完璧超人のお前に負けているのはわかっているけど、この恋だけは譲れない
「アル、見回りの時間だよ。行こう」
「了解だ、エル」
俺たちと交代する巡回の騎士たちが戻ってきたので、引き継ぎを済ませて出発の準備を終える。
王都の巡回は、騎士団の重要な役割だ。
治安維持はもちろん、王都民から直接不満や要望を聞いたり、噂話や流行など情報収集することで未然に事件の芽を察知し、国を守ることに繋がるからな。
「アルは偉いよね、皆が嫌がる巡回も決して手を抜かないし」
純白に金の刺繡が施された騎士服に、翻る深紅のマント、一目見て騎士団員だとわかる制服だが、こいつはオーダーメイドみたいに着こなして違和感がまるでない。
やっぱりブロンドは強いよな……俺なんて薄汚れた灰色だから違和感がやべえってのに。
「ああ、俺は平民出身だからな。騎士が巡回してくれることがどれだけ有難いか、安心するのかよく知っているつもりだ」
もちろん騎士がみな聖人君子ではないのは知っているが、人攫いやゴロツキどもに比べればはるかにマシだからな。
「そうか、ならば私も民のためにしっかりと役目を果たさねばなるまい」
そう言ってほほ笑むこの男。女みたいな綺麗な面しやがって。これだから貴族様は……。
エルスタ=ナイト、ナイト子爵家の嫡男で、一応騎士としては同期だ。
二年前、腕っぷしが強くて調子に乗っていた俺を模擬試合で完膚なきまでボコボコにした男。
それからというもの、何が気に入ったのか知らないが、やたらとまとわりついてきやがるから、いつの間にか騎士団の中でも有名なコンビになっていた。実力が若手の中では抜けているっていうのもある。
「そういうエルこそ評判良いみたいじゃねえか。そのせいで俺が巡回に行くと『あのイケメンの騎士さまはいないの?』って毎回ガッカリされるんだぞ?」
「アハハ、それはすまないな。後で夕食ご馳走するから許せ」
そうなんだ。二年も一緒に居れば嫌でもわかる。こいつは本当に良い奴なんだ。
貴族特有の鼻に付いた感じもしないし、品行方正、正義感にあふれる騎士の鑑のような男。
おまけに勉強も出来て滅茶苦茶強いと来たもんだ。
家柄も、顔も、背も、学問も……唯一の取り柄だった騎士としても強さも上、いまだに一度も勝ったことが無い。
でもさ……なんか悔しくないんだよな。エルなら仕方ねえって思えちまう。もちろんいつまでも負け続けるつもりはないが、コンビで相棒だからな。誇らしい気持ちの方が強いんだよ。
「……どうした? 私の顔に何かついてるのか?」
「なんでもねえよ。今夜何をご馳走してもらおうかって悩んでたんだ」
「言っておくが、酒は自腹だぞ?」
「せこいぞ、そういうとこ直した方が良いんじゃねえか、エル」
「ハハハ、そういうな、貴族といっても自由に使える金は多くないんだ」
そういやエルの家は、代々武功を立ててきたとかで、質実剛健が家訓だとかいっていたような。
羽振りが良い貴族はみんな悪いことをしているっていうし、きっとエルの家はまともな貴族なんだろうな。
昔は貴族を羨んでいた時期もあったが、きっと貴族は貴族で大変なんだろうなと最近は思うようになった。実際に貴族の家に生まれながら、騎士団に入るしかなかった三男、四男なんていうのはゴロゴロいる。エルだって、嫡男なのにこうして毎日汗を流しているしな。
「じゃあここで分かれよう」
いつものように二手に分かれて巡回を始める。
元々土地勘があって詳しいこともあって、エルが裕福なエリア、俺が庶民の暮らす下町を回ることが多い。お互いにその方が楽ということもある。
「アル、いつもご苦労さん!!」
「アル、今日は良い食材入ってるから、後で食べに来なよ」
この辺りは俺の庭のようなものだから、ほとんどが顔見知り、知り合いみたいなものだ。
良く言えば人情味あふれる下町情緒だが、職を求めて全国から人が集まって来る以上、必ず負の部分も生まれてしまう。だから悪い奴らが蔓延らないように俺たちがいるんだけどな。
「や、やめてください」
裏路地から若い女性の声がする。どうやら不良どもに絡まれているみたいだな。
「おい、牢屋にぶち込まれたくなかったら消えろ」
「うわっ!? やべえ、逃げるぞ!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく不良ども。やれやれ、俺が通りかかって良かったな。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
大きなバスケットには……焼き菓子? なるほど、食い物を狙われたのか。甘いモノは高級品だからな。
「あ、ありがとうございます、騎士さま」
深くフードをかぶった女性が礼をしようと慌てたのか、思い切りこける。可哀そうに、恐怖と緊張で足に力が入らなかったのだろう。
「お、おい、大丈夫か?」
「あはは……コケちゃいました」
手を差し出して引き起こすと、その拍子に、隠れていた顔があらわになる。
銀色に輝く編み込まれた長い髪に、アイスブルーの涼しげな瞳が揺れている。
目が合ったのは一瞬だったはずだが、なぜかその姿が脳裏に焼き付いて離れない。
どくん
何だ……? この感覚は……?
初めての感情に戸惑ってしまう。
「と、ところで、こんな場所で何をしていたんだ? ここはアンタみたいな女性が来るような場所じゃないぞ」
「あの……孤児院に焼き菓子を差し入れようと持ってきたのですが、途中で道に迷ってしまいまして……」
「ああ、それなら一本向こうの通りだな。孤児院ならよく知っているから連れて行ってやるよ」
「本当ですか!!」
「ああ、俺はその孤児院出身だからな。安心しろ」
「騎士さまが孤児院出身……」
「なんだがっかりしたか? 騎士って言っても育ちが良い奴ばかりじゃないんだぞ」
どこぞの貴族令嬢みたいだし、変に騎士に憧れを持っていたとしたら申し訳ないけどな。もちろんエルみたいなのもいるから間違っているわけでもないんだが。
「いいえ、心から尊敬いたします。だってそのぶん他の人よりも努力されたに違いありませんから」
「アンタ変わってるな……」
「あはは、よく言われます」
本当に不思議な子だな。今まで会ったどんな女とも違う。
子犬みたいにコロコロ笑ったかと思えば、星をまぶしたみたいな目で見てくる。軽蔑されたり見下されることには慣れてるが、こんな風に見られるのには慣れてない。
「ここが孤児院だ」
「本当に何から何までありがとうございました」
チッ、あっという間に着いちまった。少し回り道しても良かったかもな。
「この辺はあまり治安が良くないから、一人で来るのはやめた方がいいぞ」
「それは困りました。でも騎士さまが守ってくださるのでしょう?」
「それを言われると弱いが、この辺りまできっちり巡回している騎士はそんなに多くないんだ」
本当なら下町こそちゃんと巡回すべき場所なんだがな。
「まあ……乗り掛かった舟だ、巡回の帰り道にもう一度ここに寄るから、安全なところまで送ってやるよ」
「あ、ここまで来ればもう大丈夫です。本当に今日はありがとうございました。それから……ご迷惑かけてしまってごめんなさい」
「ああ……こっちこそ悪かったな、院長たちの言うことなんて気にすんな」
帰りに迎えに行ったら、アルの彼女だとか散々からかわれたんだよな……気を悪くしてないと良いけど。
「ふふふ、私はとっても気になりましたよ、アル」
不意に名前を呼ばれて変な気分になる。
「あはは、参ったな。まあ早く寝て忘れてくれ。油断せず気を付けて帰れよ」
さてと、今夜はエルの奢りだし気分が良いぞ。
「アル!!」
「ん? なんだ?」
「アルの次の当番はいつですか?」
「えっと……明後日だけど?」
「じゃあ、私その日にまた孤児院へ行きますから、また送ってくださいませんか?」
思いがけない提案に一瞬思考が止まる。
また……彼女に会える? それってなんだか良いよな?
「わかったよ、ただし、急に変更になったり出動することになるかもしれない。馬の刻を過ぎても俺が来なかったら諦めて戻ること、良いな?」
「はい、わかりました。それではあそこのカフェ『銀の雫』でお待ちしていますね」
「了解、銀の雫だな。それじゃあ、えっと――――」
「私の名前は、ベガです」
「どうしたんだアル? 最近えらくご機嫌じゃないか!」
「そうか? 別に変わったことなんてないぞ」
嘘である。あれから当番のたびにベガと会っている。正確に言えば送り迎えしているだけなんだが。
周りから見れば良いように使われているだけなのかもしれないが、俺がそうしたいのだから仕方がない。いつの間にか彼女に会うことを楽しみにしている自分に、自分自身が一番驚いているけどな。
非番の日、俺は柄にもなく『銀の雫』へ向かっていた。
もしかしたら偶然ベガに会えるかもしれない。そんな下心が無かったら嘘になる。
「もし……俺が誘ったらどうなるんだろう」
嫌われてはいないと思う。だが、休日に二人で会うのは、送り迎えするのとは意味が全く違う。それはもはやデートだし、貴族令嬢である彼女と、平民上がりの騎士の俺とじゃ釣り合わないことはわかっている。
だから……偶然会ったのなら、言い訳が出来るんじゃないだろうか?
「まったく……俺はいつからこんなせこいことを考えるようになっちまったんだ……」
普段神殿にも行かないくせに、こういう時だけ都合よく神さまに祈ってみたりする。
――――どうか偶然ベガに会えますように。
「え……まさか……本当に?」
遠目でもわかる。彼女の姿なら、何万人の中からでも見つけ出せるに違いない。
でも――――足が出ない。
彼女の隣で笑う男の姿を見てしまったから。
「ははは……よりによって、なんでお前なんだよ……エル」
寄り添う二人はどこから見てもお似合いで……幸せそうに微笑むベガを見ているのが辛い。
俺は――――そのまま引き返した。
くそ……わかってる。わかっているんだ。
エルなら間違いなくベガを幸せにしてくれるだろうって。他の野郎に奪われるくらいなら、相手がエルなら千倍マシだとさえ思える。
だがよ……はいそうですかって、このまま諦められるほど――――
俺は中途半端な気持ちで好きになったんじゃねえんだ。
「エル……俺と勝負しろ」
翌日、俺はエルに勝負を申し込んだ。
「勝負? どうしたんだそんな怖い顔して。一体何のために……?」
「お前、婚約者がいるんだろ?」
「アル、お前どこでそれを……?」
「その子をかけて勝負しろ! 俺は……彼女のことが、好きなんだ!!」
「アル、それ……本気で言ってるの?」
普段温厚なエルの目がすっと細くなる。こんな怒っている姿見たことがない。
まあそりゃそうだ。俺がエルの立場なら同じ反応をするだろうしな。
でも良かった。エルは本気で怒るほど……ベガのことを想ってくれているんだな。
「ああ、本気だ。それが嫌なら打ち負かしてみろ、たとえ殺されたとしても……恨み言は言わねえよ」
「悪いねアル。この勝負は私の勝ちだよ」
「ああ……俺の……完敗だ。はは……笑っちまうぐらい本気で負けた。ありがとな。おかげですっきりした。悔しいけど、彼女を……どうか幸せにしてやってくれ」
それでいい……地べたに這いつくばっている俺なんかじゃなく、お前ならきっと彼女を守ってあげられる。
「お前に言われるまでもない。クリスティーナ・ハートフィールド・セレスティア=ミルキーウェイ公爵令嬢のことは精一杯幸せにするよ。あまり名前が長いからどうしようか迷っていたんだけど、アルのおかげで吹っ切れた。そのことは感謝している」
「え……誰?」
「そんなことより、見損なったぞアル。僕の可愛い妹にちょっかい出しておきながら、別の令嬢に想いを寄せていたなんて……」
待て待て待て、え……妹? もしかして――――
「なあ、エル、もしかしてベガって……」
「ああ、もちろん僕の可愛い妹だよ」
「あはははははははははははは、ひぃっ、ひぃっ、お腹が……痛い」
ベガをエルの婚約者だと勘違いしていたと知ったエルは先ほどからずっとこんな感じだ。
「もう勘弁してくれよ……俺が悪かったから」
「あはは、わかったよ、じゃあ今晩はアルのおごりで」
「えええっ!? なんで俺が……」
「別に良いんだよ? ベガにクリスティーナ・ハートフィールド・セレスティア=ミルキーウェイ公爵令嬢をかけて決闘したって言っても」
「……わかった。ただし、酒は自腹で頼む」
「あはは、今夜は美味しいお酒が飲めそうだね!」
「人の話聞いてるか?」
「なあエル、ベガとのことなんだけど……」
「良いよ、妹もアルのこと気に入っているみたいだしね。ただし――――」
「……ただし?」
「婚約は最低でも副師団長になってからだね。今の給料じゃ妹を安心して任せられないだろ」
そうだよな……相手は貴族のお嬢様。交際イコール結婚相手となるわけで。
でも副師団長か……あと何年かかるんだろう……っていうか、なれるのだろうか?
「そうだ。アルに良いこと教えてあげる。実はね、今度新設される第六師団の師団長に内定しているんだ。まずはサポートしてくれる副師団長を探しているんだけど――――興味ある?」
「あります!! お兄さま!!」
「……今すぐベガをやるから、お兄さまだけはやめるんだっ!?」
おまけ
「えへへ、アル~聞きましたよ? 私を手に入れるためにお兄さまに勝負を挑んだんですってね?」
エルの野郎……余計なこと言いやがって。
でもまあ、ベガが嬉しそうだから良いか。
「羨ましいですわ。想いを寄せる殿方が自分のために戦ってくれるなんて……」
ところで……なんでこの方がここに居るんだよ、えっと……名前の長い人。
「あらクリス、お兄さまも貴女をかけて戦ったそうですよ~。ねえアル~?」
げっ!? 知っていたのかよ……エルの野郎、今度絶対ぶっ飛ばす。
「え? なんですの!! その話詳しく!!」
「うふふ、それじゃあ続きは二人でゆっくりと……ね?」
『銀の雫』へと消えてゆく二人。
や、やめてくれええええ!!!
アルは心の中で叫ぶのだった。