銅貨と金貨 Ⅹ
エナの視線は真っ直ぐにコレアナを捉える。
コレアナに優遇札を与えたという話は聞いていたが、それはエナ自らやり取りを行ったということだろうか。
「コレアナ……。全てお前が仕組んだことなのか?」
「何のことでしょうか?全く身に覚えがありません」
そう言いながらも、彼の瞳には隠しきれない敵意が滲み出ている。
「……よい。ユケイ、説明を頼む」
「は……、はい。食中毒の正体は、コレアナが持ち込んだこの食材です」
俺はコレアナが持ち込んだ食材の中から、メラザナを手に取りエナに見せる。
「ふむ、普通のものに見えるが……。これに毒があると?」
「はい。品種改良という言葉があります。家畜や野菜、果物を、より生産性が上がるように、もしくはより美味しくなるように改良するための行いです。家畜の豚や鶏、そして小麦なども、現在の姿になったのは品種改良された結果です」
「うむ」
「本来なら品種改良は長い年月をかけて行うものです。しかし、中には外的要因で急激に性質が変わるものもあります」
「ではそのメラザナは外的要因の結果、毒を持ったということか?」
「はい、そうです」
「ユケイ様、発言をよろしいでしょうか?」
ネヴィルが会話に割って入る。
俺はエナの方を見ると、彼がうなずくのが見える。
「許可する」
「ありがとうございます。わたしも植物に関しては多く調べました。しかし、そんな変異が都合よく、こんなに大量に起こるとは考えられません……」
そう言いながら、箱に詰められたメラザナを指す。
ネヴィルの言うことはもっともだ。植物の変異は基本的に結果論だ。変異の結果、それがたまたま人間にとって優れたものだった場合、その種が次世代として育てられる。普通の方法では望む効果を持つ変異を作るというのは難しく、それを一代で城の食事を賄えるほどの量をというのは恐ろしい確率の奇跡が起きても不可能だろう。
黙って話を伺うエナと対照的に、あたりがざわつきはじめる。
「コレアナ、イポメア村で作っていたという薬、それは曼荼羅華を使っているな?」
「そんな花は知りません」
俺が問いかけているにも関わらず、彼の視線はぶれずにエナに向かっている。
まるで何かの呪いをかけているようだ。
「……そう、曼荼羅華はこの地方の呼び方ではありません。実際、曼荼羅華がアルナーグでなんと呼ばれているかわたしは知らない。しかしコレアナ、俺は曼荼羅華が花だとは言っていない。この『まんだらげ』と発音するものが、お前には花だということは分かるらしいな?」
「……」
コレアナは何も答えようとはしない。
「曼荼羅華は、様々な薬草と混ぜ合わせることにより非常に強い鎮痛作用を持った薬を作ることができます。その効果は絶大で、一時的ではありますが死に至るような痛みすら消せるほどだと言います。しかし、葉、茎、種子の全てに強力な毒を持ち、それをそのまま口にすれば多くの場合命を落とすことになるでしょう。そしてその毒は植物の根で作られ、それぞれの場所に蓄えられるのです」
「ユケイ、その『まんだらげ』という花のことはわかった。しかしそれとこのメラザナは、いったいどういう関係があるというのだ?」
「はい。この曼荼羅華という花は、その地域の名前で分類するとナス目ナス科チョウセンアサガオ属曼荼羅華といいます。そしてメラザナもその分類で言えば、ナス目ナス科ナス属メラザナと呼ばれるのです」
「えっ!?」
ネヴィルが驚きの声を上げる。
「つぎ木という技術があります。それは2つの植物を切り口で繋げるというものです。そうすることにより、植物に様々な特性を加えることができます。ある物はつぎ木をすることにより害虫に強くなり、ある物は病気に強くなることもあります。そしてある物は植物の根で強力な毒を作り出し、それを実に蓄えることで本来なら毒を持たない植物を有害なものに変えることができるのです……」
「なるほど……」
「アルナーグで食中毒が起きる前、オルバート領でも同じような食中毒が起きていました。その時の被害は大きなものではありませんでしたが、メラザナ好きの料理長が意識を失うことになりました。その後アルナーグでおきた2回の食中毒では両方ともメラザナが使われております。メラザナが旬を迎えるほどに実に蓄える毒は増えていきます。おそらく今が最も多くの毒を含む頃でしょう……」
「何を言っているのかわかりません。なんならそこにあるメラザナを全て食べてやる!持ってこい!!」
コレアナの目は狂気に支配されているように見える。あの態度では「そうだ」と自白しているのに等しい。俺の中で怒りが膨らむのを感じる。
「ふざけるな!前回の食中毒では人が亡くなっているんだぞ!今回のこれを食べたらどれくらいの被害がでるか……」
「それがどうした!!」
コレアナの叫び声が俺の言葉をさえぎる。
「俺たちの村はゴブリンどもに皆殺しにあったんだ!エナ!!お前が村を素通りしたせいだ!娘も息子も!妻も母も、村の人1人残らずだ!お前ら全員分の怒りを、全て俺たちに擦りつけたんだ!地獄だよ、あれは!!」
コレアナの叫びに、辺りはしんと静まり返る。
彼の声はまるで地獄の底から搾り出しているかのような、どす黒い憎悪がそのまま音になっているかのようだった。
そんな中、エナはそれを正面から受け止めるかのように、静かに、しかし力強く答える。
「討伐遠征が間に合わなかったことは認めよう。しかしそれはどこでも起こり得ることだ。我々騎士団は最大限にできることをした」
「できることをしただと!?お前たちはやらなくていいことをしたんだよ!」
「コレアナ、お前には優遇札を手配した。それが国からお前への配慮の全てだ。そして今、ここでお前のおこないに対する裁きを言い渡す」
「討伐遠征が間違っていると言っているんだ!お前も地獄を見ろ!!」
「コレアナ、お前には死刑を申し渡す。連れて行け!」
エナの声に、衛兵が反応する。
コレアナはアゼルとカインから剥ぎ取るように奪われ、怨嗟の声をあげ続ける彼は離宮から姿を消していった。
姿を消した後も、俺の脳裏には彼の声がこだましているようだ。
俺はただ、その姿を眺め続けることしかできなかった。
「ユケイ」
「……」
「ユケイ!」
「……」
「ユケイ!しっかりしろ!」
エナが声を荒げて、初めて呼ばれていたことに気づく。
「は、はい!申し訳ありません、お兄様……」
「……いや、よい。そのメラザナの毒を見分ける方法はあるか?」
俺は少し考えて答える。
「いえ、ありません……。家畜などに食べさせて毒見をするしかないでしょう」
「そうか……。恐ろしいな。どこでそんな技術を仕入れたのか……」
確かにそうだ。
コレアナはどこでこの方法を学んだのだろうか……。
「ユケイ、実に見事だった。褒美はまた改めて授けよう」
そう言い残し、エナは運ばれたコレアナを追って離宮を後にしようとする。
「お兄様!お待ちください!」
立ち去ろうとするエナを反射的に呼び止めてしまった。
彼は一瞬躊躇うような素振りを見せるが、ゆっくりと振り返る。
「お兄様……、討伐遠征には何かあるのでしょうか?」
「全ては奴の妄言だ。お前が気にすることではない」
「しかし……」
「騎士団の剣と矢は国の隅々まで行き届いている。そのための討伐遠征だ」
それは旅をした者が挨拶のように交わす言葉だった。
その言葉を最後に、エナは離宮を後にする。
兄の背中を見送る時、ふとノキアがかつて発した言葉が蘇る。
「あれは人の所業ではない……、か……」