊けば良いのか。
「向こうで課長を探してましたよ?」
「そうか。ほらリノ、これも焼けた」
「あ、うん」
私の皿に肉を載せてくれたけど、オジサンは次の肉を焼き始めた。
あれ?行かなくて良いの?
「行かないんですか?」
ハヤシさんがそう聞くから、やっぱり行かないとダメなのよね?
「俺はもう酔ってフラフラだから行けない。そう伝えてくれ」
「そんな事言ったら、課長の酔っ払った姿を見に、向こうから来ますよ?」
「う~ん、リノ、帰るか?」
「え?」
「ダメですよ課長!幹事でしょ?」
「後はみんな勝手にやるだろう?片付けくらいだ」
「いや、まあ、片付けは任せて貰って良いですけど、普段は来ないアマノ課長が来るならって事で来た人もいるんですから」
「自主性が足りないな」
「私なら大丈夫だよ?行って来たら?」
「大丈夫じゃないだろ?さっきだって搦まれてたし」
「え?婚約者さん、搦まれてたんですか?」
「ああ」
「それは済みませんでした、ワタナベさん」
ハヤシさんが私に頭を下げた。
搦まれたって焦げニンジンの先輩の事かな?
「課長。私で良ければワタナベさんをお守りして置きますから」
「あ、私は一人で大丈夫ですよ?ハヤシさんも幹事で忙しいでしょうし」
「いえ。さっきアマノ課長が言った通り、幹事仕事はしばらくは大丈夫ですので。それにワタナベさんとお話させて頂きたいと思ってるんですが、ダメでしょうか?」
「いえ、私もハヤシさんに、会社でのアマノの事を聞きたいです」
「喜んでいくらでもお話します」
「いくらでもって、ハヤシ君は去年、俺の部下になったばかりじゃないか?」
「それまでだって関わりはありましたけど、忘れてます?」
「だが業務上の秘密は話したらダメだぞ?いくら酔っ払ってても」
「私は飲んでませんから」
「うん?そうか」
「オジサン、よばれてるんでしょう?行って来てよ。私はハヤシさんと待ってるから」
「う~ん、分かった。直ぐ戻る」
そう言ってオジサンはトングをハヤシさんに渡すと、スイスイと人の間を擦り抜けて、何度かこちらを振り返るから手を振ると振り返してくれながら、遠ざかって行った。
その姿を見送っていた私に、ハヤシさんの「おじさん?」の呟きが聞こえた。