1話 お風呂で考え事はいけません
誰も居なくなった屋敷の中、探せる所は探したけれど、本当に誰も見つからなかった。街には人が居たから、居なくなったのは私の屋敷にいる人達だけだった。
街の人達は心配してくれて、ギルド本部に報告してくれた。何者かの犯行だとしたら、余程の手練れじゃないと一晩では無理だ。だから、もし犯人がいるのなら、それは恐らく魔王級だ。
ギルド本部もそう判断したらしく、魔力調査の為にと、魔道士や僧侶クラスの人達を多めに編成したパーティで、こっちに来るらしい。
私のスキルで犯人を引きずり出せたら良かったけれど、それも出来なかった。その時点で私の方では、薄々だけど犯人に目星が付いた。でも、動機が分からない。もし、犯人が私の思った通りなら、何で私の屋敷の人だけを拐う必要があるのだろう……。
「むむむむ……」
もう既に日も傾き、あっという間に1日が終わってしまったよ。とりあえずいつものようにお風呂に入って、明日動く為の英気を養わないと、あんまり思い詰めても仕方ない。多分、皆命までは取られていないはず。
少し汚れてしまった自分の尻尾を洗いながら、犯人の動機を考える。
可能性があるとしたら、あの空の亀裂かな? あそこから覗いていた目、それと声。更には会話の内容からして、私の存在は完全にイレギュラーなのかもしれない。
「う~ん……」
そうだとしても、何で私にこんなスキルを? それもアレがやったのじゃないのかな? それとも、別の存在が?
「はぁ……」
とまぁ、そんな事を考えながら、年中モフモフな自分の尻尾を毛の1本1本丁寧に洗ってしまっていた。
しまった。考え事をしていると、癖で尻尾の毛をいじっちゃうんだよなぁ。髪の毛じゃあるまいし。いやまぁ、手触り最高なので、髪の毛いじるよりもいい感じなんだよね。
って、だからそんな事していたらいつまでもお風呂が終わらないよ。
「んっ……」
急いで尻尾の泡を洗い流し、今度は頭を洗う。耳が人とは違って、狐の耳で、しかもちょっと上の方にあるから、お湯が入りやすくなっているんだ。その辺り気を付けながら洗わないと、あっという間に中耳炎になっちゃう。最初の頃は苦戦していたよ。
今はペタンと耳を下に閉じていて、それでお湯が入らないようにしている。これに気が付くのに時間がかかっちゃったよ。
「よしっ」
ワシワシと洗ってから、耳をピコピコと動かして水気を切る。それからようやくトリートメントで……って、女の子の洗髪って時間がかかるなぁ。何年経っても慣れないよ。
「あ、ミレアさん。エルフの里の郷土品、エルフオリーブのトリートメント使います? スッゴくサラサラになりますよ~尻尾もきっと、サラサラモフモフになります~」
「あ、どう……って!」
『いつの間に着いたの。リーシアさん』
お昼前にリーシアさんに事情を伝えたら、急いでこっちに来るって言ってきたんだ。魔法を使えば半日で行けるということで、1人では心細かった私は、リーシアさんに来て貰ったんだけど、まさか入浴中に到着するとは思わなかったよ。しかも、そのままお風呂に入られてるし、何か私の尻尾をやたら触ってくるし。
『おかしいな。鍵かかってなかった?』
「あ、水を使った転移魔法です~近くまでは来たけれど、ギルドから来た人達とか、街の人達が慌ただしくしていたから、コッソリと入る為に、街の中央の噴水からお風呂に転移してきました。そうしたら、まさかミレアさん入浴中だなんて。これを機に仲良くと思いまして~」
なるほどね。慌ただしいのは私の家族の事でだね。捜査してくれていたし、そんな中でエルフの王族がやって来たらもっと混乱するね。そこまで考えてーー
「はぁ~ミレアさんの尻尾、他の狐の人獣達よりもモッフモッフでサラサラ~最高です~」
いや、考えてないね、これ。私の尻尾に夢中だよ。
『あのさ。他の狐の人獣達は、ここまでじゃないの?』
「あ、それはもう。だって、狐ですよ? 夏はゲシゲシしているし、冬毛でもここまでモフモフはしないですよ。雪国の方の人獣なら、寒さ対策でモフモフになることはあるみたいですけど、こっちの地方でここまでモフモフな人はいませんよ~」
あ~なるほどね。なんだか、リアルの獣さんに近いんだ、人獣って。それもそうかって感じだけれど、何となくそこは補正がかかってるかと……いや、何を言っているんだ私は。
『とにかく。リーシアさんに来て貰ったのは、心細かったのもあるけれど、調べて欲しいこともあったんだ』
「え? 心細かったんですか!? も~言ってくれたら、もっと早く来ましたのに~」
あ、しまった。つい本音を書いちゃったじゃないか。
「いや、あの。心細くない訳じゃなくて、心細いと思う要素なんか特になくて、家族皆が家に居る状況で、リーシアさんがいないと寂しいわけじゃないから!」
「ミレアさん。混乱して言葉発してるし、あべこべのスキルで逆転しちゃってる所もありますよ」
くっ……やっぱり書くよりも言う方が早いからね、何とか訂正しようとしてしまったから、言葉を発しちゃったよ。ただ、気を付けてはいたけれど、一部逆転しちゃったよ。当然、逆転したその言葉はトゥルー・ワードで本当の事になるんだけれど、屋敷内はシーンと静まり返ったままだった。
「ミレアさんのスキルでも帰ってこれない? ということは……」
『あ、うん。話が早くて助かります。きっと、天恵スキルが効かない者が、私の家族を拐って1つの所に集めているんだ。私のスキルで家に帰そうとしても、きっとそれが邪魔してる』
「八聖神の1体……ですか」
どういう繋がりで「帰還する」という行いが、その本体にまで影響する事になっちゃうのか。
考えられるのは、本人と接しているからという事になるんだけど、嫌な考えが浮かんでしまった。
「本体と接しているということは、食べられた?!」
『同じ事考えないで下さい。リーシアさん』
誰でもそう考えちゃうけれど、もう1つ考えられるのはーー
「最悪のパターンも考えないとですよ。そうなると後は、まだ連れ去られている途中?」
『それだね』
どういうわけか、彼等の住みかにまだ辿り着いていない。だから、屋敷の皆をまだ抱えたままか、何かに捕らえて運んでいる最中。ということだね。
最悪食べられているということも考えないといけないけれど、一応さっきの言葉によるスキルは発動した形跡はある。流石に死人に対しては、私のスキルも無効になる。そんな事したら、死者すら甦らせてしまうし、命の操作が出来てしまうからね。つまり、発動したということは、両親達はまだ生きている。
「それなら、のんびりしている場合……でもあるのですね」
『ん、まぁ。住みかに着いて、どこかに閉じ込められたら、そいつからは離れる事になるだろうし、その隙に私のスキルで回収出来るよ』
わざわざ探しにいかなくてもいいんだよ。いや、本当にこのスキルはヤバくないかな。色々と相手の計画も何もかもご破算しますよ。
「あ、ミレアさん。尻尾お湯につけすぎてません?」
「ん? あっ……」
考え事をしていたら長風呂になってしまって、流石の私の尻尾も、水を弾く限界領域に達しちゃったようで、水分をちょっとずつ含んでしまって、すんごい重くなって、グショグショになっちゃった。
「あちゃ~」
「あらら~乾かすの大変そうですね~」
こうなると、しっかり乾かすのに小一時間以上はかかっちゃう。面倒くさいことこの上ないよ。油断したぁ……。
「乾かすの手伝いますね~」
何だかあんまり緊張感無さげだけれど、相手から何のアプローチもないなら、慌てて探しに向かう方がかえって手間になる可能性もある。ギルドの人達も動いているし、慌てずに一つ一つーー
「あ~でも、そのグッショリとしたのも、暑い時なんかに役立ちそーー」
「重めの尻尾ビンタ!」
「ギャフン!? 水分含むと重くて痛いです~!」
こっちの気もしらないで、便利そうに言わないで欲しいよ。この重さは、歩くのすら億劫なぐらいなんだからね。まぁ、その重さはさっきの盛大な尻尾ビンタで分かって貰えただろうけど、分かりやすく大きくのけ反って吹っ飛びましたね。お風呂の中で良かったけど。