2話 代わりの嫁探し
「あの、ありがとうございます」
『お礼はいいよ。どっちにしても、あの先に行くにはワンちゃんを納得させないとね』
あの後、この子が嫌がっている事を伝えたものの、それすら愛でとか言い出して、相手に受け入れる気が無ければ意味がないと言ったら「それなら、代わりの嫁を連れて来い」と無理難題を言われました。
連れて来るまで、あそこの街道で座り込んで通さないとまで言われたよ。
「いたた……しかし、何で神獣なんかこんな所に居るんだよ。本来は、神々の力が満ちた神域に住んでて、人里に出ることはまずないって聞いていたのに、話が違うぞ」
「す、すすすいません。本来は、祭事にしか人里に来ないのですが……あの、その……」
『何したの?』
な~んか、エルフさんがしどろもどろになっているから、この子が何かしたのかなと思って、そう聞いてみた。
「お、お祭りで使う大事な壺を、わ、割っちゃいました」
『それが、問題に?』
「それは、あの神獣様。獣王『ケルベル』様が、神水を飲む為に使われていた壺でして。割ってしまうと、再度作り直すのに数百年かかる代物です」
『う~わ。それを、何であなたが扱ーー』
「あ、私が扱っていたのではないのですが、そ、その……木の根につまずいて転んだら、その音に驚いた隣家のペットの犬がビックリして、走り回って吠えていたら、たまたま外にいた犬が怖い子供が泣き出してしまい、そのお母さんが泣き止ませようとしたけれど、慌てていたのか魔法を暴発させてしまい、犬に直撃して、その魔法で飛んでいった犬が祭事に使う建物の近くに落下して、そこで暴れだして、そのまま壺に……」
何そのピタゴラス。
というか、それなら直接的にエルフさんがやったのじゃないから、嫁にっていう話しになるのはおかしいような? あ、でも、嫌な予感。
「それで、エルフの長がその事を神獣様に報告したら、代わりにと私に目を付けられて、そのままさっきの様な事に。私は恐れ多くて、嫁以外ならと言ったのですが……」
『聞き入れてくれなくて、そのまま連れ去ろうとした』
「はい。それで、咄嗟に逃げてしまって……」
う~ん。となると、本当にあのワンちゃんには落ち度がないや。尚更面倒くさい事になっちゃったよ。
「ふふ。良いね。異世界ならではのイベントっぽい。やっと、やっと俺の冒険が始まる!!」
ヤル気満々のルヴォイル君は放っといてと。
『しょうがない。メス犬でも探そっか』
「あ、あの……それくらいじゃ駄目かも。人の姿の人に求婚されているので、二足歩行の方じゃないと……」
『あのワンちゃん、四足歩行なのに』
私のスキルで二足歩行にしてやろうかな。あ、効かないんだった。
だからこそ、私のスキルで嫁を用意する事も出来なかった。
だって、あのワンちゃんを対象にした瞬間、スキルが発動出来ないからね。何をどうやっても、あのワンちゃんも対象に入ってしまうからさ、スキルではどうしようも出来なかった。
そういうわけで、近くに獣人の村があると言うことで、エルフさんの案内のもと、私達は森の中を歩いている。
『そうだ。いつまでもエルフさんじゃ呼びにくいし、名前を聞いても良い?』
「あ、良いですよ。そうでしたね。私は、リーシアといいます。フルネームは、エルローブ=リーシアです」
「うん? エルローブ? どこかで聞いたことが……」
「あ、すいません。それ、父ですよね。私の父は、この遥か先にある、エルフの国の王ですから」
「あ!! 思い出した!! 沢山の妻を娶って国を治めている、エルローブ=ライエス! あんた、その娘!?」
「と言っても、30人ほどいる妻の中の、25番目くらいですから、認識すらされていないかと……」
なんか後ろで雑談しているな~と思っていたら、リーシアさんは王女様でしたか。と言っても、継承権は無さげだね。だから、こんな所にいるのかな? それとも、何かもっと別のーーって、いけないいけない。あんまり関わると面倒くさい事に巻き込まれそう。
『道、こっちであってる?』
「はい。あってます。あの……あなたは、そんなに驚かないですね」
『あ、ごめん。驚いた方がいい?』
「いえいえ。ふふ。何だか新鮮で。それと、あなたのお名前は?」
そういえばこっちも名乗ってなかったね。これは失礼。
『私はヘルウォード=ミレアです』
「まぁ、ヘルウォードと言えば、隣の大陸にある国の、爵位級の家柄でしたよね? 何故、このような所に? それと、喋れないのはご病気?」
『その通りです。あ、それと。喋れないというか、迂闊に喋れないのです。スキルのせいで』
ということで、私のこれまでの事をリーシアに話した。
「それは、大変なご苦労を。それと、そちらの男性は悪い方でしたか……」
「いや、悪くはない。ちょっとその、感情的になってしまって。何でも良いから活躍したかったし、異世界らしい生活をしたかったんだよ!」
そう弁論した所で、信じられないという目を向けられるのは仕方ないと思うよ。リーシアさんはさっきからずっと、私の横に居ますからね。
「くっそ……もうちょいボカしてくれても良かったのによぉ……」
『それじゃあ、あなたの為にならない』
どちらにせよ、獣人のいる集落までは距離があるし、その間に野生動物が出てくるかもしれないから、護衛をしっかりとして欲しい。この中で普通に戦えるのは、ルヴォイルだけだと思うからね。
街道を反れて少し歩き、その先にある森を抜けた所に集落があるみたいだけれど、森に入るまでは良かったよ。ただ、だんだんと木が多くなってきて、よりうっそうとしてきたんだ。この道で大丈夫なのかな?
『リーシアさん。この道であってます?』
「あ、はい。大丈夫ですよ~」
『そう言いながら私の尻尾を掴まないでくれるかな?』
忘れがちだけれど、今の私は狐娘。耳は獣耳で、尻尾もあるからね。ピコピコと動かす耳を目で追われていたし、フリフリと振っているモフモフの尻尾をガン見していたんだよな。
「はぁわぁ……他の狐娘さん達にはない、この極上のモフモフ感は凄いです。神がかっています~」
『モフモフに弱い方でしたか』
たまにそういう人達と会っちゃうんだけど、徹底的にモフられてしまうから、出来るだけ尻尾を振らないようにしていたけれど、流石にこう意識を別の所にやっていると、動いちゃうなぁ。
「……おい。モフモフしている場合じゃねぇよ。この野生動物はなんだ!?」
「あ~ベアーウルドッグですね。熊と犬のかけ合わせで、鋭い爪と牙を持っているので、気を付けてください~」
「見た目的に高レベル帯のダンジョンに出てくるモンスターだよ!」
スッゴくおっかなそうな見た目だし、四足歩行なのに爪が鋭く長いときたものだ。地面を抉りながら歩いたり走ったりしてるよ。それでいて、牙も常に剥き出していて、サーベルタイガーの様に立派だよ。
あれ、倒したら経験値いくら貰えるだろう?
『ファイト』
「戦うのは俺だからって、このやろう! 仕方ない。おい、犬ども! 大人しく『その場で座れ』」
今度こそ見せ場かと思ったけれど、ルヴォイル君、全く座ってくれていないよ。
「…………あ、まさか。もしかしてこれ、こっちの言葉が通じないと意味ないのか?」
『おいおいおいおい、ルヴォイル君!? 何で知らないの!?』
「言葉を喋らない動物との戦闘は初めてだったからな!!」
完全に回りを囲まれたよ。どうしてくれるんだよ、これ。私はあんまり戦闘が出来ないんだよ。
「あ、あの……大丈夫でしょうか? なんなら、私が何とかしますよ」
『え? 戦闘出来るの?』
「は、はい~一応王族ですし、魔法や魔術の素質は他のエルフに比べたら高いです。ですが、緊張するとちょっと……」
そう言いながら、リーシアさんは私の背後に回り込んでしまった。
いや、これ……パーティ編成として弱いかも。ただ、リーシアさんの言っている事が本当なら、何とかなりそうだね。
仕方ない。ルヴォイル君に一肌脱いで頂こうか。