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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
大地に根を下ろす樹
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銅貨と金貨 Ⅴ

 手紙を受け取ったのは、もちろん水利組合(ギルド)の主、バルハルクだろう。

 前回ウィロットに水車小屋へお使いを頼んだ時、彼女はうっかり俺の名前を出してしまっていた。

 しかし今になればそれが幸いだった。

 俺の使いのものが正体不明の仕事を持ち込んだとなれば、当然彼の興味をそそったはず。おそらく水車小屋には、再び俺の使いが仕事を依頼した時は、すぐにバルハルクに知らせろと伝令が渡っていたことだろう。

 あとは優秀な彼のことだ。状況を察し、最も俺に恩を売れる行動をとるに違いない。

 おそらく俺の手紙は最速でオルバート領に届けられ、そして最速でアルナーグに戻ってくるだろう。

 そしてその返信を持って、バルハルク本人が俺と話をつける為にここへやってくるということだ。


「彼に余計な借りを作ることになりませんか?」


 カインの心配ももっともだ。

 彼は優秀な商人だ。借りの対価はきっちり回収するつもりだろう。しかし優秀が故に、その回収方法は悪質な方法はとらないと予想できる。


「大丈夫だよ。バルハルクは商人だからね。商人の基本はウィンウィンだ」

「う、うぃんうぃん?」

「それに、返信の内容次第ではそんなこと言ってられないからね……」


 もしかしたら手紙から、食中毒が人為的なものだとわかるかもしれない。であれば2回、いやオルバート領も入れれば3回の食中毒で終わらないかも知れないのだ。さらに言えば、俺たちが知らないだけでもう既に同様の事件が他の場所で起こっている可能性だってある。

 とりあえずやれることはやった。あとは手紙の返事を待ってから考えれば良いことだ。

 ウィロットが言われた言葉をそのまま受け取れば、早ければ4日後には返事が届くはずだ。

 無いものねだりと分かってはいるが、電話やメールがある世界がどれほど便利だったか身に染みる。


「そういえばユケイ様、さっきネヴィル様に何か言おうとしてませんでしたか?何かアイデアがあるって言ってた気がします」

「あっ!そうだった!ネヴィルはどうしてる?」

「はい、会合があるからって行ってしまいました。アセリア様も一緒です」

「そっか。また時間がある時に来てくれるように伝えておいてくれ。しかし、ネヴィルはほんとうに忙しいな」

「そうですね。ネヴィル様はオルバート領を良くしようと頑張ってますから」

「そうだね。頭が下がるよ」


 ウィロットは何も答えず、俺のことを不自然なものを見るような視線で見つめる。


「……なんだよ」

「いえ……、ユケイ様は賢いのか賢くないのか、時々わからなくなります」

「ウィロット、不敬だぞ」


 カインの毎度の突っ込みは、もはや彼女の耳に届いているかすら怪しい。


「どういう意味だよ」

「それは多分……、ネヴィル様が直接お話しされると思います。わたしが喋ったら、怒られてしまいますから」

「何だよ……。ずいぶんと仲がいいじゃないか」


 俺の返答を聞いて、ウィロットは目をぱちくりさせた。


「ふふふ、ユケイ様もやきもちなんて焼くんですね」

「そんなんじゃないよ」

「安心して下さい、わたしの全てはユケイ様のものです。ユケイ様はわたしの太陽ですから……」


 そういえばアセリアにも、以前似たようなことを言われた気がする。あれはどういう意味なんだろうか。


「ま、まあいいよ。カイン、工房に行きたいからアゼルを呼んできて。少し実験をしたいんだ。ウィロットはお花を摘んできてくれ」

「……」

「どうした?変な顔をして」

「……いえ、何でもありません。ユケイ様、お気遣いありがとうございます。ただ、わたしは今お手洗いに行きたいとは思っていません」

「い、いや、そうじゃなくって!」


 この世界でも「トイレに行く」と「お花を摘む」の言い換えは通用するのか。


「そのままの意味だよ!お花を3、4種類ほど、根っこを切らないように摘んできてほしい」

「お花って、あのお花ですか?」

「あのお花ってなんだよ。だいたい同じくらいの大きさの花がいいな」

「はい、わかりました」


 そして俺は銀貨を一掴み手にすると、その日は工房で実験をしながら過ごすこととなった。



 次の日、ネヴィルが部屋に現れたのは昼食をとった後だった。

 アセリアとウィロットが、お茶を用意してくれる。


「忙しいところを呼び出して申し訳ない」

「いえ、とんでもありません。ユケイ様のお知恵を借りたいのはわたしの方ですから」

「うん。実はちょっとした案があるんだ。まだ案だけで実際にできるかどうかは分からないんだけど……、ネヴィルは『つぎ木』って知ってるかい?」

「つぎ木……ですか?」

「うん。ネヴィルが今イタヤカエデを増やす方法として使っているのがさし木だ。これは要するに、木の枝を地面に刺しておくとその枝から根が生えて木になるという方法だ」

「はい、その通りです。簡単に行うことが出来ますが、反面若い枝しか使えないので大きくなるのに時間がかかり、木が小さいので鹿の餌食になってしまいます」

「うん。つぎ木っていうのは、もう生えている木に別の木を継ぎ足して、一つの木にしてしまうという方法だ」

「そんなことが可能なのですか?」


 ネヴィルは知らないようだが、つぎ木はこの世界でも昔から行われている。しかし、さし木ほど一般的な技術ではない。


「これは異国の話なんだけど、ある果物を食べる虫が大量発生して、その国の産業である果物が全滅してしまったんだ。その後何年も不作が続いたんだけど、最終的にその危機を救ったのがつぎ木だったらしい」

「そ、それはどうやって!?」

「その虫は特定の植物には近づかないという習性があった。そこで、その虫が嫌う植物にその果物の枝をつぎ木して育てた結果、その虫はその果物を全く食べなくなったらしい」

「なんと……」


 ネヴィルにはある国と説明したが、これは前世での話だ。

 昔ヨーロッパで、ワインを作るためのブドウの木がフィロキセラという虫によって壊滅的な被害を負ったことがあった。それを解決したのが、先程説明したつぎ木を使った方であった。


「ただ、つぎ木っていうのはどんな植物同士でも繋がるわけじゃない。同じ仲間の植物じゃ無いと行けない」

「同じ仲間……ですか?」


 確かに「同じ仲間の植物」といっても理解はし難いだろう。この世界にはまだ、植物の系統を辿った分類はされていないのだ。

 前世で植物は、○○科××属△△といった感じで分類されている。

 例えばイタヤカエデを前世のように分類すれば、ムクロジ科カエデ属イタヤカエデという風になる。


「ウィロットが言っていたんだが、オルバートの鹿はムクロジを食べないらしい」

「それでは、ムクロジにイタヤカエデはつぎ木できるということでしょうか?」

「それは正直、やってみないとわからないんだ。それに、そうやって作ったイタヤカエデを鹿が食べないという確証もない。さらに言えば、メープルシロップの味や品質に変化がおきる可能性もある……」

「しかし、成功する可能性があるのであればやらないという選択はありません!味の変化だって、良い方に変化する可能性だってあります!」


 そうだ。実際に多くの野菜や果実は、そうやって品種改良を繰り返してきたのだ。


「うん。ネヴィルならそう言ってくれると思ったよ。ウィロット、昨日のあれを持って来てくれる?」

「はい!」


 そう言ってウィロットが持って来たのは、土の張った箱に植えられた2本の花だった。


「ネヴィル、これを見てどう思う?」

「えっ?……どうでしょう、とくに不審な点はないように思いますが?」

「実はこの2つの花は、花の部分と葉の部分を入れ替えてあるんだ」

「入れ替える……?申し訳ありません、おっしゃる意味が分かりません……」

「つまり、この花は茎の部分で一度切り離し、お互いを入れ替えてくっつけたんだよ」

「ええっ!?」

「うん、ちょっと倫理的にどうかとは思うんだけどね」

「それはいったい……、どうやって?」

「少し前にウィロットがナイフで指を切ってしまってね。その時に思いついたんだけど、リュートセレンの司祭が、切り落とされた腕を神の奇跡で繋ぎ合わせたという話は知っているかい?」

「はい、聞いたことがあります」

「それと近いんだけど、切り落とした花を入れ替えた後に神の奇跡、つまり回復魔法をかけたんだ」

「植物に神の奇跡を施した!?」

「うん。俺には全く効果がない癒しの力でも、植物にはちゃんと効くみたいだ。当然花にできるんだから、木にも効果があるだろう。つぎ木は毎回必ず成功するわけじゃ無いけど、神の奇跡を組み合わせればおそらく成功率はかなり高くなるはずだ。それに全く違う花を繋ぎ合わせられたのだから、ムクロジとイタヤカエデの接合にはいい媒介になると思う」

「ユケイ様……」

「さらに、つぎ木は本来小さな枝にしか使えない。だけど、この方法だったら比較的大きな枝を使ってもつぎ木が成功するかもしれない。そうすれば鹿や他の病気による被害に耐えられる可能性が高くなるし、メープルシロップを収穫できるまでの期間も短縮できるはずだ」


 ふとネヴィルの顔を見ると、彼の瞳からは大粒の涙がぼろぼろと溢れ出していた。


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