5話 ナニか釣れた
「ん~釣れないですね~」
『そりゃあ、あんな事があったんだから、この辺りから魚は逃げてるよ』
晴天の中、穏やかな波に船は揺られ、ハンモックの様にユラユラユラユラと、釣糸も垂らしながら平和な時間が流れていく。
「おぉぅ……これはこれで、吐く……」
『吐かないで貰えます?』
「早く、陸地に……」
船酔いしているルリアちゃんには、かなりキツそうですね。この人にとってはずっと地獄ですね。
ただ、まだ魚が釣れていないのです。シャグィアサンが空腹ですから、その為の餌ーーもとい、ご飯を用意して上げないといけないから。
それにしても釣れない。
「おぉ~い。まだかよ~くそったれ~」
「お頭~坊主で~す」
「こっちもだよ! 早く釣れ! 野郎共!」
「そう言われても、イルネ姉さん……」
海賊の人達も、大会ということなので、大人しく釣りで勝負しているんだけれど、こうも釣れないと勝負どころではない。大きな船を出しておきながら、何ともお粗末で情けない結果になりそうだ。
というか、シャグィアサンが直接捕ればいいのにと思うけれど、折角お祀りして貰っているんだから、捧げられたいらしい。その方が美味しいし、力も上がるのだとか。
それでも、その当の本人もーー
「オロロロロ……」
「は、吐くな。その音止め……ウップ」
グルグルかき混ぜられた影響でめちゃくちゃ吐いてます。さっきまでは、何とか八聖神としての意地で耐えていたみたいだけれど、限界がきたとかいって、海から突き出た岩の方に飛んで行って、そのままずっと吐いてます。汚いなぁ、もう……。
『それにしても、本当に釣れないなぁ。あんまり使いたくないけれど、スキルで魚を戻そっか』
「そういえば、ミレアさんはそれが出来ましたね。何でやらなかったのですか?」
『細かな量の調整が出来ないので、群れて来る可能性もあるんだ。そうなると、周囲の漁業に影響が出てしまいそうで』
乱獲は良くないからねぇ。ただ、このままだと大会も成功しないので、致し方ないところもある。運に任せるしかないか……と思っていたら。
「ん? おい待て、狐の嬢ちゃん引いてんぞ!」
「え? わわっ、うわわわわ!!!!」
突然私の竿が大きくしなり、何か重いものが引っ掛かったような反応を見せた。もしかして、かなりの大物がかかった?!
『どうすんの、これ! どうすんの!』
そして気が付いた。私は釣りをしたことがない! ある程度説明は聞いたけれど、いざとなると体が動かなくなる!
「とりあえず糸が切れないように、引きずられないように踏ん張れ! 巻けそうなら巻け! 無理なら、相手が疲れるまで待て! 反対方向に竿を振るんだ!」
『あ、大丈夫。普通に巻ける』
めちゃくちゃ大声で言われたけれど、これ良く確認したら、あんまり引いてない。ただ、めちゃくちゃ重い。なんですか、これ……って、こんなの考えられるのは限られてる。
『この感じ。魚じゃないです』
「あん? な~んだ、驚かすな。海底の岩か、何かゴミに引っ掛かったのかよ。おい、ちょっと手伝ってやれ」
そんなところですね。残念、慌てて損したよ。それと、岩に引っ掛かったわけでもなさそう。順調に巻けているので、ゴミですね。
『ただのゴミっぽいです』
「はは。ベタだなぁ、おい。うっぷ」
『ベッタベタに船酔いしている人には言われたくないです』
今時こんなネタでは、お笑いでも使われませんよ。そう思いながら思い切り竿を引き、釣り針に引っ掛かったゴミを釣り上げた……が、その正体に思わず目を疑った。そして私は一言ーー
「大人が釣られなかった」
『ごめん、ビックリして言葉発しちゃった。子供が釣れた』
「何言ってるんだと思ったよ。思わず言うとあべこべになるから厄介だなぁ、おい」
「本当ですね」
「そりゃ大人は釣れね~な。ガハハハハ!」
「いや、あの……」
あれ? 皆全く頭に入っていない? ちょっと、これはまずいものが……いや、どうしよう。
「「「子供!!??」」」
あ、やっと理解した。
そうです。子供が釣れちゃいました。大丈夫、これ? 事案にならない? ねぇ。
◇ ◇ ◇ ◇
魚を釣っていたら子供を釣ってしまった私は、とりあえずその子を船に上げます。
『生きてる?』
とりあえず横にさせたけれど、着ている服がちょっとこの世界の人とは違う。見た感じは男の子みたい。
白い短パンだけど、上は布切れ一枚で縫合して合わされた様な、そんな感じの服だ。なんと言うか、神様の子供みたい……と言った印象だね。髪の毛もサラサラで、今水から引き揚げたというのに濡れていない。不思議過ぎる。
「なんだこのガキ? あぁ、とりあえず息はあるか。いや、溺れていたんじゃねぇのか?」
「私の魔法で気付け……いや、起きますよ」
本当だ。私達が喋っていたら、直ぐに目が開きそうになった。
「ん、んんぅ……」
声をかけたいけれど、私では反転する。折角の無事も、無事じゃなくなる。えっと……。
「君、大丈夫?」
「喋れんじゃねぇ~か」
『短ければなんとかね。というか、一丁前に文句言うなら』
「ルリアちゃん、まだ船酔いキツそうだね~」
「あ、やめ……ちょっとマシになってきたのに……ウォロロロロ……!」
盛大に吐きはじめましたね。いや、そんな事をしている場合じゃない。
「こ、ここは……」
気が付いたその子は、辺りをキョロキョロと見て、それから青ざめた表情になった。
「ヤバ……お、落ちた? 僕、落ちたの?! 嘘でしょ!」
『落ちた?』
不思議な事を言うね。いや、もしかしてこの子……あの腕の?
それから、盛大に吐いているルリアちゃんを見つけると、思い切り睨み付けてきた。
「お前だ! お前が僕に噛みつくから、ビックリして落ちちゃっただろうが!! どうするんだよ! 父様なんて、僕を助けようとしないし、か、母様も、もう……」
そう言いながらガタガタ震えだした。ついでに、その子の腕にはくっきりと、何かに噛みつかれた跡が残っていました。
まさか本当に……?
『あの……君が例の、空の亀裂から腕を伸ばしていた奴?』
「お前は……あぁ、そうか。そうだよ! 僕がそうだ! 神の子、エデンだ!」
その子の発言に、皆は目を丸くしたものの、当然信用する為の材料はないので、次には疑いの目に変わった。とはいえ、相手は子供なので、どちらかというと可哀想にと言った表情もある。分かるけどね。
「くっそ、やっぱり信じねぇか! おい! お前! 狐の奴!」
『態度デカいね、君』
「神の子だからな! お前分かってるだろう! 僕が落としたやつ、大きな杖をどっかで見なかったか?!」
『あぁ、それなら……本部ギルドの方に』
「なるほど。それはどっちだ? いや、やっぱり外側よりも中の方が分かりやすいな。小さくないから見つけやすい。あっちだな」
そう言うと、その子は突然手をかざし、手のひらを光らせ始めた。次の瞬間、本部ギルドに置いてきたはずの、例の巨大な杖が一瞬で飛んで来て、その場で小さくなって少年の手に収まった。
「はぁ~良かった。これの回収が出来ただけでも。使われてもいないし、これなら怒られないで済む~」
もう色々と決定的だ。とは言え、例の亀裂も腕も、私とルリアちゃんしか見ていない。他にも見えていた人達がいたかも知れないが、確認は出来てないから、私達だけだ。
どう、説明したらいいんだろう……。
「よし。もうここに用はない。とっとと帰らせて貰う」
あ、帰れるんだ。それなら、皆への説明も後でいいか。居座るつもりがないなら、こっちも助かるよ。それと……。
『帰るなら、空の亀裂も何とかしてくれる?』
「……あ? あぁ、確認用のか。いや、それは直ぐには無理だ」
『なんで?』
「お前がいるから。お前だろ、父様の作ったこの世界を勝手に変えてるのは」
そう言いながら、その子はキッと眉を釣り上げ、私を見た。威圧感が普通の子じゃない。神の子って言うのは、本当なのかも知れない。
『そうは言っても、そっちが勝手に私にこんなスキル与えるから』
「スキル? なんだそれ? 父様はそんな事していないよ。作り出した人間達が、変な所から力を流用してしまっているのは見ていたよ。父様はそのせいで、この世界を失敗したと言って、捨てたんだ!」
『なんだって?!』
それじゃあ、私達の持つ天恵スキルは、いったい誰から授かっているの?! 変な所からって、いったいどこですか!?
「ふん。僕はね、父様が失敗したって言って捨てたこの世界を、再び良質な世界に作り直し、父様に褒めて貰いたくて色々とやっていたんだ。それなのに、邪魔してくれやがって」
そっちもそっちで事情があるみたいだけれど、とりあえず天恵スキルの出所だけでも教えて欲しい。
『行く前に、天恵スキルの出所だけでも!』
「ん? お前達の言うところの、異世界の人達のイメージ。だな。もう僕は行くぞ」
異世界の人達のイメージ? こういうのがあればな~とか、こういう力があればいいな~って考えている、そのイメージってこと? それをこの世界に持ってきている? どうやって?
ダメだ、疑問ばかりが生まれる。それなのに、その子はもう空を見上げて帰ろうとしている。まだ、聞ける事はあるかもしれないのに。
『待って! まだ、聞きたい事が!』
だけど、その子は空を見上げたままで、何の動きも見せない。
「……あれ? え? 嘘だろう……えっと、何で上に上がれないの? ちょ、ちょっと……嘘だろう。戻れない!! 母さん~!! 母さぁあ~ん!!」
どうやら、例の亀裂の外側に戻れなくなってしまったみたいだ。つまりこの子、帰れなくなった?
あ、もう泣きそう。
「お、お前達のせいで……お前達のせいだ~!! うわぁぁ~ん!!!!」
当然、周りの人達はこの出来事に理解が追い付かず、ただポカーンと眺めているだけでした。