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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
魔術師と錬金術
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毒見少女、走る Ⅱ

「お母様、今日は何ていうか……、とてもご機嫌が良く見えます」


 母と久しぶりの夕食を終え食後のお茶の給仕を受けている時、ふと口から出た言葉。

 母の様子はいつもと変わらないように見えるが、俺はいったいなぜそう感じたのだろうか?


「ふふふ、そうですか?貴方との食事ですから当然機嫌も良くなると思いますが、少し楽しみなことがいくつかあるんです」

「楽しみなことですか?」

「ええ。一つはユケイ、あなたのおかげですよ?」

「わたしのですか?」

「ええ。リュートセレンへの商隊の話です。アセリアが同行すると聞いたので、こっそりと使いを頼んだのです。彼女が戻ってくるまでの毎日、わたくしは夢のような日々を過ごせるでしょう。そして彼女が帰ってきた後は、とても楽しい日々を過ごせると思います。あなたのお陰で、今とても充実しているのですよ」

「あ、ああ。そうだったんですね」

「ええ。ありがとう、ユケイ」


 そういいながら母は、いっそうその笑顔を綻ばせる。

 リュートセレンは遠い。彼女ほどの立場があっても、個人のお使いを頼むということは難しいのだろう。

 今回の武装商隊が定期的に運行できるようになれば、母の故郷であるリュートセレンとの物の行き来が豊かになるということだ。その為には一回目である今回で、大きな利益と成果を出す必要があるのだが……。

 それでも俺は、そんなことよりもアセリアの無事を強く祈り、その為には途中で引き返すようなことになっても仕方がないと思ってしまう。


「それはわたしに礼を言うようなことではありません。商隊の実現は街の者の努力の賜物です」

「それはもちろんそうですね。ただ、彼らを動かしたのはあなたなのではないですか?」

「それは……、どうなのでしょう……」

「ユケイ様は自己肯定感が低すぎるんです。少しはわたしを見習って欲しいです」


 ウィロットが俺の前に茶器を用意しながら、突然会話に割って入る。

 あまりの無配慮な口ぶりからか、母の給仕がギョッとした表情を浮かべた。

 見えてはいないが、背後ではアゼルが呆れた顔を浮かべているだろう。


「ウィロット、お二人の会話に口を出すなど無礼がすぎるぞ」


 そういうアゼルも、諦め口調だ。


「いいえ、いいですよ。ウィロットの言う通りですから。もっとユケイに言ってあげて欲しいわ」


 母は楽しそうに笑顔を浮かべる。


「どこでそんな難しい言葉を覚えてくるんだよ」

「だいたいユケイ様からです。ユケイ様の言葉はいつも難しいんですから」

「ほんとうにウィロットの言う通りね。あなたはよくユケイを見ていますね」

「はい!もちろんです!」

「ふふふ、アセリアがいなくて大変だと思うけど、これからもユケイをよろしくね」

「はい!まかせて下さい!」


 ウィロットは満面の笑みだ。

 しかし、実際彼女は良くやっていると思う。他の給仕からのサポートはもちろんあるとはいえ、この食事の場もウィロットが立派に取り仕切っているといえるだろう。

 それはもちろんアセリアの教育の賜物なのだろうが、彼女の言う自己肯定感の成せる技なのかも知れない。

 それにしてもまるで母とウィロットに、俺のネガティブさを責められているような気分だ。

 この調子で2人にいつまでも結託されてはたまらない。


「その話はもう良いですよ……。ところでお母様。先ほど楽しみなことが幾つかあると仰っていましたが、他に何かあるのですか?」

「ええ。今度高名な錬金術師が陛下と面会されるそうです。その時に離宮にも足を運んで、わたくしにもそれを見せて頂けるそうです」

「え?錬金術師ですか?」

「ええ」


 錬金術師が母に何を見せるというのだろうか?

 確かに俺個人としては非常に興味のある話だが、母がそれを楽しみにするほど興味を持っているなんて初耳だ。


「お母様は錬金術に興味があるのですか?」

「え?興味?錬金術は見ていて楽しいのではないかしら?」

「えっと、わたしは楽しいと思いますが……」

「ユケイ様、錬金術って何ですか?」


 再び割って入ったウィロットに、アゼルから諦めに似たため息と同時に言葉が飛ぶ。


「ウィロット!不敬が過ぎるぞ!」

「まあ、アゼル。そんな大きな声を出して。今日は許してあげて?」


 母がやんわりとウィロットを庇う。

 この世界の常識では間違いなくアゼルの方が正しいのだが、むしろ責められるような形になった彼は本当に気の毒だ。

 アゼルはぶつぶつ言いながらも、王妃にそう言われては引き下がるしかない。


 しかし、錬金術が何かと言われれば確かに返答に困る。

 化学に基づく物をそう呼べば、それが表す範囲はとてつもなく広いのだ。


「そうだね……。あ、そうだ。ウィロット、そこのレモンを少し切って持って来て。あと砂糖も少し」


 俺は脇のテーブルにまとめられている果物の中から、レモンを指さす。

 ウィロットはレモンを一つ持って一度退室したかと思うと、小さな皿に半月方に切ったレモンと砂糖を持って現れた。


「ユケイ様、これでよろしいですか?」

「うん、ありがとう。じゃあ、ちょっと見ててよ?」


 俺はウィロットからレモンを受け取ると、それを絞りお茶の中に数滴垂らす。


「せっかくのお茶にレモンを入れてどうするんですか?」

「お茶を見てごらん。何か変わったところはない?」

「えっ?えーっと……、そういえば色が薄くなりましたか?」

「うん、そうだね。じゃあこれは?」


 今度は砂糖を一杯スプーンですくい、レモンを入れたお茶の中に入れてかき混ぜる。


「今度はどう?」

「えーっと、少しだけ濃くなったような気がします」

「そうだね。これが錬金術だよ」

「なに言ってるんですか?ユケイ様」

「ウィロット!!」


 ウィロットの言葉に、三度アゼルから叱責が飛ぶも、それも再び母によって宥められた。


「ご、ごめん、アゼル。ウィロットももう少し空気を読めよ……」

「空気を読む?どういう意味ですか?」

「……いや、もういいよ。これは、お茶の中に入っている色素は酸に触れると色が薄くなって、アルカリに触れると濃くなるっていう性質があるんだ。だからお茶の中にレモンの汁を入れると、汁の中の酸と反応して色は薄くなる。そして、砂糖を入れると液体の濃度が上がり光の透過率が下がって、その結果色が濃くなったように見える……って言っても分からないだろうけど、要するに錬金術っていうのは物と物を組み合わせたり、熱を加えたりすることで、ある物体を別の物に変化させる術ってことだよ」

「……なるほど。ユケイ様も錬金術師なのですか?」


 彼女の表情を見る限り、それを理解していそうには見えない。

 まあそれはいつものことだろう。しかし、母も同じような表情をしていた。


「うーん、そう言われれば確かに俺も錬金術師かも知れない。ウィロット、そのお茶を飲んでごらん」

「え?レモンを入れたお茶をですか?」

「うん。美味しいよ」

「は……、はい」


 ウィロットは恐る恐るお茶に口をつける。

 まあ、そういう反応になるのも無理はないかもしれない。

 この世界にはお茶にレモンを入れる風習はまだないのだ。

 前世においてもレモンティーは比較的歴史が浅く、19世紀のアメリカが発祥だと言われている。


「わっ!美味しい!いつものお茶よりちょっとさっぱりして、けど甘くてとても美味しいです!レモンの香りがとても素敵……」

「美味しいだろ?」

「はい!すっごく美味しいです!」


 彼女は目をキラキラ輝かせて俺を見る。


「ユケイ、わたくしにもそれをやって見せてくれる?」

「はい、お母様」


 俺は母の元へ行き、先ほどウィロットにして見せたことを説明を交えてもう一度繰り返した。

 しかし母はそんな説明には全く興味を持たず、出来上がったレモンティーを優雅な仕草でそっと口へ運ぶ。


「あら、ほんと。爽やかでとても美味しいわ」

「そうですよね、シスターシャ様!レモン入りお茶、わたしとっても好きです!これが錬金術なんですね!」


 いや、そういうことか?

 まあ結果としてはそうなのかも知れないが、俺が伝えたいことが伝わっているとは到底思えない……


「けれど、わたくしがリュートセレンにいた時に見た錬金術とはだいぶ違いますね?」

「リュートセレンで?お母様、それはどのような錬金術だったのですか?」

「ええ。炎が出たり、物が消えたり現れたり。ナイフで切ったロープが元に戻ったりっていうのもあったかしら」

「……あ。ああ、そういうことですか」


 母の話を詳しく聞くと、どうやらそれは錬金術という触れ込みの手品のようなものらしい。それなら母が楽しみにするのも納得がいく。

 娯楽が少ないこの世界だ。それは確かに一大イベントになるのかも知れない。


「そうだわ!ユケイも錬金術師が来られる時、一緒に拝見しましょう。そしてその時、あなたも別の錬金術を見せてちょうだい?わたくし達にも立派な錬金術師がいることを彼らに見せてあげなくてはいけません!」


 そう言いながら、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

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