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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
魔術師と錬金術
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第一次大規模武装商隊遠征 Ⅰ

 バルハルクが俺の部屋にいる風景を見慣れたものだと感じるようになるなんて、ノキアと一緒に風車の件で走りまわっていた時には思いもよらなかっただろう。

 この風景を彼が見たら、いったいなんと思うのだろうか。

 あの時は確かにバルハルクと敵対していたといって間違いないだろう。しかし、商人である彼にすればそれはそれ、これはこれだ。

 もしかしたら今この場に、いや、俺の隣にノキアが座っているという未来もあったかと思うと胸の痛みを感じずにはいられない。


「どうなさいましたか?ユケイ王子」

「いや、なんでもないよ。ちょっと考えごとをしてしまって」

「なんと!それは私もぜひ共に悩ませて頂きたいですな。ユケイ王子の悩みは金の実る木ですから」

「そんないいもんじゃないよ……」


 俺の表情で何かを察したのか、バルハルクはそれ以上踏み込もうとはしなかった。


「それで、なんだっけ。カルバ……」

「カロヴァナアルマークです。第一次大規模武装商隊遠征」

「そう、武装商隊(カロヴァナアルマーク)。バルハルクも本当に同行するのかい?」

「もちろんです。ユケイ王子からの大切な依頼です。他の者に任すわけにはいきません」

「そっか……。いいな、武装商隊か。できるなら俺もついて行きたいよ」

「本気ですか?商隊に憧れるとは、王子はほんとうに変わったお方です」


 商隊に憧れているわけではないのだが、まず言葉の響きがいい。武装商隊カロヴァナアルマーク、無くして久しい俺の中2心をくすぐるものがある。

 もちろんそれが遊びではないことはわかっているし、危険が沢山あるということも重々承知だ。しかし、この離宮に閉じ込められたままを思えば商隊暮らしはとても胸踊るものだろう。


 本来ならこの時期に商隊が、さらにいえば大規模な商隊が遠く離れた場所まで遠征することはない。

 理由は様々あるが、第一にその危険度からだ。

 商隊が遠征する場合、だいたいは討伐遠征に随伴するか、それが終わった直後の春の終わりに行われる。

 妖魔の数が少ないその時期が、一番危険が少ないからだ。

 逆に今、秋から冬に入る時期は一番危険だといえるだろう。

 秋は討伐遠征から日が経ち、妖魔たちが姿を多く現すようになる時期だ。そして、それらは冬を越すために冬籠りの準備をしなければいけない。そのためか、妖魔が最も攻撃的になる季節だと言われている。備えがなければ冬が越えられないのは人も妖魔も同じだ。それらが商隊を襲うのである。

 それは同時に、人間の盗賊が台頭する時期でもある。

 不作により収穫が芳しくない農民や猟師が、盗賊に身を落とすこともあるのだ。


「できればユケイ王子に、商隊組合(ギルド)の長と会って頂きたかったのですが……」

「前にも言ったとおり、俺は商人になるつもりはないから余計な人脈はいらないよ。そういった調整は申し訳ないがバルハルクがやってくれ」

「それはもちろんです。ただ、なかなかに見どころがある女性でして」

「女性?組合長(ギルドマスター)を女性がやっているのか?」

「はい」

「そうなんだ。珍しいね」

「彼女がいなければ、この時期に商隊を遠征に出そうという決断はされなかったでしょう。もともと冬の前は商人にとって書き入れ時なのです。その手段が無かっただけで。それをまとめ上げたのは彼女の手腕だと言っても過言ではないでしょう」

「そうなんだ。優秀な人なんだね……」


 この時期に商隊の需要はあるものの、それを出すためには護衛がいる。しかも、中途半端な護衛では被害が出ることもあるだろう。しかし、それなりの護衛をつけるには当然多額の金がいる。

 であれば、複数の商隊を纏めて大規模商隊にしてしまえば、1商人が負担する警備のコストは安くなるということだ。


「何をおっしゃいます。優秀もなにも、そもそもこの大規模武装商隊遠征の発案者はユケイ様ではないですか。ユケイ王子のアイデアに彼女も感動しておりました。しかも王子自ら音頭を取って頂いたことが、商隊の実現の大きな後押しになったと言っていました」

「いうだけは簡単なんだよ。それを実現させることは俺にはできなかったと思う。きっとその人の尽力のおかげだよ」

「それでも今回の遠征が成功すれば、アルナーグに多くの利益を産むでしょう。荷は遠くへ運べば運ぶほど金になります。ユケイ様が仰る通り、流通は商売の心臓。いったいどれほどの利益が出るのか……」

「利益は出さなくていい。十分な腐り塩さえ確保してくれればね。それより、その組合長はなんていう名前なんだい?」

「……ご興味がおありですか?」

「い、いや、いいよ。興味はないって言ってるだろ?そもそも俺は離宮を出られないし、その人も離宮に入ることはできない。会うことはないさ」

「それでも私はここにおります。きっと必要があれば、縁がお二人を結ぶでしょう。彼女の名はテティス。眠らないテティスと呼ばれています。彼女もきっとユケイ王子に会いたいと願っていると思います」


 それからしばらく打ち合わせが続き、話の脱線する量が多くなった頃にウィロットが会話に割り込んできた。


「ユケイ様、お伺いしてもよろしいですか?」

「なんだい?」

「あの、組合(ギルド)ってなんですか?」

「ああ、それね。ちょっと説明が難しいんだけど、簡単にいうと同じ職業の人が集まった組織で、その中でお互いを助け合ったり、ルールを作っている集まりかな。それに対して国がその権利を守ってあげる代わりに、税金を徴収するっていう……わかるかい?」

「あまりよくわからないです」

「そうだよね。例をあげるなら冒険者組合(ギルド)がわかりやすいかな。冒険者っていう、色々な技術を持っている人がいるけどそれだけじゃ仕事は出来ない。冒険者自身は自分で仕事を探すことは難しいから、組合が依頼人からの仕事をまとめて冒険者に紹介するんだ。逆に組合は、冒険者の身元を保証することで依頼人に信用を担保する。その代わり、その依頼料から一定の金額を手数料として受け取り、そこからさらに税金を払うってこと」

「依頼人から直接仕事を受けることはないんですか?」

「それはそもそも脱税になるし、そんなことをしたらギルドの管轄内では2度と仕事ができなくなるよ。依頼人も身元が保証されていない人を雇うなんてしないしね」

「なるほど、そうなんですね」

「ルールがないと困るだろ?例えばバルハルクの水利組合(ギルド)だって、誰もが自由に水車を建て始めたら川の流れが乱れて動かない水車が出たり、船の運行に支障が出たりする。水利組合はお互いにそれを調整して、その権利を国が保証しその代わり税金を国に払う。いろいろな組合があるからね」

「ありがとうございます、ユケイ様。よく分かりました」


 ウィロットはそう答えながら、にこにこ微笑んでいる。

 あの表情は、おそらく理解するのを諦めたのだろう。


「ところでバルハルク、今回の旅程ではザンクトカレンも通るんだよね?」

「はい。英雄の街道を使ってリセッシュからヴィンストラルドを通ってザンクトカレンに入ります。そしてリュートセレンに向かう予定ですが……。何かありましたか?」

「ああ。突然こんなことを言って申し訳ないんだが、ザンクトカレンで少し頼みがあるんだ……」

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