毒見少女、走る Ⅵ
それから部屋を移動して始まった錬金術師による興行は、俺の期待を裏切る内容だった。
ある意味でいえば、良い方に裏切られたと言ってもいいだろう。なぜなら俺は、彼らが錬金術だと主張するそれを十分に楽しんだからだ。
しかし、別の意味で言えばそれは全くの期待はずれだったと言ってよかった。
彼らはヴィンストラルドよりさらに北方に位置する草原の国、グラステップから来た3人組の男女で、言葉にも微かだが北方の訛りを感じる。
身長の高いアルカンスと名乗る男が座長であるらしく、彼は聖職者が纏う法衣を黄色く染め、さらに貴族の服のような派手な装飾を施すというあまり見たことのないような出でたちである。
自称名の知れた錬金術師らしいのだが、少なくとも俺はそのアルカンスという名は聞いたことも無いし、文献の中で見かけた記憶もない。
まず最初に彼らが見せたもの。一本の丈夫そうなロープを中程で切断し、その切り口を隠すように布を被せる。
「それではご覧下さい!真っ二つになったロープが私の錬金術で……」
この時点でとてつもなく嫌な予感がする……。
「はいっ!」
アルカンスは軽快な掛け声を上げると、勢いよくその布を取り払う。
「なんと一瞬で元通り!」
「それは手品だろう!」と、喉元まで出かかった言葉を、寸前でグッと飲み込んだ。
「わっ、すごいですね!ユケイ様!錬金術ってこんなこともできるんですね!」
俺の隣に座ったウィロットが、目を輝かせて無邪気に手拍子をする。
いや……、それはなんて言えばいいのか……。
しかし、母も楽しそうに手を合わせて歓声を上げている。
……まあ、これでいいのか。
正直これくらいの手品であったら、俺でもタネを知っている。しかし、嬉しそうにそれを楽しむ母とウィロットに対して、これは錬金術ではないなどと水を差す意味は全くない。
よくよく考えてみれば、俺がウィロットに教え込んだものだって科学をタネに使った手品みたいなものなのだ。
そういう意味で言えば、科学も手品もそう違いのあるものではない気がする。
「今の見ました!?ユケイ様!縦縞のスカーフが横縞になりましたよ!」
「いや……、そこは流石に突っ込むとこだろう」
いうまでもないが、スカーフの柄を縦から横に持ち替えただけである。
……まあ、楽しんでいるならそれでいいか。
芸の質はともかく、誰かにこのような形でもてなしてもらうなど今までに経験がない。
この場合は俺もシンプルに楽しむのが一番だろう。
実際、そのつもりで出し物を見ればなかなか楽しめる内容だった。
中にはタネが全く分からずに思わず声を上げてしまったものや、逆に懐から玉を取り出すだけのどこに楽しむ要素があったのか疑問に思うものもあった。
しかしウィロットや母はその玉を見て驚きの表情を上げていたので、おそらくだが何か魔法を使った仕込みがされていたのだろう。
おおかた幻術のようなもので玉が出てくる場所を隠されていたとか、取り出された玉に何か魔法で仕掛けがされていたのか、どちらにせよこの3人の中には魔法、もしくは魔術の門に精通する者がいるのだろう。
時折錬金術らしいパフォーマンスもあり、特に一瞬で燃え尽きるコットン、つまり前世の手品でもよく使われていたフラッシュコットンだろうが、可能であればその作成方法をぜひ教えてもらいたいものもあった。
そんなこんなでショーは続き、しかし楽しいはずの内容とは裏腹にウィロットの表情が沈んでいることに気がついた。
「……ユケイ様、なんだかわたしたちの錬金術って少し地味じゃないですか?本物の錬金術師さんの後にやっても、シスターシャ様に喜んでもらえないんじゃないでしょうか……?」
ウィロットが心配そうな表情を浮かべ、こそっと俺に耳打ちをする。
彼女の言う「本物の錬金術師」という言葉に少なからず複雑な思いを抱くのだが。
まあそんなことを言っても仕方がない。
「大丈夫だよ。一生懸命やればお母様は絶対に喜んでくれるさ」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。きっと大丈夫。それにあれだけ練習したじゃないか。ウィロットの錬金術だって、彼らに少しも負けていないと思うよ」
「……はい!がんばります!」
ウィロットはそう言うと、キリッと口を真一文字に結んだ。
間も無くアルカンス達の興行は終わり、母の表情を見る限りそれを大変楽しんだように見受けられる。
終わってみれば正直俺も面白かったし、それはウィロットも同じだろう。
ひとしきり拍手を送った後、母がゆっくりと立ち上がり錬金術師に労いの言葉をかける。
そして、俺達の方を見ながら次のように言葉を繋いだ。
「錬金術師の皆さま。数々の秘術を披露いただいたお礼に、風の国アルナーグ一番の錬金術師からも錬金術をご覧にいれましょう」
母はウィロットに、にっこりと微笑みかける。
「はいっ!」
彼女はすっくと立ち上がると、赤いドレスの両端を軽く摘みぺこりと小さくお辞儀をしてみせた。
正直、俺が一番心配していたのはこの挨拶を含めた振る舞いの方だった。
このような型の挨拶など全くしてこなかった彼女にとって、もしかしたら錬金術の練習よりも立ち振る舞いの練習に費やした時間の方が長かったかも知れない。
馬子にも衣装とは前世の言葉だが、その甲斐もあってドレスを纏い優雅にくるくると動き回る彼女は、水面に浮かぶ小さな可愛らしい花を見ているかのようだ。
「おほん!それでは準備をお願いします!」
ウィロットの言葉を合図に、段取り通り室内に様々なものが運び込まれる。
彼女が披露したものは、前世であれば動画投稿サイトを「実験」と検索すれば出てくるような、俺にとってはさして珍しくもないものだ。
しかしそれは当然俺にとっての話であり、この世界の人にしてみれば目新しく移るだろう。
最初の錬金術、それは数種類の水を組み合わせ、色が変わったり泡が出たりという、ただそれだけのものだ。
要するに、このような事態になる原因となったお茶の色が変わった件、ウィロットの言葉を借りればお料理錬金術である。
この辺りはまだ皆生暖かい笑顔と拍手に溢れていた。
母からしてみれば、内容が多少派手になったとはいえ2回目。アルカンス達からみても、タネも仕掛けもございますといったところだろう。
続いての錬金術。それは立方体の箱に丸い穴を開けて側面を叩く、そうすると箱の中の空気が円状になって飛び出すという、俗に言う「空気砲」と言われる実験だ。
しかし、ただそれをやるだけでは面白くない。
「それでは皆さま、ご覧下さい!」
徐々に調子の上がってきたウィロット
が、高らかに声を上げる。
彼女は箱の穴を少し離れた蝋燭に向け、「えいっ!」という掛け声と共に箱の側面を叩いた。
一瞬の間を開けて、空中に大きな赤い炎の輪が生まれる。
「おおっ!」
それはまるで、何もないところに急に炎が現れたように見えただろう。
アルカンスの感嘆の声が室内に響く。
どうやら多少でも彼の度肝を抜くことはできたようだ。
母も目を白黒させている。
「もう一度いきますよっ!」
再びウィロットが箱を叩くと、今度はオレンジ色の炎の輪が空中に広がる。
「すごいわ、ウィロット!」
母が満面の笑みで拍手をする。
どうやら母も、気に入ってくれたようだ。
それから彼女は、様々な色の炎の輪を空気中に描き続けた。
仕掛けは簡単である。空気砲の中に可燃性のガスを入れて、箱の側面を叩いただけである。
箱の中から押し出された空気は円を広げながら空気中を進み、蝋燭の火に触れた瞬間赤い円形の炎を生み出したのである。
2回目のオレンジの炎は、基本的には原理は同じなのだが可燃性ガスと共に細かく挽いた重曹の粉末を入れておいた。
ガスと一緒に発射された重曹の粉は蝋燭の火に触れて円形に粉塵爆発を起こし、重曹の炎色反応であるオレンジ色の炎の輪を作り出したのだ。
箱の中に入れる粉末を変えることで、様々な色の炎色反応を引き起こすことができる。
「これはなかなか……」
アルカンスが低く唸る。
手品とは一味違う錬金術を見せることができ、少しだけ溜飲が下がる気がした。
まあこれだって手品みたいなものだが、その原理は錬金術だと言ってもいいだろう。
「それでは最後に、皆さまに錬金術の深淵をお見せいたします……」
ウィロットの声が低く室内に響く。
調子が出てきたのはいいことなのだが、彼女の声の抑揚は錬金術師というよりも魔女のように思える。
「錬金術の真髄、それは言葉の通り金を練する術……。それでは真の錬金術をご覧下さい……」
そう言いながら、彼女は懐から銅貨を一枚取り出した。