01
「リノ、ただいま」
「お帰り、オジサン」
ダイニングに仕事から帰って来たオジサンが入って来た。私はキッチンから顔だけ出してオジサンを迎える。
「シャワー浴びて来るな」
「分かった。晩ご飯もうちょっと掛かるから、ゆっくり入って」
「ああ」
と言いながら、きっと早く出て来ると思う。
オジサンとは毎日一緒にご飯を作ってる。
朝ご飯は二人で一緒に作る。私もすっかり朝型の生活に慣れた。
お昼はお弁当。お弁当箱の大きさは違うけど、中身はお揃い。ただオジサンは揚げ物も買い足してるみたい。
晩ご飯は今日みたいに、私が作って仕上げはオジサンと二人でする事が多い。
細かな買い物は私が学校から帰ってから行ったり、オジサンが帰りに買って来たりするけど、基本は週末にスーパーでまとめ買い。
作り置き出来るオカズも週末にまとめて作ったりする。
オジサンは部活とかバイトとか、他の事でも良いから好きに始めたら良いって言うけど、結局まだ何もやってない。
朝、オジサンと一緒に家を出て、授業が始まるまで教室で勉強して、放課後は家に帰って勉強して、晩ご飯を作り始めて、晩ご飯を食べ終わったらオジサンに勉強を教えて貰って、寝るだけ。
金曜の夜は、例の3人が泊まりに来るのが恒例になってるけど。
土曜はそのまま3人と出掛けたり、オジサンと出掛けたり。
それで日曜はオジサンと出掛けたり、買い出ししたり、料理したり。
結構、充実してると思う。
オジサンとの仲がこれっぽっちも進んでないのが不思議なくらい。
一緒に晩ご飯を食べながら、オジサンが「実は」と話し始めた。
「今度、会社のバーベキュー大会の幹事をやる事になった」
「そうなの?会社でそう言うのやるんだ」
「ああ。バーベキュー大会は会社の設立当初から、毎年やってるんだってさ」
「毎年?話、始めて聞いたけど、オジサンもやってたの?」
「いや、任意参加だから行った事ない。任意参加なのに幹事は持ち回り当番制っておかしいよな?」
「え~と、良く分からないけど、オジサンはホントは行きたくないのね?」
「みんな酔っぱらうだろうし、搦まれて面倒臭いからな」
「そう言えばオジサンてお酒飲まないよね?」
「ああ」
「なんで?嫌いなの?」
「リノといる時に、リノが飲まないのに俺だけ飲むのは違うだろ?」
「え?飲んでも良いよ?なんなら付き合うし」
「アホ。未成年が何言ってんだ」
「ノンアルってのもあるよ」
「飲みたいのを我慢してる訳じゃないから。リノが大人になったら一緒に飲んでみよう。それでリノが飲める様なら、それから付き合って貰うよ」
大人になったらって言葉には引っ掛かるけど、未成年の内に飲んだらオジサンに迷惑掛けるのは確かなので、「分かった」と肯いた。
「で、酔っ払いが大量生産されるし、今の季節は虫も出るし、俺は幹事で忙しいからそれほど相手出来ないけど、良かったらリノも行くか?」
「え?良いの?」
「もちろん。行きたいなら連れて行くよ。家族を連れて来る人もかなりいるらしいから」
「うん、一緒に行きたい。どこでやるの?」
「それはこれから。参加者の人数が決まってから、場所を予約するらしいから」
「そうなんだ。楽しみだな」
「リノ、虫とか平気か?」
「好きじゃないけど、苦手じゃないよ。なんで?」
「それならバーベキューが大丈夫そうなら、今度はアウトドアの遊びとかも行こう」
「うん!オジサンと行った事ないよね?」
「前は虫が苦手な人も一緒だったからな」
「ああ、あの。ムシが湧きそうな部屋に住んでたのにね?」
片付ける前のチイ叔母さんの部屋は、食事中には思い出さない方が良かったな。
「そう言えば、幼稚園の頃はダンゴムシ集めたりしてたもんな」
「え?私?」
「ああ。リノにプレゼントされた事がある」
「え?ホント?全然覚えてないけど、そのダンゴムシはどうしたの?」
「すぐに逃がしたから、今も元気にしてるだろう」
「え?そう?」
ダンゴムシって思ったより長生き?
バーベキューの荷物を載せる為に、オジサンは大きなクルマをレンタルした。クーラーボックスなんかをいくつも積んで運ぶ。
場所はキャンプ場。思ったより参加者が多くて、近場のバーベキュー会場では入り切らなかったみたい。
オジサンは「なんで支社のヤツまで来るんだ?」って、例年より多いらしい参加者に文句を言ってた。
オジサンだって初参加でしょ?私も付いてくから、人数増やしてる。
私はオジサンと一緒に、早めに会場入り。
持って来た荷物をとりあえず持てるだけ持って運ぶ。
「課長!」
それっぽい格好の女の人がこっちに気付いたみたいで、手を上げてそう叫ぶ。
課長?
後ろを振り向くけど、誰もいない。
「オジサン、課長なの?」
「一部からはそう呼ばれてる」
課長ってあだ名?
女の人はこっちに走り寄って来た。
年齢はチイ叔母さんくらい?そんな感じ。
「彼女は同じ課の人で、今回の幹事の一人」
同じ課なら、課長と呼ばれたオジサンの部下って事?
「荷物、運んで来たから」
「ありがとうございます!」
そう言って、抱き付くはないんだろうけれど、手は握りそうな勢いでオジサンに近寄る女性。
オジサンは一歩私の前に出て、私を守る様にしてその女性を躱したみたい。オジサンの背中で良く見えなかったけど。
「みんなで運んでくれ」
「分かりました!」
勢い余って転びそうだったその人は、姿勢を立て直してオジサンにそう言った。
オジサンの背中で見えないけれど、敬礼してそうな声の勢い。
「紹介するよ。彼女は俺の婚約者のリノ」
オジサンが体をずらして、女性に私を見せた。
婚約者と呼ばれて、なんかくすぐったい。けど、ひたってないで挨拶する。
「ワタナベリノと言います。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げてから、微笑んだ。婚約者と呼ばれた余韻でニヤけてしまいそうだけど、笑顔の範囲に収める。
「アマノがいつもお世話になっています」
こんなセリフももうオジサンの奧さんみたいで、自分で言っててくすぐったい。
「あ、ど、どうも。ハヤシです。アマノ課長にはこちらこそいつもお世話になってます」
そう言いながらハヤシさんは、私に向かってペコペコと何度も頭を下げた。
私も「とんでもない。こちらこそ」なんて意味の良く分からない言葉を口にしながら、ハヤシさんに合わせてペコペコとお辞儀する。
う~ん。大人の挨拶って、結構たいへん。
それからも会う人全員に、オジサンの婚約者って紹介される。
私とオジサンの関係をみんなになんて説明するか、あらかじめ相談してた。
姪とか娘とかじゃおかしいよな、なんてオジサンは言ってたけど、私と結婚の約束してるのを隠したい訳ではないって。
会社の人には前から、婚約者がいるってオジサンは言ってたそうだ。それはチイ叔母さんの事だったんだけど。でもチイ叔母さんを会社の人に紹介した事はないって。チイ叔母さんと婚約解消した事もわざわざ言ってない。
私が婚約者として紹介して欲しいってお願いすると、あっさりOKしてくれた。
でも。
私はなんにもしてないのに、オジサンの婚約者って事で、オジサンの会社の人達がペコペコしてくれる。
これは、自分が偉くなったって勘違いしそう。
勘違いして私が威張ったりしたら、オジサンが恥ずかしい思いをするよね。
オジサン本人は少しも威張ってないから、なおさら私はヒンシュクを買うと思う。
だから私も負けない様にペコペコした。
う~ん、気を付けないと。
大人の付き合って、たいへんだな。