毒見少女、走る Ⅸ
「ウィロットが拐われた!?どういうことだ!」
「はい……、申し訳ありません……」
カインはそう答えながら、痛みに顔を歪ませる。
「だ、大丈夫か?その怪我はどうしたんだ?」
「はい……。粉挽きが終わり城へ戻る途中、路地裏で何者かに後ろから襲われました……。一瞬何が起こったのかわからなかったのですが、意識がはっきりとした時には既にウィロットは居らず……」
どうやらカインは暴漢に襲われ、少しの間意識を失っていたらしい。
「傷の具合は?治療はもう受けたのか?」
「い、いえ、まだです。しかし出血はありますが傷はもう大丈夫です。直ぐにウィロットを探しに行きま……」
「大丈夫なわけないだろう!一瞬でも気を失うほど殴られているんだぞ!?直ぐに神官殿の所へ行って治療を受けてこい!」
「ユケイ様、お待ち下さい」
アゼルが俺とカインの間に割って入る。
「カイン、すまんが少しだけ質問に答えてくれ。ウィロットに何か危害が加えられたような形跡はあったか?」
「いえ……。はっきりとは分かりませんが、ウィロットの『放せ!』という声を聞いたような気がします……。おそらくですが、目的は最初からウィロットの誘拐だったのではないでしょうか……」
カインの顔には後悔の念がありありと浮かんでいる。確かに俺はカインに護衛を命じたが、いきなり背後から襲われてはどうしようもないだろう。
正直俺も護衛という形の荷物持ちくらいにしか考えてはおらず、ここまでの事態は全く想定していなかった。
実際普段は彼女1人で城下まで出かけることもあり、むしろカインがいたからこそ事態の発覚が早かったといえる。
しかし、ウィロットは単なる下働きだ。いったい彼女を誘拐してなんの得があると言うのだろうか?
「ウィロットを誘拐……?いったい誰が何の目的で……。いや、ウィロットを人質にとってユケイ様に何かを要求するつもりなのでしょうか?」
「……いや、アゼルの言う通りその可能性もあるが、それなら気を失ったカインも連れて行かなかったのは何故だろう?人質であれば、1人より2人の方が効果的だ。犯人が単独か少人数であれば1人しか連れていけないだろうが……」
「いえ、あの時確かに複数の気配はありました。1人や2人ということはなかったと思います」
「他に何か手掛かりになるようなことはないか?」
カインは傷口が痛むのか、頭部を押さえながら考え込む。
「は、はい。そういえば……、奴らの会話に少し違和感を感じたような……」
「会話に違和感……?」
会話に違和感とは、どういう意味だろう。
そしてカインの傷を負った位置は……。
「カイン、背後から攻撃されたのは、棒のような物で殴られたということか?傷は今押さえている頭頂部か?」
「はい、そうです」
背後から棒状の武器で殴られたとして、その傷が前頭部につくということはある程度の身長差がなければそうならない。
身長に大きな差がなければ、頭と手の位置の関係上傷は後頭部につくはずだ。
そしてカインが感じた会話の違和感。
この世界の俺が知る地域の範囲では、人間同士が公用語以外の言語を使うと聞いたことはない。しかし、地域毎に微かな訛りのような違いは存在する。
そしてカインは、アルナーグ以外の人と会話をしたことがない。つまり、他国訛りの言葉を違和感として感じ取ったのではないだろうか。
「他国訛りの言葉を話す、高身長の人間……」
つい昨日、俺はウィロットと一緒にそれに当てはまる人間と会っている。
「アルカンスか……!」
そうだ。昨日母の前で錬金術を披露した北方訛りのある錬金術師。
アゼルの怒りを買い、無様に退場させられた彼等だ。
であれば、彼らがウィロットを誘拐した目的はなんだろうか?それは考えるまでも無い。
「ああ、そうか……。ウィロットが誘拐されたのは、俺のせいだ……!」
昨夜のアルカンスの引きつった顔が思い出される。
彼は銅貨を金貨に変えたウィロットに、イカサマだと罵った。もちろんアルカンスの言う通りそれはイカサマなのだが、種明かしをしていないのだから彼の中であの事実がどのように処理されているかは分からない。
しかし、それがイカサマであれ本当であれ、少しでも錬金術師を目指したことのある人間であれば、賢者の石やメルクリウス・エリクシルの情報はどんな手を使ってでも手に入れたいものであろう。
そう、人を背後から殴り飛ばしたり誘拐したり、それくらいのリスクを払ってでも手に入れたいと思うことは十分あり得る。
「わかった。カインが襲われたのは粉挽きが終わった帰りのことだな?」
「はい」
「挽いた腐り塩はどうした?」
「その場にはなかったので、おそらく一緒に持ち去られたかと思います」
「わかった。カインは神官殿の所へ行って、癒しの奇跡を受けてきてくれ。その後は安静にしているように」
「いえ、傷が癒えたならウィロットを探しに出ます!」
「駄目だ!神官殿の魔法で癒える傷は万能ではない。傷が治っても体に異常が出るかも知れない」
「しかし……!」
「大丈夫。アルカンスの目的はウィロットが知っている錬金術だ。すぐ危害がおよぶ可能性は少ない。それに、ウィロットが連れ去られたのは街の門が閉まった後だ。奴らは絶対に街の外には出ていない」
そう、時間的に考えれば既に街の門は閉まっている。であれば、王族でも無い限り街の門が開くことは無い。
つまり、ウィロットはまだ街のどこかにいるはずだ。
「アゼル、ウィロットを探す為に城の兵を使うことはできるか?」
「はい、誘拐は犯罪ですからそれは当然です。しかしウィロットは平民です。それほど多くの人を割くことは……」
「……わかった。それじゃあお母様の力もお借りして、可能な限り人を捜索に当ててくれ。アゼルは昨日アルカンスに会っているから、彼の特徴は分かるな?アルカンスの特徴と、ウィロットに危害が加えられないように細心の注意を払うように伝えてくれ」
「はい、わかりました」
俺は大きく息を吸い、一つの決心をする。
「俺も城を出て、ウィロットを探しに行く……!」