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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
魔術師と錬金術
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龍と7つの奇跡

 かつてこの世界に、強大な力を持った龍が住んでいた。

 その龍は白銀の鱗を持ち、いかなる刃もそれを傷つけることはなかったという。

 龍は大陸の端から端をひと羽ばたきで飛び、炎の吐息は星まで届き、その咆哮は海の水を隆起させた。


 白銀の龍、終末の龍、始まりの龍、その龍は様々な名前で呼ばれ大陸の大部分を縄張りとし、神の御子である人や、エルフやドワーフなどの精霊御子は、龍から追いやられる様に辺境で小さな国を築いていた。


 ある年、龍は怒り狂っていた。

 それは人間の国に生まれた王子に付けられた名前が原因だった。


 その名は……。


 何故龍がその名に怒ったのかは誰もわからなかった。龍は荒れ狂い、その羽ばたきは大陸の木々を全て薙ぎ倒し、夜空は炎の息で常に赤く染まり、足音が何度も大地を揺らしたという。


 龍の怒りは季節が一回りする間止まず、やがて人間にその王子を差し出すことを要求した。


 荒れ狂う龍に、人々はついに立ち上がる。

それは9つの国と2つの部族、そして精霊の御子達だった。


 季節がひと回りし、その間に2つの国と1つの部族、そして多くの命が失われる。

 そしてさらに季節がふたつ回り、ついに龍は地に伏した。


 龍の亡骸はやがて山となり、それは大陸を東西に貫く白龍山脈となったという。

 龍の涙は湖を塩に変え、龍の呪いは迷いの森を作り、龍の爪痕は渡さずの谷を作った。

 そして龍の亡骸から、4匹の龍が飛び立ったという。


 龍との戦いに生き残った7つの国。


 一つは地の国ヴィンストラルド。彼らは龍の亡骸から魔術の門を手に入れた。

 一つは火の国フラムヘイド。彼らは龍の亡骸から12本の魔剣を手に入れた。

 一つは草原の国グラステップ。彼らは龍の亡骸から一つの魔導書(グリモア)を手に入れた。

 一つは音の国リュートセレン。彼らは龍の亡骸から奇跡の楽譜を手に入れた。

 一つは風の国アルナーグ。彼らは龍の亡骸から止まぬ風を手に入れた。

 一つは海の国シートーン。彼らは龍の亡骸から湧きやまぬ水瓶を手に入れた。

 そして、一つは鉄の国ライハルト。彼らは龍の亡骸から1(ちょう)(つち)金床(かなどこ)を手に入れた。


 精霊の御子達は何も望まず、一つの部族が何を手にしたかは知られていない。


 やがて龍が支配していた土地は人の手に渡り、7つの国がそれぞれに収めることになった。


 そしてその時、鉄の国の王子に付けられた名前は禁忌の名とされる。


 今から400年昔の話だという。


「ユケイ様、何をぶつぶつ言ってるんですか?」

「ウィロット、不敬だぞ」


 いつも通りの2人のやり取り。

 何度もカインに不敬だと戒められても変わる気配のないウィロットは置いておいて、それでも律儀に指摘を続けるカインは真面目だと思う。


「いや、深い意味はないんだけどね。ただ俺が知っている鉄の国のことって、この物語に出てくる部分くらいだなって思って」


 鉄の国ライハルト。

 もちろん言葉では他に色々と知っている。

 国土の大半を山に覆われ、人が生活するのに適さない険しい山々も多い。しかし良質な鉱脈や砂金が取れる川を持ち、金属加工に関する技術が非常に発達しているということだ。

 地理的にはアルナーグから非常に遠く、アルナーグから北へ伸びる英雄の街道を使い直進したとしても、隣国であり同盟国の地の国ヴィンストラルド、そして草原の国グラステップを超えた更に向こうに位置する。

 そして今から1か月ほど前に北方国連合ノースに対して侵攻し、現在もまだ戦争が終結したという知らせは届いていない。


「ユケイ様がおっしゃるそのお話、わたしが知ってるのとちょっと違いますよ?わたしが聞いたのは確か500年前だったような気がします。あと、龍にとどめを刺したのは神様でした」

「あ、ああ。そっちね。ウィロットが知ってる話を聞かせてくれる?」

「はい。えっと、なんでしたっけ。うーんと……、ごめんなさい、忘れちゃいました。けどなんていうか、もっと()()()な話でしたよ」

「ははは、偉そうね。この話はいろいろあるからね。外ではあまりしないほうがいいよ」


 この話は、おそらくこの世界に住む人の大半が聞いたことのある話だろう。

 しかし、その内容は幾つかのパターンに分かれて伝わっており、地域によってはその食い違いで小競り合いが起こるほどだ。

 細かく見ればそのバリエーションは無数にあるのだが、大まかにパターンを分けると物語が起きた時期を400年前にするというパターンと500年前にするというパターン。そして、とどめを刺したことに対して言及があるパターンとないパターンだ。


 なぜそんなことが起こるのか?

 答えは簡単だ。それは、どの派閥も、自分たちの都合がいいようにこの話を広めようとしているからだ。

 俺が言う話はこの国アルナーグに伝わる話で、おそらくもっとも原話に近いものだと思っている。

 ウィロットが言ったもの、つまり500年前の神様がとどめを刺したパターン、それは教会が主張するものだろう。

 教会は常々500年の歴史があると主張しているため、この始まりの物語が400年前では都合が悪く、神様が止めを刺していてくれた方が教会の権威が保たれる。

 元の話には神の()の字すら出てこないのだから。

 その他のパターンも、だいたい似たり寄ったりではあるが所々自分たちの所属する組織、国に都合がいいように改変されているのだ。

 今のところ、もっとも多く広まっているパターンはウィロットがあげた教会主導の話だろう。

 まあ、実際はどの話が本当なのか、もしくは全て違っているのかはわからないが、音の国リュートセレンではこの話を非常に大切に扱っている。

 リュートセレンは音の国というだけあって音楽、とりわけ教会音楽と深い関わりがある。

 つまりはそれだけ国と教会の繋がりが強いということだが、そこで迂闊なことをいえばあっという間に衛兵へ突き出されることになるだろう。

 アルナーグに関しては教会の影響は薄く、さらにヴィンストラルドにおいては教会と対をなすともいえる魔術の研究機関「賢者の塔」があるくらいで、その影響はさらに少ない。

 それでもヴィンストラルド最北に位置するガラス工芸の街ザンクトカレンには大聖堂があり、それだけ教会の力は侮れないといえる。


「ユケイ様、そろそろバルハルク様が見えますよ?準備はよろしいですか?」

「うん。特に準備するものなんてないけどね」

「そんなこと言っても、ユケイ様はバルハルク様ととても楽しそうにお話されています。わたしにはお二人の話は難しくてぜんぜん理解できません」

「そんなことはないよ。ただ、楽しいふりをしてでも多少は彼をもてなさないといけないしね」


 珍しく彼女が拗ねたような態度を取る。

 バルハルクは例の食中毒騒ぎの後、頻繁に離宮を訪れるようになった。

 あの件でバルハルクはアルナーグに対して多大な恩を売り、とりあえずエナから俺とある程度自由に面会する権利をもぎ取った。

 そして俺は、今まさに彼への恩を返している最中ということだ。

 彼への恩を返す、それはもちろん商売に関する話だ。

 俺たちは何度も協議を繰り返し、ついにリュートセレンのバガル塩湖に向けて、腐り塩と現地で呼ばれているトロナ鉱石の買い付けを出すことになった。

 そして今日はその最終調整をする予定なのだ。

 確かに彼との話は楽しいと言えるだろう。だがそれは、ウィロットが感じている楽しいとは少し違ったニュアンスなんだが……。

 彼女になんて説明すればいいのだろうか?

 俺はバルハルクと話しているよりもウィロットと話す方が楽しいんだ。

 ふと、カインがウィロットに向けて呟いた。


「俺にはユケイ様はウィロットと話している時が一番楽しそうに見える」


 そう言われて彼女は何か考え込むが、すぐに気を取り直し満面の笑みを浮かべる。


「それはそうですね!」


 そういうと彼女は、パタパタとご機嫌な足音をたてながらバルハルクを出迎える準備を始めた。

 俺はカインに親指を立てたくなるがそれをしてもこの世界では伝わらないので、視線で目一杯の感謝の気持ちを送るのだった。


春の推理2023「隣人」作成しました。


「更衣室」

ある昼下がり、一組のカップルが洋服を買いに来た。

彼女は服を選んで試着室に入り、彼氏はその前で彼女を待つ。

あれ?この試着室の中にいるのは本当に彼女だろうか?

https://ncode.syosetu.com/n3310ie/

サクッと読める短編です。

よかったら読んでみて下さい!


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