銅貨と金貨 Ⅳ
「カイン!マトバフが纏めた例の報告書を持って来てくれ」
「はい」
「ネヴィル、そのことについて詳しく教えてほしい」
「は、はい……。大きな声を出して、いったいどうされたのですか?」
「……じつは数日前、アルナーグ城の中でも不可解な食中毒が起こったんだ」
「えっ?」
「短期間で2回も。原因はまだ分かっていない」
「それがオルバート邸の食中毒と関わりがあると?……しかし、流石にオルバート領とは距離があります。関係があるのでしょうか?」
「うん、そうなんだけどね。ただ、調べることは決して無駄にはならない」
確かにネヴィルの言うとおり、オルバート領と王都アルナーグでは旅程で5日ほど、早馬を昼夜走らせても一日半はかかる。関係がないと考えるのが普通だろう。
しかし、今回の食中毒に関しては不可解な点が多い。情報は多ければ多いほど良いのだ。
「ユケイ様、こちらです」
「ありがとう、カイン」
俺がマトバフから受け取った報告書を広げると、ネヴィルがそれに目を通す。
「どう?この報告書を読んで何か感じることはある?」
報告書は当日の献立や調理方法、それまで行っていた衛生管理から始まり、食中毒発生時の被害者の症状や回復状況、そして今後の対策にまで言及されていた。
「わたしも食中毒になりました!」
ウィロットが何故か得意げに宣言する。
「そうですね……。当日わたしが食べる前に食中毒が発生したので、献立や調理方法などはわからないです。けど、症状はとても近い気がします。この意識障害……、つまり気を失って寝たような状況になるということですよね?料理長のマーフがそんな症状が出て、まる1日目を覚しませんでした」
「そうか……。マーフは一番最初に食事をしたということ?」
「はい。あと、屋敷の中でだけ食中毒が発生したと言うのも同じです。村からはそのような報告は上がって来ていません」
「そうか……」
オルバート邸には炊事室は一つだけしかない。だから、城内に複数炊事室があるアルナーグとは単純に比較はできないだろう。しかし、被害に遭った人の症状を見れば同じ原因で食中毒が発生したと言う可能性は十分にある。
そして、この3度の食中毒が同じ原因だと仮定すれば、その原因は衛生管理や調理方法ではない所で発生した可能性が高い。
距離が離れた場所で、短期間のうちに、複数回にわたり同じ食中毒が偶然起こるだろうか?
その場合、その食中毒は人為的に起こされたと考えた方が自然なのではないか?
「ネヴィル、献立はわからないだろうか?使った食材とかがわかるとありがたいんだけど」
「すいません、わたしの元に料理が並ぶ前のことでしたので……。正直なところ、食中毒をそれほど大きな問題と考えていませんでした。ただマーフは記録をとっているはずです。彼女に確認すればわかると思うのですが……」
もしオルバート領の食中毒の時に出された献立や食材がわかれば、全部で3回分の食材が揃うことになる。
それを突き合わせれば何か原因の片鱗が見えるかもしれない。
「ネヴィルが滞在する予定はいつまでだった?」
「はい、あと4日の予定です」
「4日か……」
4日後にオルバート領に向かい出発した場合、到着するのはおよそ10日後になる。そこから手紙を書いて早馬を飛ばして貰えば、早くて情報が手に入るのが12日後ということになる。
「ネヴィル、とりあえずオルバート領に帰ったら、マーフにこの報告書のようなことを聞いてもらって良い?それを手紙で知らせて欲しい」
「はい……。しかし、だいぶ返事が遅くなりますがよろしいですか?」
「うん、そうだね……。先にこちらから手紙を送って調べてもらおうか?」
「ユケイ様……」
突然アセリアが話に割って入る。
「どうした?」
「あの……、手紙は届きますでしょうか?」
「……あっ!そ、そうか……」
以前ネヴィルが俺に宛てた手紙は届いていない。
つまり、例えオルバート領から手紙を出されても、それは俺の元に届かない可能性があるのだ。更にいうと、こちらから出した手紙も届かないということも考えられる。
その相手がオルバート領であれば、尚更その可能性は高い。
「城や領地の安全に関することですから、手紙を調べられても問題ないのではないでしょうか?」
「うん……、だと良いけど……」
本来であればそうだろう。
しかし、今回はどうだろうか?
例えば食中毒騒ぎの解決というのはそれなりの手柄と評価されるだろう。俺の手柄を嫌がる者にとっては、例え国の利益になることにさえ邪魔が入る可能性がある。
さらに、こちらから考えればその手紙が届いているかどうかが分からない。その場合、いつまでも判断を下すことができなくなってしまう。
「城の外に出て、商隊などに手紙を託してはいかがですか?」
「そんなにうまくオルバート領を経由する商隊を見つけられるかな……。あちこち探し回っては、どうしても目立つことになってしまう。それに、その方法だと向こうに手紙が届けられても、こちらに戻ってくる時に手紙が届かないことになる」
「あ……、確かにそうですね」
八方塞がりか……。
そもそも食中毒が人為的なものでなければ、そんなことをする必要はない。
しかし、考えれば考えるほど不自然さが目につき、嫌な予感がむくむくと膨れ上がってくる。
「ユケイ様は城の外にお友だちとかいないんですか?わたしが粉ひきに行くフリをして、その人にお願いしてくれば……」
「俺に城外の知り合いなんているわけないだろ?」
ウィロットの案は検討するまでもない。
そもそも、いたとしてもどうやってオルバート領まで行って帰ってをお願いできるというのだ。よっぽどお金を積めば頼めるのかも知れないが、往復10日のお使いを頼むなどなかなかにハードルが高いのでは……、いや、待てよ?
「そうか……、その手があった……!」
「どうしました?」
そうだ。適役がいるではないか!
俺の願いを喜んで聞いてくれそうな人物が1人だけいる。
「ウィロット、手紙を書くから準備をしてくれ!」
「はい!」
俺はオルバート領のマーフ宛に手紙を2通書き、ネヴィルの署名をそれぞれにもらう。
「アセリア、一通は城を通して普通に出して来てくれ。それが届くのが一番いい。そしてもう一通はウィロット、これを持って水車小屋に行って欲しい」
「はい、分かりました!で、水車小屋に行くフリをして、何処に持っていけば良いんですか?」
「いや、この手紙を持って水車小屋に行ってくれるだけで良いんだ」
「え?どういう意味ですか?」
「うん、行けば手紙を出してくれる人が勝手に現れるよ。ついでに、これを粉ひきしてきてくれ」
俺はウィロットにトロナ鉱石を渡した。
それから数刻後、ウィロットは綺麗に製粉されたトロナ鉱石を持って水車小屋から帰って来た。
「おかえり、ウィロット。どうだった?」
「はい。水車小屋に行って粉ひきさんに石を渡して、半刻後に引き取りに行きました。そしたら小屋に知らない人がたくさんいて……」
「うん」
「その人に、その石はなんだって聞かれました。で、ユケイ様に言われた通りに、すごく美味しいパンケーキの材料ですって答えました」
「うん、それでいいよ」
「で、その人にオルバート領まで手紙を出したいって言ったら、早馬を使って大急ぎで使いを出してくれるって……」
「よし!」
「で、その人は手紙が戻って来たら、自分でユケイ様の所へ届けに来てくれるそうです」
「……まあ、当然そうなるよね」
「何がどうなってるのかぜんぜん分かりません」
ウィロットは狐に摘まれたような顔をしている。
しかしこれで、手紙は最も早い方法で、確実に俺の手元に届くであろう。