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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
大地に根を下ろす樹
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銅貨と金貨 Ⅸ

 優遇札を持った人物?何か記憶に引っ掛かるものがある……。

 そうだ。最近何処かでそんな話題を聞いたことがあった気がする。


「あの、ユケイ様。一つ思い出した事があるんですけどよろしいでしょうか?」

「ああ、なんだいウィロット」

「あの、マーフが作るサルモネ()の燻製は美味しくないんです」

「美味しくない?」


 そういえば俺はオルバート領に一年ほどいたが、マーフが作った鮭の燻製を食べた記憶がない。

 彼女は厨房を任せられているのだから、当然多くの料理に精通しているだろう。それでも苦手な料理くらいあっても不思議ではない。

 しかし、山に近く気温も低いあの地方では、鮭は一般的な食材ではないのだろうか?


「聞いた話なんですけど、マーフさんは昔サルモネの虫に当たった事があるそうです。だから、サルモネの燻製を作る時はすごく沢山燻製してしまって、サルモネがススだらけになってしまうんです」


 サルモネの虫?ああ、アニサキスのことだろうか……。

 あれ?


「その時、ずっと苦しんだせいでサルモネが嫌いになったって言っていました」


 それでは、マーフはオルバート邸での食中毒の時、サルモネの燻製をあまり食べなかったということだろうか?

 しかし、彼女が一番食中毒の症状が重かったという報告を受けている。

 一概に言えないが、毒素に汚染された食材を食べた場合、量を多く取った方が症状は重くなる。彼女が好きな食材がメラザナ(ナスの原種)だとすれば、多く食べたのはむしろメラザナの方なのではないだろうか?


「その時、マーフの治療はどうしたんだい?」

「はい、なんでも少し離れた村で痛み止めの花を栽培していたらしくって、そこでお薬を調合してもらったらしいですよ」


 痛み止めの花?いったいなんだろう。いや、それよりも俺はこの話を誰かから聞いている気がする。

 痛み止めの花……。


 ふと視線の端に、2輪の花が写った。それは先日、つぎ木の実験に使った花たちである。


「痛み止めの花……。痛み止め……、そうか、曼陀羅華(まんだらげ)だ!」


 突然声を上げた俺に、全員の視線が集まる。

 曼荼羅華、メラザナ、サルモネに食中毒、それらを並べれば一本の筋が見えてくる。その先にいるのは……。いや、しかし動機は何だろうか?

 それに関しては予測が難しい。

 では、バルハルクが手紙をすぐに読めと言った理由は何か?

 予測でしかないが、もしかしたら彼はこの優遇札を持った人物に心当たりがあったのかも知れない。そしてバルハルクが近辺の流通をある程度把握しているとすれば、急いで手紙を読めと言ったのは……


「アゼル!ウィロット!炊事場に行くから付いてきてくれ!」

「ユ、ユケイ様!わたしも!」


 ネヴィルが慌てて声をかける。


「ああ、ネヴィルも来てくれ。急ごう!」


 そうだ。これで全てが繋がった。

 バルハルクが俺に手紙を早く読めと言った理由、それはその優遇札を持った人間が今日、城に現れるということを把握していたからだ。

 おそらくその者が事態にどう関与しているかということは知らないだろう。使者が感じた違和感程度のものかも知れない。しかし、俺の予測が正しければその違和感は悪い意味で的中している。


 炊事場に着くと、そこは夕食の準備が始まろうとしているところだった。

 勝手口に荷馬車が横付けされ、かわるがわる食材の搬入が行われている。そこには率先して食材の荷下ろしをする、炊事長のマトバフの姿もあった。

 彼の料理人離れした鍛えられた肉体は、こうして育まれたのだろう。

 部屋の隅ではカインとアセリアが体を真っ黒にして、迷惑そうな視線を浴びながら大きな燻製機と格闘している姿が見える。


「マトバフ!来てくれ!」


 俺が声を上げると、彼は弾かれたように飛んでくる。


「はい、ユケイ様!こちらに」


 相変わらず大きな体をめいいっぱい縮こまらせているが、そんなことを気にしている場合ではない。


「マトバフ、以前に村が妖魔に襲われたという話をしたのを覚えているか?」

「え……?あ、はい。イポメア村の話でしょうか?」

「そのイポメア村というのは何処にあるんだ?」

「はい、アルナーグから白龍山脈へ向かう街道を3日ほど進み、そこから枝道に入ってさらに半日ほどの場所です」

「白龍山脈の方?つまりはオルバート領の方ということだな?」

「はい。直轄領とオルバート領の堺にある村です」

「そこから最近何か仕入れなかったか?」


 そう詰め寄ると、マトバフの視線がちらりと脇に逸れる。


「どうした!なぜ目をそらす!!」

「も、申し訳ありません、目を逸らしたのではなく……」


 そう言いながらマトバフは、右手をそっと上げて勝手口の方を指差した。

 その先を辿ると、勝手口の外で立ち尽くす男と目が合う。


「コレアナだな!」


 そう問われた瞬間、男は脱兎の如く駆け出した。


「カイン!アゼル!あの男を捕まえろ!」


 俺の声に従い、2人は放たれた矢のように反応する。


「マトバフ、食材の搬入は離宮が最後か?」

「は、はい。他の所への搬入はもう終わっていると思います」

「手分けして全ての炊事場に回って、夕食の準備を止めさせろ!食材には一切手をつけさせるな!王子からの命令だ!」

「えっ!?しかし……」

「いいから行くんだよ!この炊事場にいる者は全て手を止めて俺の命に従え!」

「は……、はい!」

「急げ!みんな死ぬぞ!!」


 マトバフ達炊事夫は、大慌てで炊事場を出ていく。


「アセリア、ウィロット、ネヴィル、その荷車から下ろされた荷物を調べろ。たぶん、メラザナがあるはずだ」

「はい!」


 ネヴィルは元気に返事をし、俺が指し示した荷物の元へと駆けて行く。

 アセリアとウィロットは訝しげに顔を見合わせて、ネヴィルの後を追った。


「ユケイ様、確かにメラザナがありますが……」


 コレアナが下ろした箱の中には、確かに数個のメラザナが入っていた。数は多くないが、おそらく離宮全体の一食分と考えればちょうどくらいだろう。

 アセリアがそれを手に取り注意深く観察する。しかしその表情は、あまり合点がいってない様子だ。


「普通のメラザナです……。特におかしいところはないように見えますが……?」

「うん、見た目は普通のメラザナと変わらないよ。味もたぶん何の変化もないと思う。けど、多分今回のそれを食べたらかなり危険な目にあうと思う」


 俺の言葉を聞いて、アセリアは手に持ったメラザナを慌てて放り投げた。

 地面に転がったメラザナ、それは俺が知っている茄子より少し長細くくねくねとしているが、しかし色は間違いなく見慣れた色をしていた。

 前世の茄子と比較すれば原種というべきなのだろうか。

 目の前に転がるそれは、この世界にしてみれば何の変哲もないナスに見えるが、それは恐ろしい毒ナスに品種改良されているのだろう。


 しばらくすると、アゼルとカインが、暴れる男を押さえつけながら炊事場に現れる。

 そして騒ぎを聞きつけたのだろうか、エナも数名の護衛を引き連れて炊事場へ現れた。

 大騒ぎをして城内全ての炊事場を止めたのだ。当然その行為はエナの耳にも届くだろう。


 アゼルとカインが捕らえた男コレアナは、捕らえろと命令した俺には目もくれず、その視線は真っ直ぐにエナへ向かっていた。

 それはおびただしい量の怒り、怨み、そして悲しみを練り上げたような、どす黒い焔のような視線だった。

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