7話 そんな危険な貝がいるなんて聞いてません
女性だろうと男性だろうと、急所は同じってことかぁ。って、何を言っているんだ私は。
「うぅぅぅ……」
「大丈夫ですか? ミレアさ~ん」
船の上で、あられもない姿と声を晒してしまった私は、痛みが引くまで横たわっています。男の程ではなかったけれど、それでも激痛に近いものでした。
ちなみに、引いていた私の釣り竿は海賊さん達が代わり、引き上げてくれていた。かなり大物で、マグロ程の大きさがあるんじゃないかって思える、とても大きな赤い魚だ。
鯛か? いや、何か顔つきが違う。こんなに厳つくはない。あと、せびれもそんなに大きくない。こっちの世界の高級魚とかそういうものかな?
「おぉ、ドグロサチか! それは私の好物だ。是非とも!」
『あぁ、はい。元よりそのつもりで釣っていたので、どうぞ』
どうやらシャグィアサンの好物だったようです。それなら好都合だよ。下半身にダメージ受けてでも釣ったかいがありました。
「しっかし、結構な大物だな。男3人がかりだったぞ」
そんなのがいるのなら、尚更私達まで釣りをさせるのは危険な気がするよ。とは言え、人手があった方が沢山釣れるし、シャグィアサンのお目当ても早めに釣れるから、総動員されるのも仕方ない。ちゃんと男性陣がフォローしてくれていたしね。
とりあえず、あと何匹か釣れば満足しそうなので、このままこの場所で釣ってもらうとして、問題なのは……。
「うぅ……そんな。こっちの声が届かないなんて。どうしたらいいんだよ……」
とんでもない程に落ち込み、絶望にうちひしがれているこの子を、何とかその上の世界に帰さないといけない。というか、私の天恵スキルを何とかしないと、この世界が消滅するんだっけ? 全くもう……。
『君。ねぇ、君』
「連絡手段なんて他にないし。母さんが気付くのにどれだけ時間が……気が付いても、多分父様に報告される。そうしたら、もうどやされるどころじゃないぞ……あぁ、どうしようどうしよう」
『ねぇ、君ってば』
何で聞こえないかな~って、しまった。
「ミレアさん。宙に文字を書いて呼んでも、こっちを見ていないと意味がないと思いますが」
ちょっとした天然ボケだよ。あまりにも長い年月を、声を出さないようにって言い聞かせてきていたし、人を呼ぶなんてかなり久々だったもので。
「ねぇ、君」
「あ? なんだよ……」
『今はとにかく、私の天恵スキルを何とかしないとでしょ? 帰る方法は、もうさっき君が言っていた事にならないとダメなんでしょ?』
「……うぅ」
その父様って人に怒られたくないのは分かるけれど、この状態ではもうどうしようもないし、それは回避出来ないと思うよ。誤魔化す事すら無理だよ。
「くそ……くそぉ。はぁ、しょうがねぇ。怒られるにしても、せめて何か手柄を立てておかないと。そうしたら、怒られる量も半減するかな?」
まぁ、それくらいしかないだろうね。それならそれで、私の天恵スキルの事を調べて貰わないと。それと、私は何でこんな姿になってしまったのかっていうのもね。
多分、それも関係していると思うから。
そんな話をした後、女海賊のイルネさんの方が私達の船へと近付いてくる。そう言えば、こっちの船長さんとの戦いとかどうなるんだろう?
「リーチャ。ちょっとヤバい事になってきたぞ」
「あぁ? これ以上ヤバい事ってなんだよ。俺様は、もう頭いっぱいいっぱいなんだよ。いっつつ、使いすぎて頭いてぇ」
「それは2日酔いだろう」
「だ~れが2日酔いだ!」
「こっちの話を聞きやがれ! 海中から、シャグィアサンと同等の奴が上がってきているんだよ!」
「なに?!」
「きっと、その魚を狙っていたけれど、釣られたから取り返しにきたんだ!」
なんなんですか……この海って、そんな危険な生物が沢山いるの? ここの街の人達はよく漁に……って、海賊さん達が牛耳っているんだった。
「こいつらに張り合えるのはあたしらくらいさ。だからあたしらが、こいつを押さえて漁をしてやってるんだ」
「はっ。高い漁業料をふんだくっているんだろう」
「仕方ねぇだろう。こちとら命がけよ!」
言い合いしている前に、確かに何かが海面に近付いてきているよ。避ける準備しておいた方が……。
「ぬぅ! あいつは、俺の寝込みを襲ってはちょっかいかけてくるやつだ!」
それはそれで迷惑だろうに。何で処理しなーー
「来たぞぉ!!」
「総員しがみつけ! そして回避行動! 貫かれるなよ!!」
「わぁ~お」
物凄い勢いで海面から出てきたのは、鋭く尖った甲を持った、巻き貝みたいなやつだった。まるでミサイルみたいにして、海面から飛び出して来たよ。
「ひやぁぁ!!!! なんですか、あれは!?」
流石のリーシアさんもビックリしてしまって、慌てふためいているよ。森で生活していたらまず見ないタイプの生き物だもんね。
『巻き貝……にしては大きいし、殻の先端が物凄く尖って鋭くなってる。あの速度であんな物に突き刺されたら、船なんかあっという間に沈没するよ』
そんな所で漁なんて……そりゃ命がけだよ。
「ちぃぃ! アイツの弱点は殻の先端じゃなく、下の方の胴体だ! そこは柔らかいから、砲弾一発で片付く! ただ、海に潜っていると狙いにくいから、勢いよく突き出た瞬間、胴が露出する時を狙うしかない!」
そんな絶妙なタイミングで攻撃出来るかなぁ。と思っていたけれど、イルネさんとリーチャさんは急いで戦闘準備を始め、部下達に指示を出している。
よく見ると、投げ縄と丈夫そうな鎖を用意している。
「はっ。ただ相手を待つだけじゃジリ賃だ。しかも、こいつは1匹とは限らねぇ!」
「へ? にょわぁぁああ!!!!」
とってもあられもない声が出てしまったよ。いや、ビックリしたというか、私達の船の近くで、2匹目が飛び出してきた。しかも、イルネさんの方の船では、新たに2匹飛び出してきて、彼女の船を貫こうとしている。
こんなに沢山いるなんて聞いてない!!
「ちょ……ミレアさん。何とかしなーーきゃぁぁああ!」
『そんな事言われても。あ、ルリアちゃーーんは、完全にダウンしてる』
諸々のアレコレで船が揺れに揺れたから、完全に伸びてしまってぐったりとしちゃってるよ。
もうそうなると、もう一人の方に……。
『ちょっと、神の子だか……あ、エデン君だっけ? 君、この状況から脱する事出来る?』
「なに? 僕は戦えないよ。そんな能力も戦闘力も無い!!」
『キッパリとドヤ顔で言わないでほしいな』
本当に使えない子だなぁ、もう。そうなると、私のスキルでってなるけれど、この場合は漠然としちゃっていてどうにも出来ないかも。
「ミレアさんのスキルでもダメなんですか?!」
『いや、あの……こいつより強くっていうのが、基準がちょっと曖昧過ぎてね。こいつは貫く力は凄いけれど、他がてんでダメな場合は、こいつの貫く力よりも強くとしかならないんだよ。そうなると、私の尻尾が鋭利になるだけかもなんだよ……』
「あ、なるほど……それはちょっと、その後困りますね」
『他も強ければ、一緒に纏めてそれ以上になれるけれど、こんな生物だからね……重ねがけになると危険な事になるだろうしーー』
貝殻も硬い場合は、それを破壊出来る程になるだろうけれど、もし中の本体も強くて、弾力性でダメージを防げるとなると、それまでプラスされてしまうと思う。そうなると……。
『下手したら、この辺り一帯が私のパンチ一発で粉微塵になる……』
「ちょっとそれは避けたいですね……」
次々と飛び出してくる貝の化け物というかモンスターは、そんな私達の作戦会議なんて気にもしないかの様にして、船に積まれた魚を狙い、色んな所から鋭く尖った貝の先端を突き刺そうとしてくる。
何とかリーチャさんとイルネさんの巧みな指示と、操舵手の舵さばきで逃れているし、船に仕込んでいる鉄板である程度は防げている。とは言え、一撃で割りと凹んでいるので、2発以上受けると貫かれそうだよ。
「くぅ!! こんなに多いのは聞いてねぇぞぉ!! ガハハハハ!!」
「あぁ、こんなのは初だねぇ、たぎってきたよぉ!! アハハハハ!!」
それなのに、海賊の2人は生き生きしていました。全くもう、これだから海賊は……なんて思っちゃいました。