毒見少女の間奏曲 Ⅱ
さて、それでは第二の作戦だ!
因みに第一の作戦は自分で脱出する。そして第二の作戦は目印を作ってユケイ様に助けに来てもらうのだ。
わたしは倉庫に山積みになっている袋から、飛び散らないよう丁寧に小麦粉を取り出す。
小麦粉が埃のように舞っている状態だと、爆発してしまうからだ。昨日シスターシャ様に披露した錬金術の中で、空中に炎の輪っかを作った術。それは小麦粉や腐り塩の粉を燃やして作った。
なんでそうなるのかは分からない。ユケイ様は毎回丁寧に説明して下さるけど、ユケイ様のお話は難しくて分からないことがほとんどだ。それでも、ユケイ様は怒ったりしない。
アセリア様もそうだ。アセリア様は最近わたしに読み書きを教えてくれる。
わたしは物覚えが悪いからなかなか覚えることが出来ない。文字を覚えるのも大変だけど、話す言葉と書く言葉が違うというのがとても難しいと思う。わたしは何回も間違えるけどアセリア様は何回も説明してくれるし、間違えても怒ったりしない。
ユケイ様もアセリア様も、まるでお母さんがわたしに針仕事を教えてくれた時のように、いろいろなことをゆっくり教えてくれる。
ユケイ様はお貴族様なのに、少し変わっている。わたしにだけではなく、他のお貴族様と比べると身分の違う人に対しての付き合い方が少し違うと思う。
わたしは初めてユケイ様と会った時、農奴の身分だった。それからユケイ様のお力でお砂糖を作って自分を買い直し、平民に戻ることができた。
農奴の時も平民の時も、ユケイ様はずっと変わらずに優しかった。
多分、ユケイ様は農奴に優しいお貴族様だというわけじゃないと思う。アセリア様みたいに、農奴にも優しいお貴族様はいる。ユケイ様とアセリア様が違うのは、ユケイ様は誰にでも優しく、その上で相手の身分を気にしないのだ。
わたしはお二人と、ずっと一緒にいたいと思う。
「ユケイ様とアセリア様がご結婚なさればいいのに……」
そんなことはあり得ないとわかってはいる。ユケイ様は王子様で、いずれは公爵様になるのだろう。そしてアセリア様は男爵家のご令嬢だ。
公爵様が男爵家からお嫁さんをもらうなんてあり得ない。ユケイ様はいずれどちらかの大貴族様のお嫁さんをもらうか、どこかの国のお姫様のところへお婿さんに行くのだと思う。けど、何か素敵なことが起こって、お二人が結ばれるようなことがあったら、そしてわたしがお二人に一生お仕えすることができたのなら、それはとても幸せなことでしょう。
ほんとうのことを言えば、ユケイ様がわたしをお嫁さんにしてくれるのが一番なんだけど、それは龍が鳥籠に入るくらいにあり得ないことだ。そんな高望みはしない。毒見役としてユケイ様にお仕えできただけで、わたしは十分幸せなのだから。
……そういえば城のメイドの間で、冬が明けたらノキア様がお婿に出されるのではないかという噂を聞いた。
なんでも戦争のせいらしいけど、本当のことは分からない。
メイドの噂は猫が集め、メイドの言葉はカラスが広めるという言葉がある。メイドの噂話はいつも正確だ。もしかしたらそれは本当なのかもしれない。
ノキア様がいなくなればユケイ様に意地悪をする人がいなくなる。それでも、それをノキア様がお望みにならなければお優しいユケイ様は気の毒に思うのでしょう。
「さあ!そんなことを考えている場合じゃありませんよ。ユケイ様にこの場所を伝えなければいけませんから!」
わたしは小麦粉の袋をどんどん開き、二つを一つに縫い合わせて大きな袋を作る。そして倉庫の中の灯明から油の受け皿を取り外して集めた。小麦粉の袋を縛ってあった紐も、取り外しておく。
「小麦粉とかダメになっちゃわないかしら?ユケイ様に弁償してもらわないと……」
縫い合わせ作った大きな袋を上下逆さまにして、紐で灯明から取り外した皿を固定する。
「ユケイ様に教えて頂いたのはこんな感じだったと思うけど……。一つ飛ばして見ようかしら?」
わたしが作ったこれは、天灯というらしい。前にユケイ様に作ってもらった走馬灯が触らなくてもくるくる回るのと同じ仕組みで、あたたかくなった空気を使って幌を空に飛ばすのだという。こんな簡単な仕組みの物が空を飛ぶというのはちょっと信じられないけど、火の国フラムヘイドではこれを空が埋め尽くすほど飛ばすお祭りがあるという。
ユケイ様のお話によると、とても綺麗なお祭りらしい。いつかユケイ様と一緒に見に行ければいいなと思う。
「えっと、天井の窓に向けて……。真下に井戸があるから気をつけないと……」
井戸はとても深そうだ。これに落ちては大変なことになる。わたしは慎重に天灯に火をつけた。
「わ……、すごい。ほんとうにだんだん軽くなってきた!」
もちろんユケイ様を疑っていたなんてことはないけど、これについては正直半信半疑ではあった。
手に持った袋からは段々と重さがなくなり、最後にはふんわりとわたしの手から離れる。ゆっくりと宙に舞う天灯は、温かな光を放ちながら天窓に吸い込まれていった。
「やだ、楽しい……!ユケイ様見てくれるかな」
天井まではまっすぐに登っていったそれは、天窓から外へ出ると風に流されたのかすぐに視界から消えてしまった。天窓は下から見上げるより大く、天灯が通り抜ける大きさは十分にあるらしい。
「それじゃあ、どんどん飛ばしてみよう!」
ユケイ様よりノキア様が先に見つけたらどうしようとも思ったけど、ノキア様はこれを見ても何なのか分からないだろう。だったら、いっぱい作っておいて一気にたくさんあげた方が目に留まりやすくなるはずだ。何個かに一個は腐り塩の粉末を油に混ぜておく。
こうすれば火の色が変わるから、ユケイ様にはわたしが作っているということがより伝わるでしょう。
それからわたしはせっせと天灯を作り続け、そのせいで床には大量の小麦粉が山のように盛られてしまった。
さて、次はこれに火をつけて、どんどんと空へ飛ばしていく。
天灯を天窓に向けて上げる作業は、輪投げ遊びをしているようで楽しかった。天窓から見える空はほんの少しだけで、夜空に浮かぶ天灯が見えるのはほんのわずかだったけど、きっと外で見たらとても綺麗な風景なのではないだろうか。
「お城に帰ったら、もっとたくさんこれを作ってユケイ様と一緒に見ましょう!あ、アセリア様にも見せてあげたいから、アセリア様が帰って来てからにしましょうか」
夜空にたくさん浮かぶ天灯は、きっと綺麗で情緒たっぷりな光景になるでしょう。そんな夢のような光景の中で、ユケイ様とアセリア様はどんな話をするのでしょうか……
全ての天灯は無事に上げることができ、しかし部屋から出たそれは風に流されて天窓からは見ることができない。
天灯の動きを見た感じ、外は強い風が吹いているようだ。
たぶん今外は、わたしが飛ばした光の幌が無数に宙を舞い、幻想的な風景が広がっているのでしょう。
けど……。わたしが取り残されたここからは空を舞う光を見ることはできず、薄暗くて寒い。
だいじょうぶだ。きっとすぐにユケイ様が見つけて探しに来てくださる。
ユケイ様はわたしにとてもお優しい。
平民でも、絶対に見捨てたりはしない……。そう、絶対に助けに来てくれる……。
「ユケイ様……、早く来て……」
ドンドン!
部屋の扉が慌ただしく叩かれる。
「おい!何をやっているんだ!外のアレはお前がやっているのか!」
外から乱暴な男の声が聞こえて、扉の鍵をガチャガチャと外す音が聞こえる。
やがて閂が外されたのだろうか、扉がゆっくりと開いた。
その瞬間、開いた扉から天窓に向かって強い風が吹いた。そしてその風は、室内にばら撒かれた小麦粉を一斉に空中に舞い上がらせた……