毒見少女、走る Ⅲ
食後のお茶が終わる頃には母の機嫌は最高潮に達し、そんな楽しそうな彼女を見るのはほんとうに久しぶりだ。
そのおかげで俺は錬金術を披露することに嫌とも言えず、すごすごとその場を後にするしかできなかった。
もしかしたらアセリアがいればなんとか上手くまとめてくれたのかも知れないが、錬金術の説明を詳しく受けて母と意気投合したウィロットは共に期待に満ちた瞳で俺を見る始末だ。
「ユケイ様、わたしはその様な目立つ様なことは反対です」
「アゼル……。それは今じゃなくって、さっきあの場でお母様に言ってくれよ……」
「それは……、わたしの立場ではなんとも……」
そう言いながら、彼も一応申し訳なさそうな表情を浮かべる。
実際、錬金術に関しては良いイメージばかりではない。
知識の最先端を賢者の塔に譲った感があるこの世界では、いや、前世であっても、錬金術に関しては若干嘘くさいというか詐欺まがいなイメージがついている。
その原因の一端は、先ほどの母との会話にも表れていた。
つまり、今度この離宮に現れる錬金術師というのは、錬金術という名を冠した興行の一種なのだろう。
本来の意味では、錬金術とは金、もしくは永遠の生を求める生業だ。
しかしこの場合、言い換えれば奇術師とか手品師とか、そういった系列のものなのだろう。まあなんというか城にとり込むためか差別化の一種なのだろう。
その結果、錬金術師の更なるイメージダウンに大きく貢献してしまっている。
単純にそれを見せてくれるというのであれば、俺もある意味では毎日暇をしているようなものなのだ。喜んで見学させてもらうのだが、やってくれと言われれば話が違う。
錬金術師という呼ばれに憧れがないわけではないが、詐欺師と同義で語られるのは王子としての立場では国の威信に関わる。
俺たちはカインが待つ自室に辿り着く。
「おかえりなさい、ユケイ様。……どうかされましたか?少し浮かない顔をされていますが?」
「うん、大丈夫だよ、カイン。ちょっと母の気まぐれに付き合うことになってしまって……」
「王妃様の?」
そう言いながら彼は、沈んだ顔を見合わせる俺とアゼルを不思議そうに眺めた。
しばらくすると、母付きのメイドと色々な打ち合わせを済ませたウィロットがやってくる。
実際彼女はよく働いてくれている。時折突拍子もない行動や、奇抜な言動も見えるが、彼女がいなければ俺は何もすることはできないだろう。
「ユケイ様、戻りました。錬金術師様は5日後に来られるそうです。シスターシャ様はそれはもう楽しみにされていましたよ。わたしも一緒に見たいです!」
「ウィロット、お前には仕事があるだろうが。ユケイ様たちと一緒に見ている時間はない」
「えー……」
「なんだその態度は!まったく身をわきまえろ!」
アゼルの言葉にウィロットは明らかに不満気だ。
しかし実際、彼女にゆっくり見物する余裕はないだろう。
「アゼル様はいいですよ、警護ですからユケイ様とゆっくり見物できますから」
「警護の最中に見物などできるわけないだろう!」
今のは明らかにウィロットの失言ではあるが、そう思う気持ちもわからなくもない。
俺としてもできればウィロットにゆっくりと見せてあげたいと思わなくもないのだが……
「あ、そうだ。良いことを思いついた!」
「どうしました?」
ウィロットはきょとんとした表情を浮かべるが、同時にアゼルは露骨に嫌そうな顔をする。
どうやら彼にとって、俺もウィロットも突拍子もないという意味では大して差がないのかも知れない。
「ウィロットが俺の代わりに錬金術をやってくれればいい。そうすれば一緒にその場にいられるから、錬金術師の興行もゆっくり見られるじゃないか」
「何言ってるんですか?わたしに錬金術なんてできるわけないじゃないですか」
「ウィロット、不敬だぞ。その言葉使いをなんとかしろ!」
「あ、はい。ごめんなさい、カイン様」
今度はアゼルに代わってカインがウィロットを注意する。もっともアゼルが言って聞かないことを、カインで聞くわけがない。
「例えばさ、さっき俺がやったことをそのまま真似をすることは出来るだろ?」
「さっきっていうと、あのお茶にレモンを入れるやつのことですか?」
「うん、そう」
「それはもちろんできます。レモンと砂糖を用意していただければ」
「錬金術のやり方を教えるから、俺の代わりにウィロットがお母様の前でやってくれればいい。やり方さえわかっていれば誰にでもできるのが錬金術だ」
「えー……。けど、わたしあんな程度のことを錬金術だなんて自慢気にできないですよ?それにシスターシャ様ももっと違うのをご覧になりたいと思います」
「俺だって別に自慢気にやってないよ。もちろんそれなりに楽しく見れる錬金術を用意するよ」
「どんなのですか?」
「それは、そうだね……。あ、そうだ。錬金術の醍醐味はやっぱりあれかな」
「え?なんですか?かっこいい錬金術だったらやってもいいです」
「なんだよ、かっこいい錬金術って……。けど、間違いなくかっこいいから大丈夫だよ」
やるやらないの基準にかっこいいというのがポイントなのは意外というか彼女らしいというか……。けど、臣下ってこんなカジュアルに主人の命令を断っていいんだっけ?いやもちろん強制するつもりは無いんだが……。
しかし、かっこいいかっこよくないの基準であれば、これだったら間違いなく納得いくものだろう。そもそもこれこそが錬金術の本筋だ。
金を錬成する術、錬金術である。
「かっこいいならわたしやりますよ!シスターシャ様も楽しみにしてますし。で、材料は何を集めればよろしいですか?」
「えっと、そうだね。だいたい工房に揃ってるんだけど、一つだけ足りない物がある。昆布を集めてほしいんだ」
「またお料理錬金術ですか……」
そう言いながら彼女は大きなため息を吐くと、露骨に落胆の表情を見せた。
「なんだよ、お料理錬金術って!」
「そういえば最初のスープから砂糖を取り出すのも、メープルシロップを作るのも、パンケーキだって、さっきのお茶にレモンも、ユケイ様の錬金術ってだいたいお料理ですね」
「それはそうかも知れないけど……。そもそも料理と錬金術は深い繋がりがあるんだ。仕方がないだろう?それに今回は昆布は材料に使うだけだ。料理じゃないよ!」
「ユケイ様、昆布を使う時点でそれはお料理ですよ。わたしお料理錬金術師はイヤです」
「なんだよ、お料理錬金術師って……。そもそもウィロットが錬金術師を見たいって言うからだろう?」
普段ならウィロットの言葉使いに口を挟むカインとアゼルは、黙って話を聞いているだけだ。
彼らの表情を見る限り、どうやらウィロットが言うことの方に共感しているらしい。しかし、俺からの非難の視線を感じ取ったのか、カインが慌ててウィロットをいさめた。
「とりあえず一回やってみせるから、その材料を作るために海藻が沢山いるんだよ。昆布とか、ハーブや香辛料にも使われているヒバマタがあれば一番いいな。今日はもう遅いから明日にしよう。ついでにアレをいっぱい作っておきたいから、マトバフにも頼んでおいてくれ」
それから3日は、錬金術のための材料作りに費やすこととなった。
そして実演して見せた錬金術を、ウィロットはいたく気に入ったらしくノリノリでその練習に励んでいる。
そしてついに、錬金術師が訪れる日を迎えた。