1話 戦場食堂
立て看板。
『お手伝いさん募集中!希望される方は店長まで』
うん、何も奇妙なことじゃない。
人手の足りない食堂が鉛玉の飛び交う戦場のど真ん中で行列を抱えているのは、すごく普通のことだ。
「二人席いっこ空きましたー!」
「お、やっとだ」「どれ食うんだ?」
店員の声に誘導されて、二人の兵士が店に入った。
遠くで爆炎が立ち昇る。遅れて熱波が頬を張る。
おおー、ではない。
何を呆けているのか、二大国の白兵戦の最中だぞ?何をこんな店によってたかって……
『こがね亭』
聞いたことはあったが、本当にあったとは。
…訂正。
焼けていなかったとは、驚きだ。
…どういう理屈だ?森さえ焼き尽くして進軍していたはずのあいつら火羅部軍は何故ここを狙わない?というか、さっきの兵士の紋章は竜じゃなかったぞ。という事は、もしかして火羅部軍兵だったのか?
いやしかし、ここの情報を教えてくれたのは隊長だったはずだ。敵の拠点だから攻撃しろというメッセージだったとは、思えない。だがどうも理屈に合わない………
正直な腹が唸り声を上げる。
よし、ここが火羅部軍下だったとしよう。
ならなぜ俺は今殺されていないんだろう?
堂々と列に並んでいると言うのに。やるなら今が一番良いんじゃないか?銃だって、たった今『回収ボックス』なるものに入れてしまったばかりだし。
後ろを見ると、にこやかなお姉さんがまだまだ続く行列から預かった武器を『回収ボックス』に次々に入れている。
うん、考えるのはよそう。そろそろこの肉の良い匂いに頭がどうにかなっちまいそうだ。
心を無にして、番が呼ばれるのを待とう。
***
「心を無に」の無は「無理」の無。
まさか弾でもなく病でもなく「匂い」に殺されかける羽目になるとは思わなかった。
店のそばで待たされること30分、そろそろお腹と背中がくっつくかも…という時、やっと俺の名前が呼ばれたので三途の川から這い上がってくることができた。
なんという名前のものを注文したかは忘れたし、気づいたら食い終わっていた。確か「スーパーウルトラ肉厚なんとかかんとか…」だった気がする。
それに安かった。とんでもないところに店を構えているものだからいくらぼったくられるのかヒヤヒヤしていたが、なんと300クラーしかとられなかった。おい、親父の煙草の方が高いぞ。どうなってるんだ?
そんなこんなでいつのまにか食い終わり、また銃を片手に前線基地に向かって走ってるって訳だ。
食べ食べで走るなんて碌なことにならない。横っ腹をさすりながら森の中を駆ける。また明日も来れるだろうか。
味?
そうだな…
涙が止まらなくなった程度、と言っておこうか。
***
長年続く行列から龍頭三国同盟と火羅部王国の戦争は、開戦から二十年経った今でも終わりの兆しを全く見せない。
肉親はとうの昔に土に帰り、育ててくれた男たちも鉛玉の餌食になった。
屍の山が作られ、死の巣窟になった戦場。
地獄で戦う兵士たちを、そして戦場を、戦争を変えるには、行動が必要だった。
……
「そこから食堂までの思考の過程を一番教えて欲しいわ」
親友、兼店員の鈴に突っ込まれ、小さく笑う金髪の少女。
「まさか両国の大臣様の協力があるなんて思ってもみなかったから、ダメ元だったけどね」
肩の長さに揃えた髪が体に合わせて揺れ動く。
閉店した店内は橙の電球が影を落とす、どこかひっそりとした二人だけの空間になっている。
二人は客席に腰掛けて弱い酒を交わしていた。
二大国の兵士たちも銃を休め、戦場にも静かな夜が降りていた。
夜は更けていく。少女は今日来た客の顔を一人一人思い出しながら、
(明日もみんなを見れますように)
と祈るのだった。まだ二十歳にもなったか怪しいこのスーパーウルトラ行動力の化身・灯子こそが、戦場食堂「こがね亭」の店主なのであった。
***
第一話を読んでいただきありがとうございました!