4話 一番の被害者
格好よく登場した女海賊イルネさんの船は、謎の腕によるかき混ぜ行為で、あわや転覆するという状態でひっくり返ったけれど、何故か更に半回転して事なきを終えていた。ただ、中の船員はグロッキーになっているし、例の女海賊さんもちょっとぐったりしている。
「あ、ああ、あたしとしたことが……な、波を読めないなんて……」
さっきのは仕方ないよ。
「ルリアちゃん、あれを」
「うぷ……分かってる……全部こいつのせいだからな、任せろ……!!」
青ざめた顔しているけれど、目はしっかりと腕の方を見ているから、ここはルリアちゃんに任せて、私は他の人達の安全確保に向かわないと。こっちはこっちで、何人か海に放り出されているんだよ。
「リーシアさん、海」
「上手くいくかは分からないですけど」
そう言いながら、リーシアさんは手を前に掲げ、何かを呟いた。その瞬間、その手から柔らかな光が出て、海に落ちた海賊さん達が浮かんできました。凄いじゃないですか。
「今、話しかけてないで下さいね。あの、魔力コントロールがぶれたら、どこに飛んでいくか分からないので……」
「お、ぉぉ……頼むぞ嬢ちゃん」
そんな事を言われたら流石に不安になるって。リーチャ船長も不安そうだし、回収されている海賊さん達に至っては、大人しく三角座りしていますから。
それでもリーシアさんは、ゆっくりと海に落ちた海賊さん達を、船まで引き上げてくれました。
その後にーー
「お前、いい加減にしろよ~!!!! 何者だ、こら!!」
ルリアちゃんが気合いを入れて、船酔いを弾き飛ばすようにしながら怒号を飛ばし、海をかき混ぜている腕に飛び付き、そのまま噛みつきました。
「…………」
あ、腕が止まった。
「イッテェェェェ!!!!」
と思った次の瞬間には、その腕が凄い勢いで引き抜かれ、空の亀裂へと一直線に帰っていった。
だけど、あれだけ大きなものが海に刺さっていて、それが一気に引き抜かれたから、大量の海水が降り注いで、大波が発生してしまいました。
全くもう……ルリアちゃんの突拍子もない噛みつきで、更に被害が出そうだよ。
「私達の船は、大波では転覆しない!」
最初からこうすれば良かったけれど、これを越える大波がくると、上書きするのに言葉を増やさないといけないから、失敗する可能性がある。だから、ここぞという時にしか使えなかったんだ。
「なんだ今の! 角の嬢ちゃん、何した!?」
そりゃ端から見たら、何も無いところにしがみついて噛みついて、いきなりその下から大波が発生したからね。理解出来ないだろうね。こっちもどう説明したらいいのやら……。
『ルリアちゃん。もう少し方法を考えて欲しかったです。どう説明したらいいんですか』
「うぉ、悪い。まさかしがみつけて、更に噛みつけるとは思わなかったよ」
それは私も思わなかったよ。というか、さっき腕が引っ込んだ後に、遠くの方で何かが海に落ちる音がしたね。ドボンってさ。また何か変な物が落とされたのかも。大会が終わった後、また調べてみましょう。
一連のゴタゴタで釣りどころでは無かったけれど、腕が引っ込んだ事で、急に海が穏やかになりました。
「…………」
「…………」
荒波で一丁激戦! 何て事を2人は考えていたのでしょう。サーと降り注ぐ海水の雨を受けながら、お互いの船から2人は睨みあったまま「この先どうするの? え? やるの?」と言った感じの視線を送っています。
どちらも恥ずかしい姿を晒していますからね。リーチャ船長の方は、部下達ですけどね。
『あの。説明しても信じて貰えないので、私達がシャグィアサンを何とかしたと思って貰って下さい。それでーー』
と、私が続きを書こうとした時、リーチャ船長とイルネ船長が、お互いの船を挟んだ海の方に向かって、指を差しました。
「??」
何の事かと思って覗き込んでみると……。
「あっ」
「……可哀想」
「さっきの腕でか……こいつ、今回一番の被害者じゃねぇか?」
グルグルと目を回し、ついでに体もとぐろを巻くようにしてぐったりとしている、巨大な海蛇の様なものが浮かんでいました。見ていたのはこれでしたか……。
もしかしなくても、これがシャグィアサン? あぁ……自分の領地の海をかき混ぜられて、怒り浸透して止めようとしたけれど、この様にかき混ぜられてしまったと……。
「あの腕の奴。会ったら色々と損害請求でもしてやろうぜ」
『正体にもよりますよ、ルリアちゃん』
ただ、八聖神は神に仕えるとされているのに、それをこんなにも乱雑に……いや、あの腕がそうとは限らないけれど、だけどもう、私の予想ではそれしかないだろうって思ってる。それは、ルリアちゃんもそうだと思う。だからーー
「あいつやっぱり、かーーむぐぅ!!」
それを言いそうになったルリアちゃんの口を、尻尾でグルグルに巻いて防ぎます。何するんだって目で見ているけれど、とりあえず理由は簡単なのです。
『今ここで、神様が腕を突っ込んで、海をかき混ぜていた。なんて言ってみてよ。怪しい宗教の勧誘か何かか? って、疑われちゃうでしょう』
それでもルリアちゃんの目は「ここ異世界だぞ。向こうの感性当てはまるのか?」って訴えてる。
『確かに通じるかもしれない。でも、通じないかもしれない。私達は少しでも、リスクのある行為は避けないといけない。こんなスキルがあるんだからさ』
「…………」
目をつけられたら動きづらいでしょ? 色んな意味でさ。それはルリアちゃんにとっては良いこと何だろうけれど、私にはとってはあんまり良いことではないんだよ。
そんな事で、ルリアちゃんの口を解放してあげて、2人の海賊の方を確認します。
2人ともポカーンとしてる。どうしたら良いんだって感じだね。とりあえずシャグィアサンが起きるまで待っても良いと思います。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして。ようやく目を覚ましたシャグィアサンは、体を大きく伸ばして、それから私達の方へと視線を移した。
「ふむ。今回の事態、解決したのはお前達か?」
助けたのは主にルリアちゃんだけれど、皆がシャグィアサンを何とかしようと動いた結果だし、海賊さん達も手柄はあると思う。だから、私は無言でゆっくりと頷いた。
それよりも、このシャグィアサンも理性を失っていない。というか……。
『回され過ぎて、理性戻りました?』
「う、うむ。恥ずかしながら……しっかし、あの腕はいったい……いや、まぁ。おおよその目安はつくが……しかし、なぜ……」
そしてシャグィアサンは、今回の事でかなり困惑をしていた。
あの手の正体がソレなら、確かに何であんなことをしているのやら。ってなります。だから、私が考えているのはもう少し違う方だ。我ながらバカらしいとは思うけれど、これなら多少辻褄が合う。それでも、あの腕の張本人と会って確認しないと、確信が持てない。
「それよりもお前達。これは、私の為のお祭りで、釣り大会なのだろう? 私は腹が減った。折角だから、大会は続けなさい。優勝者には、私の加護を受けた、守護の蒼ーーうん? 何故その女性が持ってる? あ、しまった! 落としている!!」
それをイルネさんが拾ったと。返して上げるべきだろうけれど、無理だろうね。
「あぁ。あたしが拾ったんだ。授けられたんじゃなかったのかい?! まぁいい。それでもあたしの物だ!」
「む……仕方ない。しっかりと授けられた物で無ければ、触れただけで腕がふやけ、更にはブクブクに膨れ上がって、水ぶくれのようになるが、持てているなら大丈夫なのだろう」
「……ぎゃぁぁああ!!!!」
それ、今来ましたね。イルネさん慌てて離しましたよ。そしてよく見たら、ちょっと腕が水でふやけたようになっていました。危険だなぁ……呪いのアイテムみたいじゃん。
何にしても、港からまた複数の船が出港してきて、こっちにやって来ているのを見る限り、多分このまま釣り大会を続行するつもりなのでしょう。
今はシャグィアサンの空腹を満たして、これ以上海が荒れない様にして貰わないといけないしね。