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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
大地に根を下ろす樹
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銅貨と金貨 Ⅰ

 その日彼等がアルナーグ城に到着したのは、日が丁度南天にたどり着く頃だった。

 ウィロットとアセリアは朝から忙しなく動き回り、彼等の受け入れ準備はすっかりと完了している。

 やがて諸々の手続きを済ませて、彼は俺の部屋へと現れた。


「ユケイ様、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」

「うん。ありがとう。ネヴィルも元気そうで。旅に危険は無かったかい?」

「はい。騎士団の剣と矢は国の隅々まで行き届いております」


 3年ぶりに再会したネヴィルは、すっかり別人のようだった。

 俺の記憶の中の彼は、おかっぱで小太りで、悪い意味で貴族の長子を体現したような男だった。しかし今の彼は身長も伸びスリムになり、緩く伸ばした銀髪は姉のアセリアと並ぶと一枚の絵のように美しく感じるほどである。

 言葉使いも洗練され、まるで別人を見ているようだった。

 男子、三日会わざれば……というのは前世の格言だったが、あれから3年、彼は領主の子に相応しい資質を手に入れたように思える。


「ネヴィル、しばらく見ないうちに……、なんていうか、背が伸びたせいなのかな?」

「ユケイ様、それ以上は仰らないで下さい。オルバート領での数々の無礼、どうかお許し下さい……」

「いやいや!それは全然何とも思ってないよ!……あ、そうか。ネヴィルはもう成人したのか」


 確かネヴィルは今年16才を迎え、成人しているはずだ。成人してそれが即影響すると言いたいわけではないが、立場と責任を持つと人は変わるということだろう。


「お姉様、お久しぶりです」

「はい。ネヴィルも元気そうで。屋敷の皆は変わりありませんか?」

「はい、皆元気にしております。父もすっかり体調を取り戻して、毎日乗馬に(いそ)しんでおります」

「ふふ、それは何よりです。決して無理はさせぬよう父を見張っておいて下さいね」

「はい、お姉様」


 久しぶりぶりの姉弟の再会に、目頭が熱くなる。

 ゆっくりと時間をとってあげたいのだが、ネヴィルには使者としての仕事が山積みなんだろう。まあしばらく滞在するんだから、家族の時間を作るチャンスはあるだろう。


「ネヴィル様、お久しぶりです」

「ああ、ウィロットも久しいな。ユケイ様にご迷惑をおかけしていないか?」

「はい。お役に立っています」


 そういうと2人は小さく笑い合った。

 あれ?2人の距離感てこんな感じだったっけ?

 ……いや、俺がオルバート領を離れて3年間、ウィロットはずっと屋敷で働いていたのだ。俺の知らない関係性だって芽生えるだろう。

 そういえば、アセリアたちが半年ぶりということは、当然ウィロットもしばらく家族と会っていないことになる。

 この場合、少し休暇を出してあげた方が良いのだろうか?


「それで、ネヴィルはこれからの予定はどうなっているんだい?」

「はい、何件かの会合に出席して、国王様への謁見の予定も入っています」

「おお……、それは大仕事だね」

「いえ、今回は成人のご挨拶をさせて頂くだけですので……。あの、オダウ王とはどの様な方なのでしょうか?」

「あ、ああ、厳しくも公平な王だとは聞いているけど……。俺も正直何年も会っていないから、わからないんだ」

「そうですか……」


 ネヴィルの表情には緊張の色が見て取れる。


「大丈夫だよ。ネヴィルは本当に立派になったから、使者の勤めも謁見も無事にこなせるさ」

「はい、ありがとうございます。あと、可能であれば図書室で調べ物をしたいのですが、可能でしょうか?」

「ああ、貴族の子息には図書室は解放されている。アセリア、お願いできる?」

「はい、かしこまりました」


 ネヴィルの変わりようは、ほんとうに目を見張るものがある。

 同一人物か疑いたくなるほどだ。


「ネヴィル様はユケイ様が出られてから、毎日図書室でお勉強をされるようになったんですよ。ユケイ様を心から尊敬しているって仰ってました」

「ウィロット、余計なことを言うな……!」

「だって、ほんとうじゃないですか。尊敬してないんですか?」

「ばっ!馬鹿なことを言うな!わたしはユケイ様のことを心から尊敬しているし、人生の師だとずっと思って……!」


 ネヴィルはそこまで言うと我に帰り、ゴホンと咳払いをしてウィロットを睨んだ。

 そして、真っ赤な顔をして俺の目を真っ直ぐに見据える。


「とにかく、わたしはユケイ様のことを尊敬しております!」

「う、うん、ありがとう」


 正直そんな風に思われていたのは意外だった。

 かつて俺は魔法の使えない無能王子と言われたことが……、いや、そういえば直接言われたことはなかっただろうか?けど、一時期は間違いなくそう思われていたはずなのに。


「と、ところで、図書室で調べたいことってどんなこと?」

「え?お手紙は届いておりませんか?」

「手紙?いや、何も……」

「そうでしたか。返信を頂けなかったので、不思議に思っておりましたが。届いていないのであれば納得です」


 ネヴィルの話によると、一月ほど前に俺宛で手紙を送ったという。それは近況から始まり使者としてアルナーグへ向かうことなど、いろいろなことが書いてあったと言うが。


「あ、ああ。そうなんだ。ごめん、俺の手元には届いていない」

「そうでしたか。いえ、手紙が届かないことなんて良くあることです」


 ネヴィルはそういうが、きっとその原因は彼が思うような事故的なものではないだろう。

 おそらく誰かの意思で、明確に検閲され止められたと考えられる。ネヴィルが今回アルナーグを訪れるというのが伏せられていたのも、意図的だろう。

 俺はこの事実を第一王子のエナから知った。であれば、誰が隠そうとしたのかは明白である。


「俺が何処かに助けを求めるとでも思っているのかな……」


 つい口から小さく愚痴が飛び出す。


「どうなされました?」

「いや、なんでもないよ」

「実は、ユケイ様のお知恵を借りたいことがあるのです」

「うん。俺なんかの力で良ければいくらでも貸すよ」

「ありがとうございます!早速一緒に図書室へ!……と言いたいのですが、この後に出席しなければ行けない会合がありまして……。また改めてお願いします」


 最後にネヴィルは俺の手をしっかりと握り、部屋を後にした。


「ネヴィル、すっごく大っきくなってなかった?」

「ええ。半年会わない内に更に大きくなったようです」

「はは、メープルシロップにそういう効能があったりしてね」

「はい、かもしれませんね」

「アセリア……、ネヴィルには頃合いを見て幽閉の話はしておいてくれ。ノキア様になるべく矛先が向かないようにね」

「……かしこまりました」


 室内に静寂が広がる。

 まあ、手紙の検閲くらいはあり得るだろう。しかし、ノキアはこんな何も持たない俺の何を恐れているのだろうか。


「ユケイ様……、手紙が届いていないということは、こちらが出した手紙も先方に届いていない可能性があるのではないでしょうか?」

「あ、ああ。確かにアセリアの言う通りだね。最近重要な手紙を出した記憶はないけど。なにかあったっけ?」


 アセリアは黙って首を振る。

 そもそも手紙でやり取りをするような関係の人物なんていないのだが。強いてあげればネヴィルくらいだろうか。

 まあいいよ、それくらいの不便は我慢しよう。

 外の情勢から取り残されることはあまりいただけないが……。

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