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とある田舎の村のこと  作者: 青柚
2/10

分岐A 物見櫓

最後に選択肢があります。

 母屋の玄関を開けた僕は、思い切り息を吸い込んで呼びかけた。

「バ加奈子~、いるか?」

 口に出した瞬間、僕は懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。

 幼い頃からこの家に訪れる度、僕の第一声はこのセリフだ。久しぶりに会う幼馴染みに対して妙な気恥ずかしさがあり、怒られると分かっていてこのあだ名を使ってしまう。毎回、迎えに出てきた加奈子と軽い言い合いをして打ち解けるのが定番の流れだ。


 家の奥で物音がした。

 ゆっくりと開けられた奥の部屋の扉から若い女性が現れる。

 健康的に白い肌。栗色の長い髪。潤んだ大きな瞳がジッとこちらを見詰めていた。

「……直ちゃん? わぁ~、久しぶりっ!」

 笑顔の女性に名前を呼ばれ、全身が硬直する。

 全く期待した流れではなかった。何故、この家にこんな美人がいるのだろう。しかも、彼女は僕の名前を知っている。

 硬直した僕を尻目に、後から来た父が女性に声をかけた。

「よお、加奈子ちゃん。こんにちは」

 やはりというか、何というか。思い出がガラガラと崩れる音が聞こえた。勿論、良い意味で。


 居間に通され人心地着くと、加奈子が麦茶を運んできた。

「お祖母ちゃんはちょっと畑に出てるの。もう直ぐ帰ってくると思うから、ゆっくりしてて下さい」

 そう言った時、上がった口角から八重歯が見えた。そこには確かに昔の面影があった。

 僕は少し安堵して、両親と加奈子と一緒に近況報告や世間話をした。

 加奈子は高校を卒業した後、地元の福祉系専門学校に通っているそうだ。東京の大学に通う僕を何度も羨ましいと言っていた。

「今度、うちに遊びに来なよ。東京観光なら付き合うから」

 勢いでそう言うと、加奈子は大袈裟に喜んでいた。

「行きたいっ! お父さんも直ちゃんと一緒なら安心だろうし」

 安心と言われると少し複雑な気分になる。とはいえ血の近い親戚なのは事実だし。でも、やっぱり複雑な気分だ。 

 そんな僕の微妙な心情が伝わったのだろうか。父が不意に口を開いた。

「そうだ直樹、昔みたいに加奈子ちゃんと遊んでくればどうだ?」

 流石にこの年齢で昔みたいに野山を駆け回ろうとは思わない。しかし、僕はその話に乗ることにした。

「散歩の方がいいな。加奈子も付き合ってよ」

 僕がそう言うと、加奈子はニッコリと笑った。

「じゃあ、一緒にお祖母ちゃんのお手伝いに畑へ行きましょうか。多分、お野菜いっぱい抱えて帰ってくるだろうから」

 腕を引かれ、外へと促される。そういうことなら喜んで手伝いに行こう。

 僕と加奈子は家を出て、畑に向かって歩き出した。


 お祖母ちゃんの畑は母屋から少し離れた場所にある。

 蘇ってきた記憶を頼りに足を進めた。

 道の脇の水路で小さな水車が勢いよく回っている。

「確か、中に里芋が入ってるんだっけ?」

 懐かしさに嬉しくなって、加奈子に話しかける。すると笑顔が返ってきた。

「よく覚えてるね。皮まで剥けて便利なの」

 可愛く返事をしてくれたが、僕は昔のことをよく覚えている。

「昔、イタズラして中身ぶちまけてお祖母ちゃんに怒られただろ」

 子供の頃のどうしようもなくお転婆だった加奈子との思い出は、大概が怒られた記憶で終わっている。

「あはは、そんなこともあったね」

 言いながら、加奈子はバツが悪そうに、恥ずかしそうに頭を掻いた。その表情は昔と変わらない。


 それから、加奈子と思い出を語りながら歩いた。

 昔よく登った柿の木に寄り道したり、知っている外飼いの犬に挨拶したり。

 

 ジリジリと焼け付くような日差し。

 不意に、それを遮るように優しく風が肌を撫でた。

 並んで歩く加奈子の髪が甘く香る。

「随分と髪が伸びたな……雰囲気が変わったからビックリした」

 背中に伸びた長い髪がサラサラと揺れる。もしかしたら、6年前から一度も切っていないのではないだろうか。

 僕が言うと、加奈子は得意そうな顔を見せた。

「美人になっててビックリしたんでしょう。もう男女とは言わせないわよ」

 その表情も雰囲気も昔から全く変わっていない。僕は心の底から安堵していた。背が伸びたって、髪が伸びたって、やっぱり加奈子は従姉妹の加奈子だ。


 梅並木を抜けて納屋を通り過ぎるとお祖母ちゃんの畑が見えてきた。

 畑に着くと鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。真っ赤なトマト、黒光りするナス、トウモロコシが葉の隙間から黄色い顔を覗かせていた。どれも日の光をいっぱい浴びて美味しそうだ。特に野菜好きでもないのに、畑に来ると食欲をそそられるから不思議だ。


 僕と加奈子はお祖母ちゃんの姿を探した。

 50坪ほどの小さな畑だが、背の高い野菜が多いので座り込んで作業をされると居場所が分からない。

「お祖母ちゃ~ん、どこにいるの~?」

 声をかけながら、草を掻き分けて奥へ進む。すると、視線の先に古ぼけた案山子が現れた。

「どうしてこんな中途半端なところに……」

 案山子というのは通常、野鳥や動物から畑を守る目的で使用するアイテムだ。こんな奥に隠すように置く物ではない。不信に思い、ゆっくりと近づく。

 時代錯誤なモンペを穿き、手には軍手、頭に被った麦わら帽子の下に土気色の肌が……。

「お祖母ちゃんっっっ!」

 加奈子の悲鳴が響く。

 そこには、変わり果てたお祖母ちゃんの姿があった。


 口元から股間まで竹槍に貫かれ、まるで案山子のように地面に突き立てられている。

 楽しみにしていたお祖母ちゃんとの6年ぶりの再会。それがこんな形になるなんて。

「ど、どうして……」

 僕の思考は硬直していた。震えが止まらない。湿度の高い空気が生臭い匂いを運ぶ。

 お祖母ちゃんから流れ出た大量の血が、何ともつかない体液が、竹槍を伝い畑の土を黒く染めていた。

 一体誰が、こんな惨いことをしたのだろう。

 否、もしかしたら事故なのだろうか。だって、これが人間業とは到底思えない。 

「とにかく、警察に連絡しようっ!」

 僕はへたり込む加奈子に肩を貸し、両親の待つ母屋へ急いだ。

 走れば5分の距離だ。あそこには電話がある。

 携帯電話は残念ながら、村に入った時からずっと圏外のままだ。


 息も絶え絶え辿り着くと、家は不気味なほど静まりかえっていた。

 話し声はおろか、物音一つしない。

 僕と加奈子は脅える顔を見合わせた。玄関から一直線に居間へ向かう。そこには誰もいなかった。僕の両親も、加奈子の両親も。

 深く考えると気分が滅入ってくる。

 僕は目に入った黒電話に手を伸ばし、110番をダイヤルした。

「………………。」

 いつまでたっても呼び出し音が鳴らない。

 電話線を手繰り寄せると、途中でスッパリと切れていた。

「ひっ!」

 思わず悲鳴を上げる。

 鋭利な刃物で切断したのか、やけに切り口が鮮やかだ。切ったのは多分、村の外部と連絡を取られては困る人物。

 つまり、お祖母ちゃんを殺した犯人……。

「ここから出よう!」

 僕は加奈子の手を引き、強引に外へ連れ出した。

「何? どうしたの? 叔父さんと叔母さんは……?」

 加奈子は半ばパニック気味に疑問符を重ねる。無理もない、実は僕も同じ心境だ。

「電話線が誰かに切断されていたんだ。もしかしたら、犯人がまだ家の中にいるかもしれない」

 努めて冷静に、僕は状況を告げた。確信はないが警戒するに越したことはない。


 家の前には父の車があった。

 つまり、僕の両親はまだ村から出ていないということだ。

 一縷の望みを持って車内を覗いたが、人影はなかった。鍵もないし自分では動かせない。

「どこか他に電話のある場所……とにかく人を呼べそうな場所を知らないか?」

 隣家まではそこそこ距離がある。向かおうかとも思ったが、僕はこの辺りの事情に詳しくない。空き家とか留守かもしれないとか考えてしまった。僕は判断に迷って加奈子に尋ねた。

 彼女は少し考え込む素振りを見せたが、直ぐに思い当たったようだ。

「……そうだっ! 公民館なら電話があるし、きっと誰かいるはずよ」

 僕は可奈子の先導で公民館へと走り出した。


 空は茜色に染まりつつある。

 山が作り出す影に、村は塗り潰されようとしていた。公民館はトタンづくりの簡素な平屋だ。10分ほどで到着すると、加奈子はまず僕を電話のある場所へと案内した。

 古ぼけたダイヤル式の公衆電話だったが、電話線は無事なようだ。

 ホッと安堵の溜め息を吐き、僕は受話器に手をかけた。

「110番……」

 震える指でダイヤルを回す。

 たった三桁がもどかしい。

「プルルルル……プルルルル……」

 順調に呼び出し音が鳴った。

 お祖母ちゃんが殺されたこと、電話線が切られたこと。頭の中で何とか現状をまとめ上げていく。

 警察に説明しなくてはいけないことがたくさんあった。

「きゃぁぁぁああああっ!」

 突如、絹を裂くような悲鳴が響く。

 加奈子だ。

 驚いて辺りを見渡すが、加奈子の姿が見えない。僕は受話器を放って加奈子を捜した。

 悲鳴の上がった方へ走り出す。加奈子はすぐ近くにいた。公民館の広間で立ちすくんでいる。

 何が起こったのか。

 加奈子の顔は恐怖に引きつり、過呼吸で息を詰まらせている。

 視線は窓の外の一点を向いて固まっていた。


 外は夕間暮れ。この窓は公民館の裏手側に当たるようだ。

 等間隔に並ぶ街灯の明かりが見えた。農道でもあるのだろうか。

 その一番手前、街灯に照らされて3人の人影が見える。

 薄汚れた服を纏い、ただ立ち尽くしている人影。

 不思議なことに、彼らには本来あるはずの無い三本目の足が生えていた。

「ぐっ……」

 僕は込み上げてきた吐き気を堪えるのに必死だった。

 お祖母ちゃんの時と同じだ。身体を竹槍で貫かれた3体の死体。

 胸や腹を刺され、吹き出した血と裂けた肌からはみ出た臓物。竹槍を支えに辛うじて立っている様子だ。薄明かりに全てが生々しく照らし出されている。

「いっ、嫌っ……。やぐらの……。」

 擦れた声で、加奈子が呟いた。

 何を言っているのかよく聞き取れない。


 この長閑なはずの村で一体何が起こっているのだろう。猟奇的な複数の惨殺体が目の前にある。もしかして、村の中に殺人鬼がいるのか。否、ここまでくると妖怪や化け物の類いと言われた方が納得できる。

 そんなことを考えながら、呆然と窓の外を眺めていると、不意に視界が闇に包まれた。

 テレビのスイッチを切るかのように目の前の風景が消える。

「停電……?」

 全てが暗闇に紛れる。それは窓の外も例外ではない。

 村全体の灯火が消えてしまった。

 分かるのは近くにいる加奈子の気配だけだ。

「……こうなったら村を出るしかない」

 停電がこのタイミングで起こった原因は殺人鬼以外にないだろう。これが事故なのか故意なのか。どちらにしても闇雲に逃げ回るのは危険だ。

 両親の安否は気になるが、今は加奈子と逃げ延びることを考えた方が得策だろう。

「村を出るにはどうすればいい?」

 僕は意を決して尋ねた。すると、加奈子は酷く狼狽した声を上げる。

「駄目っ! 村を出る道は一本しかないの。あそこには物見櫓があるから……駄目よ」

 薄闇の中でも彼女の顔は真っ青に見えた。

 物見櫓のある道とは、昼間に車で通ったあの道のことだろう。

 しかし、僕には彼女の真意が分からない。

 命のかかったこの状況で彼女が「駄目」と言い切ってしまう理由とは何なのだろう。

「あの物見櫓に何かあるの?」

 僕が答えを求めると、加奈子はゆっくりと重い口を開いた。

「昔、戊辰戦争の頃らしいんだけど、この村の近くで大きな合戦があったの」

 唐突に突拍子もない話を切り出され、僕は頭の中が真っ白になった。

「……か、合戦っ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げる。想像していたのとはまるで違う方向へ話が飛んで思考がついていかない。

「この村の周辺は幕府の直轄地があったから、最初は村人たちも幕軍に味方したわ。でも、戦が大詰めになって幕軍の敗色が濃くなってくると掌を返した」

 加奈子の話は淡々と進んだ。

 確か戊辰戦争は、徳川幕府を倒すため薩摩藩と長州藩が中心となって仕掛けた戦争だ。

 その後、薩長率いる官軍が勝利し、明治政府が発足される。

「もしかして、物見櫓って言うのは……」

 段々話が読めてきた。

「物見櫓は官軍のご機嫌取りに村人が作ったのよ。味方がいると思って村まで逃げてきた幕府軍の兵士を村人は次々と殺していった。物見櫓の上から石を投げたり、土を詰めた竹槍を落として串刺しにしたり……」

 その台詞に、僕は驚きを隠せなかった。

「竹槍で串刺しっ……?!」

 ここまで聞けば彼女の狼狽ぶりも納得できる。

 加奈子は村の負の歴史を、現在の連続殺人事件と重ねているのだ。

「お陰で村は新政府から報奨されたらしいけど、犠牲は大きかったのよ。きっと彼らの幽霊が、こんな恐ろしいことを……」

 加奈子は殺人犯の正体を幽霊だと思っているようだ。しかし、僕は幽霊が竹槍(物理)で人を殺したなんて話を聞いたことがないし、にわかに信じられない。

「待って待って。幽霊がいるかいないかは分からないけど、殺人鬼は確実に村の中にいるから。やっぱり村を出よう」

 加奈子の話を聞いて、彼女の不安は充分に理解できた。しかし、戊辰戦争から百年以上が経過している現代。幽霊が突如として復讐に来るというのも変な話だ。

 僕は躊躇する加奈子の手を無理矢理引き、外へと歩き出した。

「もしかしたら、そこが殺人鬼の狙いじゃないかな。物見櫓の話は村中に知れ渡っていたんだろう?」

 歩きながら尋ねると、加奈子は驚いた顔を僕に向けた。そして、しっかりと頷く。そこで僕は思いついた疑惑を確信に変えた。

「こんな事が起これば残虐行為の象徴となっている物見櫓には誰も怖くて近づけなくなる。物見櫓がある場所は村から出られる唯一の道。つまり殺人鬼は労せず精神的に獲物の退路を断つことが出来る」

 殺人鬼の裏を掻くというわけだ。きっと殺人鬼は僕のような村人以外の存在を想定していない。

 村は現在、狩り場と化している。何よりも無事に脱出するのが先決だ。

「なるほど……」

 僕の説明を一頻り聞いて、加奈子は素直に感嘆の声を漏らした。悪い気はしない。僕は格好つけて余裕の笑みを浮かべた。


 僕と加奈子は音を立てないよう、早足で歩き続けた。

 丁度、最後の一本道に差し掛かった時だ。道の脇に件の物見櫓が見えてきた。

「ここが……」

 幕末の頃には僕たちの歩いている足元に多くの死体が転がっていたのだろう。

 今はアスファルトに覆われ、面影を感じ取ることも出来ない。

 しかし、昔話を聞かされて育った加奈子にとっては堪らない場所のようだ。

 繋いでいた手にギュッと力が籠もる。

 間近で見ると、土台となる柱にいくつもの黒ずんだシミがあった。

 何かの液体が飛び散ったような、飛沫をそのまま刻印したようなシミ……。

 どうしてこんなシミが出来たのか、僕は思い当たって目を背けた。

 そして、物見櫓を真上に見上げる。

 三日月を背に受けて、実体を感じさせない木組みのシルエットだけが浮かんでいた。

 この場所を抜けてしまえば大丈夫だ。

 半分は確信的に半分は期待を込めて。そう思った時、何かが物見櫓の上で光った。

 背筋がゾッと寒くなる。



〈選択肢〉


1) 僕は反射的に物見櫓の縁の下に身を潜めた。


2) 僕は反射的に加奈子の手を引いて走り出した。

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