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とある田舎の村のこと  作者: 青柚
5/10

分岐B 荷渡山

 外よりも一際、薄暗い屋内。

 緊張しながら黙って一歩踏み入れる。

 玄関は田舎ならではの4枚建て引き違い戸だ。

 入って直ぐに広い土間があり、履き物や農具が雑然と並んでいる。

 ぐるりと見渡すが人気はない。

 祖母や親戚たちは不在だろうか。

 靴を脱ぎ廊下へ上がる。

 シーンと静まり返った空間に微かな音がした。


 …パチパチ……パチッ…、パチパチ……。


 木が爆ぜる音だ。

 焚き火で薪が燃えている時のような。

 暖炉か囲炉裏でもあっただろうか。

 火がある所には人もいるだろう。

 そう思い、僕は音のする方向へ足を進めた。


 ……パチッ、パチパチ……パチッ…。


 長い廊下を経て、仏間を横切る。

 応接間のような間取りの部屋を通り過ぎ、音は少し大きくなった。


 パチパチッ…、パチッ……パチパチ…。


 和室の鏡台の前に辿り着いた。

 鏡台は観音開きの扉がついていて、今は閉じられている。


 何の音だろう?

 この鏡が燃えている……わけがない。


 土台の木で大きな虫でも巣喰っているのだろうか?

 想像して気持ち悪くなる。

 興味本位で扉に手をかけた。

 両手で片方ずつ取っ手を掴み、そうっと鏡を覗き込む。


 鏡台は三面鏡だった。

 扉の裏にも鏡が張り付けてあったのだ。

 鏡には自分の顔が3つ写り込む……はずだった。

 写ったのは薄暗い和室ではなく、真っ赤な炎に包まれた部屋。


 パチパチ…、パチパチッ……パチッ……。


 鏡の中央に白い着物の女が立っている。髪に降りかかる火の粉を払いのけ、逃げようと悶えているうちに袖へ火が移った。

 瞬間、女は火達磨になる。のたうち回り、苦悶に歪んだ顔。


 目があった。


 バタンッ


 無意識に三面鏡の扉を閉める。

 そして、近くの縁側から外へ飛び出した。

 靴も履かずに外周を回り、父の車がある場所へ走る。

 そこではまだ父と母が荷卸の最中だった。

「火がっ! 早くっ!!」

 この時の僕は錯乱して正気ではなかった。

 両親とも呆けた顔をしている。そこに見覚えのある男性が現れた。

「……何かあったか?」

 驚いた顔で尋ねてくる。父の兄、彰伯父さんだ。

「か、か、か、かがみが。燃えてっ!」

 何とか説明しようと口を動かしたが、思ったように言葉が出てこない。

 しかし、彰伯父さんは何故か得心がいったようだった。

「昔から勘の良い子だとは思ってたけど……」

 そう呟いて、後の言葉は溜め息で消える。

 妙に訳知り顔の反応をされて、僕はひたすら困惑した。

 彰伯父さんには心当たりでもあるのだろうか。

 少し言いづらそうに口を開く。

「俺はこれからトサカ山に行くんだが、直樹くんも一緒に行こう。歩きやすい靴を履いてきなさい。お宮に行けばお祓いになるから」

 それを聞いて、父と母は驚愕していたが、僕は何も考えず頷いてしまった。


 トサカ山とは。

「鶏のトサカみたいだろ。だからトサカ山」

 そう言って彰伯父さんが指さしたのは、村の最奥に位置する三角形のピラミッドみたいな山だった。

「えっ? もっといい名前ないんですか?」

 お祓いとかいっていたし、第一印象も神秘的なイメージだったから、そんなに身近なものに例えられているとは思わなかった。

「昔は“荷を渡す”と書いて荷渡山といってな。霊山みたいな扱いされてたけど、それだって意味は“鶏”だからなぁ」

 しみじみ言われてしまった。


 “荷渡山”

 にわたりやま

 にわとりやま?


 冗談みたいな名付け方だ。彰伯父さんに連れられて登山口まで歩いてみたが、お祖母ちゃんの家からほんの10分の距離だった。

 というか、登山口と書いてあるのに何故か僕は川岸にいる。

「さて。この川を渡るぞ」

「はっ?!」

 川幅は50メートル程で水深は10センチくらいしかない。

 人の頭くらいの大きさの石が対岸まで並んでいる。

「ここを? 渡るんですか?」

 渡れないこともない。

 でも進んで渡りたいとも思わない。

「この山は沢渡りから始まるんだ。飛び石から落ちなければ濡れない。飛び石から落ちても死ぬことはない」

 まあその通りだろう。平均台を渡る程度の難易度だ。

 水は澄んていて透明だが、川底は真っ白で魚など生き物の気配が全く無い。

 水源が鉱山だから水質が弱アルカリ性なのだと聞いたことがある。だから適応できる生き物が少ないのだとか。

 浅いながらに早い川の流れを見ていると躊躇してしまう。

 しかし、彰伯父さんは構わず飛び石の上を歩き出した。足の動きに慣れを感じる。仕方なく僕も追いかけた。


 思ったよりも難なく渡り切ることができた。

 その先には小さな鳥居があり、5メートルくらいの大岩をくり抜いて作った2階建ての祠がある。

 圧巻だ。昔の人はどうしてこんなものを作ろうと思ったのだろう。

 2階の祠にはお地蔵様らしい石像が納められている。

「ここいらは岩を祀る神社が多いんだ。岩戸別山の不動岩なんてもっと大きいぞ。岩石崇拝というのかな。実は、今日は神事の日でな。俺は朝から村内の毘沙門山と岩戸別山に登ったんだ。最後がトサカ山。大島家の当主がこの3つの山を登って山頂で祝詞を……今日のは祓詞だが、奏上すると村の穢れが晴れると言われている」

 そう言って、彰伯父さんが祠に手を合わせた。僕も倣って見様見真似で手を合わせる。

「あっ……、だからお祓いって言ってたんですか?」

 思い出して尋ねると、彰伯父さんはニヤリと笑った。

「そういうことだ。山は3つとも600メートルくらいしかないから、1つ2時間で往復できる。日が暮れる前には帰ってこれるだろう」

 彰伯父さんはまだまだ元気そうだ。素早い足取りで岩場を登っていく。


「この山は殆どガレ場だからな。落石しないように気をつけて」

 彰伯父さんに声をかけられてキョトンとなる。

「ガレ場?」

 聞き覚えのない言葉だった。首を傾げると彰伯父さんが思案顔をする。

「え〜と、岩がゴロゴロいっぱいあるってことだ。三点支持は分るか?」

 再び謎の単語が出てきた。分からないので素直に首を横に振る。彰伯父さんは深くため息をついてから話しだした。

「危ない場所は手足4本を地面につけるんだ。そして、動く時はそのうち一本だけしか動かしちゃいかん。3点で支えて1点だけで登る」

 サラリと説明されて正直、直ぐには理解が追いつかない。

「ん〜?」

 手足4本ということは四足歩行か。その中の一本だけ前へ動かすと。よくよくイメージしてみて何となく理解した。

 言われた通り気をつけて登る。そうしているうちに彰伯父さんはどんどん先へ進み、だいぶ距離が離れてしまった。


 遥か上に彰伯父さんが見える。

 急がなきゃ。焦りが出てきた時、後ろから声をかけられた。

「直樹くん……?」

 そこにいたのは僕よりも少し年上らしい男性。

 見覚えがあった。

 子供の頃、村でよく見かけていたお兄さんだ。

「えっと……武ちゃん?」

 武ちゃんは昔からヒョロっと背が高くて色白で、割とイケメンの部類のお兄さんだ。

「こんなところで会うなんて奇遇だね。ここはヤマビルが多いから。靴下ちゃんと上まで上げて」

 挨拶もそこそこ注意が飛んできた。

 思い出した。武ちゃんはいつもこんな感じだ。

 加奈子と遊んでいると通りすがりに危険な場所や事柄を忠告してくる。加奈子は楽しいこと優先であんまり話を聞かないから殆ど無意味だったけど。

「あははは、武ちゃんは相変わらずだね」

 懐かしくて嬉しくなる。まるで子供の頃に戻ったみたいだ。

「俺も上まで行くから一緒に行こうか」

 それから武ちゃんが並走して付いてきてくれた。


 途中2メートルくらいの大きな岩が道を阻み、岩の中央に鎖が垂れ下がった場所に出た。

 岩の上では彰伯父さんが待っていた。

「鎖は片手で持つんだ。あとはさっきの三点支持で登ればいい」

 彰伯父さんは簡単そう言っていたけど、60度くらい傾斜があるので実際にやってみると難しい。

 もたもたしていたら、武ちゃんが肩を叩く。

「こういうところを鎖場っていうんだけど、要は岩登りなんだよ。鎖に体重あずけちゃうと不安定になるから、鎖はなるべく持つだけにして」

 そう言って、左手に鎖を持たせてくれた。

 そして、右手を岩の窪みに誘導する。

 そこからは武ちゃんが手掛かりと足掛かりの指示をしてくれた。

 難なく登りきったところで、彰伯父さんに声をかけられる。

「理解が早いな。岩登りの経験があるのか?」

 不思議そうにしていた。

「ないですよ。今も武ちゃんの指示がなかったら全然進めなかったと思います」

 そう言ったら、彰伯父さんが驚愕した様子で目を見開いた。

「……いるのか?」

 僕は意味がわからず、狼狽えつつ頷いた。

「はい……。途中から一緒に登ってますよ」

 そう言ったら、彰伯父さんは青い顔で黙り込んでしまった。


 そこから山頂までは急斜面のガレ場が続いて、かなり神経を使いながら登っていった。

 ようやく山頂に到着すると、10メートル四方くらいの広場があった。

 あの遠目に見たピラミッドの頂点がここなのかと思うと感慨深い。

 広場の中心には小さなお宮があった。

 彰伯父さんは休憩する間もなく、お宮の前で柏手を打つ。

 そして、そのまま祝詞だか祓詞だか呪文みたいなものを唱えだした。

 僕はその間、武ちゃんと並んで待っていた。

「今日はありがとう。武ちゃんがいなかったらこんな険しい山、登りきれなかったと思う」

 お礼を言うと、武ちゃんはニッコリ笑った。

 そして、少し迷った様子で口を開く。

「その……加奈子に会ったらさぁ。村を出てもいいんだぞって、武が言ってたって伝えてくれないか」

 僕はよくわからなかったが、何か面と向かって本人には言いづらい話なのかと解釈した。

「いいよ。後で会うだろうから伝えとく」

 ケンカでもしたのだろうか。

 加奈子は武ちゃんの忠告をあまり聞き入れないところがあるから。

 武ちゃんはいつもこんなに優しいのに。

「加奈子には“いつもいつも無視してないで、もっと武ちゃんの話をちゃんと聞けよ!”って言っとくよ」

 そう付け足したら、武ちゃんは声を出して笑いだした。心当たりがあるのだろう。

「あはは、言ってやってくれ。ありがとう、直樹くん」


 武ちゃんとそんな話をしているうちに、彰伯父さんの呪文が終わった。

 そして、僕の方を振り向いた。

「武に聞いてくれ。今回は誰なんだ? って」

 意味がよくわからなかった。

 近くにいるのだから彰伯父さんが武ちゃんに直接聞けばいいのに。

 疑問を口に出す前に、武ちゃんが口を開いた。


「“ばあば”だよ」


 武ちゃんはそう言ったけど、彰伯父さんには聞こえなかった様子だ。

 だから、僕が改めて声に出した。


「“ばあば”だってよ」


 そう言ったら突然、彰伯父さんが力なく膝から崩れ落ちた。


 彰伯父さんは無言で号泣して、お宮の前でしゃがみ込んだ。

 何かに耐えるように肩を震わせている。

 僕は驚いて、取り敢えず駆け寄った。

 背中を擦って、どうしたものかと考える。

 怪我をした様子はない。

 病気というよりは心の問題のように見える。

 どちらにしろ、大の大人が目の前で号泣している状況に動揺した。意味がわからない。

「彰伯父さん……大丈夫?」

 困惑していると、彰伯父さんが尋ねてきた。

「……武は?」

 言われて、今まで二人でいた場所へ視線を移した。

 しかし、武ちゃんの姿はなかった。

 ぐるりと山頂の広場を見渡す。

 そこには、誰もいない。

「いません。どこ行っちゃったのかな?」

 状況から口ではそう言いながらも不穏なものを感じていた。

 武ちゃんはこのタイミングで、挨拶もなくいなくなる人ではない。そう思ったのだが。

「そうか、いいんだ。……いいんだ」

 彰伯父さんは納得したようだった。

 そして、人心地ついたのか彰伯父さんは語りだした。


 彰伯父さんが言うには。

 大島家は代々、この村を取り仕切る立場にあった。それは山の神との契約があったからだ。

 村で権力を得るため、ご先祖である当主は山の神に祈った。

「二十年に一人の贄と引き換えに、一族の繁栄を……」

 二十年ごと夏の特定の日付に一人、一族に不自然な死に方をする者が現れる。

 それは山の神が自ら選んだ贄だから、酒を添えて出来る限り速やかに荷渡山の墓地へ埋葬すること。そして、山の神との約束を知るのは大島家の当主のみ。

 当初の決まりはそれだけだった。

 しかし、ある時からこの方法だけでは立ち行かなくなった。

 理不尽に贄とされた者の恨みが穢れとして村に溜まるようになった。

 穢れとは瘴気のことだ。

 特に戊辰戦争の時が酷かった。村の近くで合戦があったため、敗走してきた兵が村の中で大勢死んだ。

 穢れは一気に増えて村の人々は気がそぞろになっていった。浮ついた心には魔が差しやすくなる。

 村の空気は日を追うごとに殺伐としていった。

 このままでは何か大きな災いが起きてしまう。そう思った当時の当主は祓詞を捧げることにした。

 村の三方を囲む “毘沙門山” “岩戸別山” “荷渡山” に登って穢れを祓う詞を奏上する。

 それで実際に村の穢れはある程度治まった。

 だから、贄を取られる日に当主は三山に登り、祓詞を捧げるようになったのだ。

 この“二十年に一度親族が事故死する“という法則は、誰にも気づかれることなく続いた。当事者である親族でも殆どいない。


 トサカ山から下山しながら彰伯父さんから詳細を聞いた。オカルトというか、怖い昔ばなしみたいな話で驚いた。この村に、大島家に、そんな逸話があったなんて全く知らなかった。

 しかも、その贄を取られる日がよりにもよって今日だなんて。


 

〈選択肢〉


1)暫く沈黙していたが、彰伯父さんは唐突に言い出した。

 「母屋の三面鏡に女がいたんだろう?」


2)そこで僕は気がついてしまった。

 「何で……今日、僕たち家族を村に呼んだんですか?」

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