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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
魔術師と錬金術
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第一次大規模武装商隊遠征 Ⅲ

「あの、ユケイ様。少しよろしいでしょうか?」


 アセリアが控えめに俺たちの話に割って入る。


「うん、どうしたんだい?アセリア」

「はい。その武装商隊(カロヴァナアルマーク)に同行するというお役目、わたしに命じて頂けないでしょうか?」

「えっ!?」


 突然の申し出に、俺は思わず声を上げてしまった。

 もちろん彼女はそんな冗談をいうような人ではないし、その表情は真剣そのものだ。


「そんな驚くようなことでしょうか?」

「え……、どうなんだろう。俺は驚いたけど……。武装商隊は十分な警護がついている。それでも、当然危険はあるし旅程も結構厳しいものになると思うよ?馬車も使えないからほとんど馬上か歩くことになるし、大半は宿に泊まることもできないし……」

「ユケイ様、もちろんそのようなことは分かった上で申しております。遊びに行くわけではありませんから」

「それはそうだけど……。理由を聞かせてもらってもいい?」

「理由はすべて、バルハルクさんが先程言ったとおりです。監視などとは言いませんが、ユケイ様のことをよく知るわたしが同行した方がより正確にユケイ様の意思を果たせます。旅から帰った後の報告も、ユケイ様が信頼するわたしの言葉の方が安心して聞けるのではないですか?」

「それはそうだけど……」

「それに、売買に関するやり取りはバルハルクさんにお願いしますが、やはり帳簿はユケイ様本人がお持ちになるべきです。しかしそれは当然不可能ですので、わたしが責任を持ってユケイ様の名代を務めます」

「しかし……」

「ユケイ様、どうかわたしにご命じ下さい。先日のネヴィルの様子を見て、わたしも何かユケイ様のお力になりたいと思ったのです」


 彼女の表情はいつも通り穏やかだが、その瞳には強い意志が感じられる。


「アセリアは今でも十分俺の力になってくれている。これ以上なんて……」

「いいえ、それは違います。もちろん十分にユケイ様のお役に立っているという自負はございます。しかし、わたしはユケイ様のお役に立ちたいのではなく、ユケイ様の力になりたいのです。いつかきっと何処かで、ユケイ様は沢山の力が必要になる時がくるでしょう。その時の力の一つに、わたしはなりたいのです」

「アセリア……」

「大丈夫ですよ。たった2ヶ月ほどの旅ですから。ただ、2ヶ月ですけど学べることは沢山あると思います」


 俺とアセリアのやり取りを聞いたバルハルクは、恐る恐る口を挟む。


「アセリア様、商隊の歩みは遅いので、通常の旅よりも長い時間歩み続けなければなりません。休憩も十分に取れず、1日の大半を移動に費やすことになります。そして荷馬車は荷を積む為にあり、貴族様であっても人がお乗りになる場所はございません。正直女性には少し厳しいかと思いますが……」

「あら?商隊長様は女性なんでしょ?テティスさんとお話できるのも楽しみです。わたしでしたら誰よりも正確にユケイ様のお話をして差し上げられますよ?」


 そう言いながらにっこりと微笑む彼女に、バルハルクはそれ以上異を唱えるようなことをしなかった。

 アセリアの意志はとても硬そうに思える。そしてこうなった時、彼女は絶対に譲らないということも俺はよく知っていた。


「わかった……。それじゃあアセリア、俺の代わりに商隊に参加してくれ」

「はい、ユケイ様。我が儘を聞いていただきありがとうございます」

「我が儘だなんて……。礼を言うべきなのは俺の方だ。それでもやっぱり心配だよ。バルハルク、アセリアをくれぐれも頼む」

「いいえ、お荷物扱いされては何も学べません。バルハルクさん、どうかわたしに学びの機会を与えて下さい」

「……かしこまりました」


 バルハルクは諦めたかの様に、ため息を一つついた。


「ありがとうございます。ユケイ様はわたしのことを心配とおっしゃいますが、わたしとしては残していくユケイ様の方がよっぽど心配ですよ」

「……まあ、確かにそうかもしれない」

「大丈夫ですよ!ユケイ様にはわたしがついていますから!ユケイ様のことは心配しないで安心して行ってきて下さい!」


 ウィロットは屈託のない表情でアセリアに言う。

 毎度のことなのだが、彼女のこの自己肯定感の高さは何なんだろうか?

 しかしそんな彼女の明るさに、何度も心を救われているのは事実だった。


「ふふふ、ありがとう。あなたなら大丈夫ですよ、ウィロット」

「はい、任せて下さい!けど、わたしもユケイ様のお力になりたいです。どうすればよろしいですか?」

「ウィロット、人にはそれぞれ役目があります。あなたはユケイ様の力になるのでなく、ユケイ様の(ささ)えになれるよう努力をしなさい」

「支えですか?支えとは何ですか?」

「どんなに立派な大木でも、根がなければ立つことはできません。わたしやネヴィルはユケイ様の大地を作ります。あなたユケイ様の根になるのです」


 ウィロットはアセリアの言葉を一生懸命に飲み込もうとしている様だが、その表情は混乱の度合いを極めている。


「……アセリア様、ごめんなさい、わかりません」

「大丈夫ですよ、そのうちわかる様になります。……いえ、あなたはもう既に分かっているけれど気づいていないだけですから。ユケイ様をよろしくお願いします……」


 そう言いながら、アセリアはウィロットを抱きしめた。

 2人は貴族と農夫の娘という立場の差はあるが、時折本当の姉妹のようにも見える。2人の間には立ち入れない絆があり、俺は少し羨ましく思う。

 しかし俺のことを大木と呼ばれると、少し気恥ずかしい気もする。


「大木なんて、2人とも買い被らないでくれよ。俺はそんな立派な人間ではない」


 そういうと、ウィロットとアセリアは顔を見合わせた。

 バルハルクまでも奇妙な顔をしている。


「ユケイ王子はいろいろとご自覚が足りないようですね」


 バルハルクの言葉に、ウィロットとアセリアは顔を合わせてくすくすと小さく笑った。


「……なんだよ」

「ユケイ王子、この度の武装商隊遠征はどれくらいの利益を出すとお思いですか?」

「……そんなの商人じゃないんだから俺がわかるわけないよ。それにそれは俺の手柄じゃなくて皆んなの手柄だ。俺が売買する金額なんて、商隊の全体から見たら微々たるものだろう?」

「それはどうでしょうか?少なくともメープルシロップはかなりの高値で取引されると思いますよ。今年は販売できる量が少ないのが本当に悔やまれます」

「そうだね。けど、きっとネヴィルがすぐに沢山作れるようにしてくれるよ」

「それにガラスペンも商品化できれば貴族様や大店(おおだな)の商人に飛ぶように売れると思います。腐り塩も、多くの利益を産むのではないですか?リュートセレンでは腐り塩に需要は全くありません。当然仕入れにたいした金額はかからないでしょう」

「うんまあ、そうなのかもしれないけど。あまり悪どい取引はしないでくれよ?」

「それはもちろんです」

「そもそも俺が腐り塩を早く欲しい為に言っただけなんだ。そんなに褒められても困るよ」

「ユケイ王子、商隊は行くところへ路銀を落とします。そして税を落とし、人が集まります。物と金が動けば、ただそれだけで多くの人を養うことになるのです。商隊は全ての街で歓迎されるでしょう。そして、多くの人を冬の飢えから救います。その功績はすべてユケイ王子の手柄と申し上げて差し支えないと思います」

「そ、そんな大袈裟な!」

「いいえ、大袈裟ではございません。……が、これ以上のことはお勉強も兼ねてアセリア様にお話するといたしましょう。出立前にアセリア様にテティスを紹介させて頂きたいのですが、これからご一緒願ってもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、そうだね。早い方がいい。バルハルク、アセリアを頼んだ。アセリアもくれぐれ気をつけて行って来てくれ。そして、ありがとう……」


 俺の言葉に、アセリアはにっこりと笑う。その笑顔はいつも通りの彼女だった。

 バルハルクは「お任せ下さい」と答えると、アセリアと共に部屋を後にした。


 そしてその二日後。

 アセリアを加えた第一次大規模武装商隊遠征は、地の国ヴィンストラルドに向かい英雄の街道を進むのだった。

 木々は微かに赤く色づき、冷たい風が秋の深まりを物語っていた。

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