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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
大地に根を下ろす樹
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銅貨と金貨 Ⅵ

 ネヴィルはゆらりと立ち上がり、ふらふらと喉の渇きを覚えた者が水を求めるように俺の元に歩み、そして跪き、彼は涙を流したままこう言った。


「ユケイ様、お手を取ることをお許し下さい……」


 そんな彼を見ておろおろと狼狽える俺に代わり、アセリアが答える。


「許します」


 ネヴィルの両手が俺の手を包むが、その意外なまでの力強さに俺はさらに狼狽する。


「ユケイ様、『夏の金貨は冬の銅貨』という言葉がございます……。夏場であれば金貨が稼げるのと同じぐらい必死に働いても、冬場であれば銅貨ほどの稼ぎにしかならないという意味です。オルバート領は冬場雪に閉ざされ、皆冬支度の為に家畜を潰したり、子を売りに出さなければいけないほど領民の生活は苦しいものでした……」


 これは俺も知らなかったことだが、冬支度というのは1年の収入の大半を使わなければ賄えないものらしい。

 特に雪が積もるような地域では冬の間収入が激減し、その上に薪や食料を大量に買いだめをしなければならず、その分の代金を夏の内に稼がなければならないのだ。

 実際にウィロットの家は冬支度の資金が足りず、彼女はオルバート領主に農奴として売りに出されなければならなかった。


「無知なわたしはその事実をウィロットを通して教えて頂きました……。そしてユケイ様から、夏の収入に引けを取らないほどの冬の糧を与えて頂きました」

「それは違うよ。無知は俺も同じだし、冬支度のことだって俺もその時に知ったんだ……」

「そんなことはありません!そうだとしても、ユケイ様に糧を頂いたことに変わりは無いのです。メープルシロップは、オルバート領に多くの仕事とお金を与えてくれました。おかげで領民は誰も冬を恐れず、誰も冬に飢えるということがなくなったのです。その上さらにお知恵を授けて頂けるなんて……」

「いや、さっきのことは全て仮説で、成功するかどうかなんてまだわからないんだ」


 それでもネヴィルが握る手の力は緩まることはない。


「オルバートの民は皆、ユケイ様のことを『冬の太陽』と呼びます。厳しい冬の間、ユケイ様は貧しいわたしたちを照らす日の光になって頂けました。わたしも含め、オルバートの民は皆、ユケイ様のために喜んでその身を捧げるでしょう。戦が起きれば、兵は全てユケイ様を守る壁となり、ユケイ様が指差せばそれを撃つ矢となります。オルバート領は全て、ユケイ様のものです。今はまだ父の代ですが、わたしの代になればユケイ様のために富を蓄え、ユケイ様のために軍を磨きます。どうか我々の忠誠をお受け取り下さい……!」


 そういうとネヴィルは手を離し、一歩身を引いてその場で畏まった。

 これはいったいどういう展開なんだろう。

 俺はアセリアに助けを求めようと視線を送るが、彼女はいつも通り微笑むばかりだ。

 そういえば以前にエナがこの部屋を訪れた時、彼女に「派閥ってどうやって作るんだろう」と聞いたことがあった。しかしこれは、その時口にした派閥というものより遥かに重いものに感じる。

 かつてウィロットやカインから、同じようなことを言われたことがある。しかし今回のネヴィルの言葉は、それと同じように受け取ってもいいものだろうか?

 俺は確かに国の中で王子というような立場だが、今現在では風が強く吹けば吹き飛びかねない立ち位置だ。ネヴィルの言葉を受け止めれば、彼等に多大な迷惑をかける可能性がある。


「ネヴィル、アセリアから聞いているかも知れないが、俺は今、国の中で少し微妙な立場にいるんだ。もしかしたら数年後に追放されるかも知れないし、もしかしたらだけど何らかの刑を受けることだって考えられる。そんな俺が、忠誠を受けることなんてできない……」

「ユケイ様、それは全く違います。ユケイ様が追放されるようなことがあればオルバート領はユケイ様が立つ大地になり、ユケイ様に何か危険が及ぶようなことがあれば、その時は兵をあげて戦うことになるでしょう」


 そう言われれば一層、彼からの忠誠を簡単に受け取ることができなくなってしまう。同時に、ウィロットやカインが発した忠誠という言葉に、同様の重みが含まれていたことを今更ながらに理解するのだった。


「ネヴィル、俺はアルナーグの王子であり俺の全ては国のためにあるんだ。俺には領地や兵が必要になるような野心なんて持っていないよ……」

「野心のためではありません。わたしたちはユケイ様に恩を返したいのです……」


 俺はじっくりと時間をかけて考えをまとめ、答えを出す。


「ネヴィル、ありがとう。俺には果たしたい目的がある。この先ネヴィルの力が必要な時は君の力を貸して欲しい。それまでは君の主人はオルバートの大地でありオルバートの民だ。その時まで、どうかオルバートを豊かにして欲しい」


 ネヴィルは俺の言葉をゆっくり受け止め、それを飲み込んだ。


「……はい。その時までわたしたちは大地に深く根を張る大樹を目指し、冬の太陽をお待ちしております……」


 そして俺はネヴィルに顔を上げさせ、がっちりと硬い握手を交わした。

 アセリアは頼もしそうな視線をネヴィルに送る。


「ネヴィルは本当に立派になりましたね。これもユケイ様のおかげです……」

「いや、そんなことないよ……。なんていうかさ、派閥ってこうやってできるんだね。その瞬間に立ち会った気分だよ」

「ユケイ様。派閥なんて、そんな軽いものと一緒に思って頂きたくないです……」

「そっか、そうだよね。けど、アセリアはいつまでも俺の元にいていいんだろうか?オルバート領もこれからますます忙しくなるだろうし……。俺としてはアセリアがいてくれると心強いんだけど……」

「ご安心ください。ウィロットが一人前になるまではユケイ様のお側におりますから」


 それを聞いたウィロットは、にこにこしながら答える。


「それじゃあもう少し一緒にいられますね!アセリア様、これからもよろしくお願いします」

「ふふふ、よろしくね」


 現状ではまだ一人前ではないという自覚はあるようだが、もう少しというのはどういう認識なのだろうか……。

 しかし、ネヴィルとアセリアの2人がいれば、きっとオルバート領はきっと豊かで住みやすい場所へとなっていくだろう。

 いつか俺も、そこへ穏やかに身を寄せてもいいのかもしれない。


 そしてその翌日、オルバート領から一通の手紙が届けられた……。


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