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とある田舎の村のこと  作者: 青柚
3/10

分岐A 1)Normalend

 僕は反射的に物見櫓の縁の下に身を潜めた。

 急に手を引かれた加奈子は一瞬キョトンとしていたが、直ぐに驚愕へと表情を変える。

 

 カンッ……

 

 乾いた音が響いた。

 アスファルトに竹槍が接触した音だ。

 昨期まで二人のいた地点には一本の竹槍が刺さっていた。

「……きゃぁぁあああっ!」

 僕と加奈子は同時に悲鳴を上げる。


 いる。

 絶対にいる。

 この物見櫓の上に殺人鬼が。

 僕は失敗したんだ。判断を誤った。裏を掻いたつもりで、僕たちは殺人鬼の懐に飛び込んでしまった。


 コツ、コツ、コツ……


 櫓の内側にある、階段を足音が下ってくる。

 僕は殺人鬼との対面に息を呑んだ。

 しかし、直ぐにそんなことしなくてもいいのだと気が付いた。

「加奈子っ! 逃げようっ!!」

 つまりは、この足音から逃げ切ればいい話だ。

 僕はありったけの声で叫んだ。

 加奈子の手を引き、村の外へと走り出す。

 そして、生まれて初めてかも知れないほどの俊足を発揮した。


 道の先は漆黒の闇が続いている。しかし、恐怖しているヒマはなかった。後ろから迫ってくる足音の方が数段怖い。

 500メートルほど走っただろうか。狭い車道、視線の先を阻むように一台の車が止まっていた。

 とても見覚えのある車だ。

 車の脇にはこれまた見覚えのある男性が立っている。

「……父さんっ!!」

 声をかけると即返事がきた。

「二人とも悲鳴なんか上げて、どうしたんだ一体?」

 たじろぐような声色にホッと胸を撫で下ろす。目の前には馴染んだ父の姿があった。

「いいから、車に乗ってくれっ! とにかく、村から離れてっ!!」

 父は動揺した様子で少しもたついていたが、直ぐに運転席に座った。僕も加奈子と共に後部座席へ飛び込んだ。

「早く、とにかく車を出してっ!」

 悲鳴に近い叫び声を上げると、父は困惑したまま車を発進する。

 これで一安心だ。何とか命だけは助かった。

「直樹、何かあったのか? ちょっとコンビニまでドライブして帰ってきたら、村が停電しているようだし。あんまり辺りが暗いから車を止めて歩こうかと思ってたところだったんだが……」

 父は事態を全く把握できていないようだ。自分の発言がどれだけ脳天気なものか気付いてもいない。

「歩いてたら、僕たち三人とも死んでたよっ! 村に殺人鬼が出たんだっ!!

 村の人とか、お祖母ちゃんも殺されてて……二人で何とかここまで逃げてきたんだ」

 掻い摘んで説明すると、父は不信感いっぱいに眉を顰めた。

 自分も父と同じ立場にあったら、きっと趣味の悪い冗談だと思っただろう。

 しかし、僕の台詞に最高の説得力を与えてくれる存在が暫くしたら降臨した。

 前方の対向車線にパトカーが現れたのだ。


 僕が公民館から掛けた110番が功を奏したらしい。

 警察は悪戯の可能性を考えつつも確認のために村まで駆けつけてくれた。

 人心地ついた僕が、一番心配だったのは母の安否だ。

 それも、早い段階で無事が確認された。

 母は山菜目当てで裏山を散策していたそうだが、帰ってきて電話線が切断されていることに気が付き、怖くなって納屋の中にずっと隠れていたという。


 調査の結果、殺人鬼によって15名の村民が命を落としていたことが判明した。

 被害者リストの中にはお祖母ちゃんと加奈子の両親の名前もある。

 身内を全員亡くしてしまった加奈子は必然的に僕の家へ身を寄せることとなった。


 事件から4年……。

 殺人鬼はまだ捕まっていない。

 過疎の村で起こった猟奇的な大量殺人事件は謎の未解決事件として、度々メディアに取り上げられている。

 最近では犯人妖怪説や宇宙人襲来説まで飛び出してくる始末で、解決の目処は全く立っていなかった。

 事件は確実に人々の記憶から薄らいでいっている。

 加奈子も暫くの間は鬱ぎがちだったが、徐々に明るさを取り戻しつつある。

 同じ屋根の下で暮らし、励まし合っていくうちに、彼女は僕にとって掛け替えのない存在になっていた。

 もっと彼女の力になりたい。思いは募り、この春に大学を卒業した僕は加奈子にプロポーズをした。

 彼女は笑顔で頷き、僕と家族になることを承諾してくれた。

 僕の両親も大賛成で、周囲からは盛大に祝福された。

 あの日、殺人鬼から逃れるために繋いでいた2人の手。幸せな人生の為、これからも離さずにいようと思う。


(Normal end)

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