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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
魔術師と錬金術
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第一次大規模武装商隊遠征 Ⅱ

「もちろんです。私はユケイ様の代わりに行くのですから、なんなりとおっしゃって下さい。何かの買い付けですか?」

「買い付けっていうか、ザンクトカレンには優秀なガラス工芸の職人がいるだろ?ぜひ作ってもらいたい物があるんだ。ウィロット、書くものを用意してくれ。羊皮紙がいいな」

「はい、ユケイ様」


 ウィロットはテキパキと羊皮紙を机の上に広げると、羽根ペンにインクを浸し俺に手渡す。


 バルハルクはしばらく黙って俺のペン先を眺めるが、だんだんと奇妙なものを見るような表情へ変わっていく。


「これはいったい何ですか?魔術師が使う杖のようにも見えますが……。これをガラスで作るのですか?」


 バルハルクの比喩は非常に的確だ。確かに一見すれば魔術師が使うような短いサイズの杖に見えてもおかしくない。

 俺はその図面にさらに細かいサイズや意匠の指定を書き込んでいく。


「ずいぶんと細かく仕様があるみたいですね……。ここの溝の幅が10分の1シール(センチ)ということですか?」

「うん。これが一番大切なところなんだ。ザンクトカレンのガラス職人でもできないようなら諦めるよ」

「ふむ、私もあまり詳しい訳ではないのですが、杖にガラスが適しているとは聞いたことがありません。それに長さが20シール(センチ)ですと少し短いと思いますが」

「ああ、これは杖じゃないんだよ」


 そういいながら、俺は図面をすべて書き上げた。

 全長は20センチの棒状で、杖のように先が緩やかに細くなっている。そしてその反対側には4センチほどの細長い玉ねぎの様な形の飾りが付いており、それに1ミリほどの溝が螺旋状に掘り込んであった。


「非常に精巧な作りですが……。何かの装飾品の類ですか?」

「えっと、これはガラスでできたペンだよ」

「……ぺん?ぺんとは何ですか?」


 きょとんとしたバルハルクの顔。


「何って、これだよ」


 俺はそういいながら、バルハルクに今まさに使っていた羽ペンを見せる。


「羽ペン?あ、ああ、羽ペンのペンですか。なるほど……。羽ペンのペンとはいったい……?」


 確かにそういう反応になるかもしれない。この世界には「羽ペン」という単語はあっても、「ペン」という単語は存在しないのだ。

 現在この世界で一般的にインクをつけて使う筆記用具、それは羽ペンだ。

 鳥の羽の先端をナイフで削り、羽の繊維質の中にインクを染み込ませる。そして削った先を紙の上に乗せると、毛細管現象によりインクが紙に移るという仕組みだ。

 しかしそれは天然の羽を使うので材質にばらつきがあり、長持ちせず使い捨てに近い。

  ペン先はすぐに潰れてしまい、中に残ったインクが固まると使えなくなってしまうのだ。その上ガリガリとした書き味は、けっして良いものではない。

 

「……つまり、この構造のものをガラスで作れれば、羽ペンの代わりに使えるということですか?」

「うん。羽ペンより書き味もいいし、上手く使えば長持ちもする。ただ、俺がその作り方を知っているわけじゃないから、ザンクトカレンの職人さんの腕と創意工夫次第って感じになると思う」


 原理を紐解けば羽ペンとガラスペンは同じものだ。

 羽ペンが中の繊維質がインクを吸い上げる代わりに、ガラスペンはガラスに付けられた細長い溝がインクを吸い上げる。

 原理は同じでも材質がガラスだということに強い利点があり、例えばそれはインクに対する耐性だったり、ガラス故のペン先の滑らかさだ。

 実際に俺は前世でガラスペンを使ったことがあるのだが、その書き味の良さに驚いたことがある。万年筆のカリカリとした書き味より、滑らかなボールペンに近い。

 万年筆と違って一つのペンで様々なインクを簡単に使うことができるし、材質がガラスなので大切に使えば非常に長く使えるのだ。


「正直申し上げまして、その書き味がいいというのがどういうものなのか想像できません。しかし、長持ちというのはどれくらいを指すのでしょうか?ひと月やふた月くらいは使えるということですか?」

「いや、ガラスの硬度や製造の精度にもよるけど、上質なものを大切に使えば5年や10年はもつと思うよ。もちろんガラスだから乱暴に扱えば簡単に割れてしまうし、ペン先は特に欠けやすい。それでも、書き味は羽ペンとは比べられない」

「じゅ、10年ですか!?」


 バルハルクは途端に大きな声を出す。それと同時に、目の中に明らかに光が宿ったような気がする。いまいち興味がなさそうな態度が一変し、机から身を乗り出す様に羊皮紙で書かれた設計図を覗き込む。

 要するに、彼の頭脳は商売になると判断したのだろう。


「だけど、ガラスでできているから使い方が悪ければすぐに割れたり欠けたりしてしまう。10年というのは大事に使えばという話だからな」

「そこがまた素晴らしいですな。長く使えなければ売れませんが、壊れなければ買い替えは起こりません」


 すっかり彼は商人の顔になっている。

 そんなにすぐに商品化できると思っていないから、とりあえず俺たちが使う分を確保出できればいいのだが。


「長持ちするってことより、書き味が売りなんだよ。これは」

「書き味……ですか……」

「ああ。バルハルクも使ってみたらいいよ。きっと感動するから」

「それはいいのですが……。ユケイ王子はそのガラスのペンをどこで使われたのですか?そこまで書き味のことをおっしゃるということは、当然使われたことはあるということですよね?」


 しまった……。

 それは確かにバルハルクの言う通りだ。これだけ書き味を主張しておいて、ここで使ったことがないというのは流石に通らない。

 かといって、当然正直に前世で使ったなどとはいえるわけもない。口を滑らせた俺も愚かだが、バルハルクもなかなかに鋭い。


「え、えっと、昔一度だけ使ったことがあるんだよ。材質はガラスじゃなかったけどね」

「その材質は何だったのですか?」

「えっと、それは……、金だよ。このガラスペンの設計図みたいに全部が金でできていたわけじゃないけどね。先端だけ金で、この設計図みたいになっていた」

「なるほど、金ですか……。それはなかなか真似(まね)ができませんね。……では、鉄でペン先を作ればいいのではないですか?」

「いや、金では作れるけど鉄では作れないんだ」

「それは何故ですか?」

「それはね、インクのせいだよ」

「インクの?」

「うん。このインク、正確に言うと没食子インクっていうんだけど、この黒い色は強い酸と鉄のサビによってできているんだ。だから鉄のペン先だと酸によって鉄が腐食してしまう。多分2、3日でサビが出てくるんじゃないかな。だけど金は酸で腐食しないから何年使っても大丈夫なんだ」

「なるほど……、それがガラスで作れれば長持ちで、安く作れるということですね。ユケイ王子の博学さには本当に頭が下がります。しかし、それなら尚更もう少し早く言って頂きたかったです。そうすれば先発隊に設計図を持たせたのですが」

「うん、まあそうだよね……。本当についさっき思い出したというか思いついたというか……」

「ユケイ王子、先程から何やらおっしゃることがあやふやですが……、まあそれはよろしいでしょう。で、これを今回の武装商隊(カロヴァナアルマーク)に加えてよろしいということですね?」

「い、いやいや、試作品としてまず実現できるかどうか試して欲しいんだよ。商売として考えているわけでは……」


 バルハルクは呆れた表情を作り、露骨にため息をついた。


「ユケイ王子、この件は私にお任せ下さい。王子は豊富な知識と発想をお持ちですが、商人ではありません。こんな物を何も契約もせずにザンクトカレンの職人に作らせたらどうなるとお思いですか?ユケイ王子の知らぬところで金が動くだけで、王子の懐には何も入りません」

「別に俺は商売をしたいわけじゃない……」

「そうだとしても、貴方はいつまでも王子でいられるわけでは無いのですよ?その時、貴方の配下のものをどうやって養っていくつもりですか?」

「そ、それは……」


 確かにバルハルクの言う通りなのかもしれない。貴族といえど、領地を持っているわけでもない俺は自分自身の収入というものがない。ノキアの判断がどうなるにせよ、このままでは俺は一生自分で身を立てるということができないのだ。


「ユケイ王子、悪いことは申しません。私をお使い下さい。商人の格言に『荷馬車に銅貨を置く場所なし』というものがあります。大変申し上げ難いことですが、リュートセレンに銅貨を運んで、腐り塩を買い付けるなどとは阿呆のすることです」


 バルハルクの言葉にカインがムッとした表情を作る。


「それと、どなたか信頼できる者を今回の武装商隊に加えてみませんか?その者に私を監視させればいいですし、帳簿も預けます。そして、その者にも間違いなく得るものはあるでしょう」


 そんなこと俺自身がついて行きたいよ。叶わないとわかっていても、どうしてもそれが頭を過ってしまう。


 バルハルクの言葉をすべて鵜呑みにするわけではないが、確かに彼が言うことは正解なのかもしれない。

 商売をするしないを置いておいて、そんな人物が俺の周りにいるだろうか……

 

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