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兄と弟(下) Ⅶ

「……これは、いったい?」

「アセリアにはどう見えているの?」

「はい、グラスから紫色の光が出て、床に撒かれた粉が黄緑色に光っています」


 どうやら俺が期待していた現象が現れているようだ。俺はアセリア以外の面々にも同じ現象が見えているかを確認した。

 グラスを通して発せられた魔法の光は、俺が撒いた粉を蛍光色に浮き上がらせているらしい。


「カイン、その靴は今朝賊が入った時に履いていたものと同じ靴だね?」

「はい、その通りです」

「よし。アセリア、今度はその光をカインの靴の裏に向けるんだ」

「はい」

「どう?光っている?」

「いいえ、全く光っていません」

「……つまり、どういう意味ですか?」

「ああ。今朝工房に入った賊は、机の上にあったこの紫の光に反応する粉を踏んでいったんだ。実際、部屋から外に向かう粉の足跡を俺は確認している。カインの靴底は革張りで、革の細かい皺が滑り止めになっているが、もしあの足跡が狂言を狙ったカインの足跡であれば、靴の裏をよっぽど綺麗に洗わないと皺に入り込んだ粉は取ることができない。つまり、あの部屋には最低でも一人はあの光る粉を踏んだ人物がいたということだ」

「な、なるほど……。しかし、そもそもこの光は何なんですか?」

「このグラスはお母様から借りたものなんだけど、この青紫色のガラスにはニッケルっていう金属が入っているんだ。ニッケルっていう金属は、ガラスに溶かすと波長の長い光を減衰させる性質がある」


 俺の説明を受け、一同は困ったように顔を見合わせる。


「申し訳ありませんがユケイ様、おっしゃっていることの意味が全く分かりません」

「つまりね、アゼル。この紫色の光はとても見にくいんだけど、この紫色の光にだけ光らせるものがあるんだ。とはいっても、俺には見えてないんだけど。けど、床の粉は青色か緑色に光っているはず。そして、カインの靴の裏にはこの粉はついていないということが分かるはずだ。疑うんだったら粉を踏んで、自分の靴底を照らしてみればいい」


 アゼルは一瞬考えると、アセリアに自分の靴の裏を照らすように言う。そして自分の足の裏が光っていないことを確認すると、迷いなく床に撒かれた粉を踏みつけた。


「アセリア殿」


 アゼルはそう言いながらアセリアに足の裏を向けると、アセリアは紫色の光でアゼルの足を照らす。

「ふむ」と言いながら自分の足を確認したアゼルは、手の平でパンパンと大きな音をさせながら、足の裏を叩き、再び光にあてて自分の足の裏を確認する。

 足の裏を叩いたくらいでは粉は落ち切っておらず、アゼルの靴の裏はまるで星空のように光の粒が瞬いていた。


「なるほど。わたしにはユケイ様が仰っていることに矛盾はないと思うが、そもそもカインを拘束したというのは誰の命令だ?」


 アゼルが立ち合いの兵士2人を睨みつける。


「そ、それは……」


 2人はただ顔を見合わせ、おろおろするしかできない。


「アゼル、それはいい。今わかったのはカインの他に誰かがいたという事実だけだ。それだけではまだ沢山の疑問が残っているから、カインへの疑惑を全部晴らすところまではいかない」

「それはそうかもしれませんが……」

「カイン、単刀直入に聞くが、どうして自分は賊を追い払えたのだと思う?」

「どうして……ですか?」

「そうだ。相手は3人で、しかも武器を持っている。まともに戦って勝てると思うか?」

「いいえ、思いません。しかし、そうおっしゃられても思い当たる事が……」

「些細なことでもいい。カインが賊の侵入を阻止できたのは、何か理由があるはずなんだ!」

「……侵入?……離宮への、……侵入」


 カインは何かが気になったのか、急に考え込む。そして……。


「あ、そうか……!」


 何か思いついたのか、彼は牢屋の石畳を指差しながら状況を整理し始めた。


「どうした!?」

「はい。ここが工房の外への扉で、わたしが休んでいた場所が此処です……」


 そう説明しながら、カインは床にそれぞれの位置関係を指し示していく。


「あ!ああ!そういうことか……!」

「はい。そして何か物音を聞き、わたしが目を覚ました時に賊がいた場所が……」


 そう言いながらカインは床の一点を指す。

 勝手口の位置、カインの位置、賊がいた位置、そしてさらに付け加えると、工房から離宮内へ向かう扉の位置。

 勝手口から室内への扉を直線で引いた位置、賊の目的が離宮内への侵入であれば、当然賊はその直線状の上にいるはずだし、カインがその直線状の上にいなければ無視をすればいいだけだ。しかし、それぞれの位置は全く交差していない……。


「そうか……!つまりそもそも賊の目的は離宮の中に入ることじゃなくて……。カイン、その時聞いた物音っていうのは、どんな音だったんだ?」

「はい、えっと、何か小さな枝を踏んだかのような音でした」

「枝を踏んだ?」

「はい。小枝が折れるような音だったと思います」


 小枝が折れるような音……。俺は工房の様子を思い浮かべる。

 あの荒らされた状況では当然様々な騒音がなっていただろう。その中で意図してか意図せずにかは分からないが、カインが耳にした最初に鳴ったはずの音……。

 小枝の折れる音?

 小枝が工房にあった記憶はないが、木製の……何か小さなもの……


「コンパスだ……」


 そして俺は、一つの可能性にたどり着く。


「アゼル、もう少しカインを頼む。無茶なことをされないように見ていてくれ。アセリアは一緒に工房に――」

「待って下さい!」


 俺の言葉を、突然カインが遮る。


「わたしのことはもう大丈夫です。ユケイ様、アゼル様を護衛に連れて行って下さい」

「いや、しかし……」

「ユケイ様、本来あなたはアゼル様を連れずに離宮を離れてはいけないのではないですか?」

「そ、それはそうだけど、今はそんなことを言っている場合じゃないだろ?アゼルがいなければカインが何をされるかわからないんだぞ?」

「ユケイ様の身に何かがあった場合、それこそわたしは賊にされてしまうのではないですか?……ユケイ様がわたしを見捨てないとわかっただけで十分です。アゼル様、どうかわたしの代わりにユケイ様をお守りください……」


 カインはそういうが、俺の推理が最も悪い方に正解した場合、意図的に罪を擦り付けられている可能性もある。今ここでカインを1人にすることは正解とはいえない。

 小さな秘密を守るために、平民の命など簡単に消されてしまう。

 この世界では、身分を持たないものの命は羽根のように軽いのだ。


「しかしカイン……」

「……いえ、ユケイ様。カインの言う通りです。そもそも今貴方がするべきことは、カインの無実を晴らすことではなくて自分の身を護ることです」

「そんなことあるわけない!今この世界で、カインの無実を証明できるのは俺だけだ!」

「だからこそ!……わたしはカインの無実を証明できる、ユケイ様をお守りするのです!」

「けど、それじゃあ……。もしかしたら戻った時に既にカインが……罰せられているかも……」

「でしたら、尚更急がなくてはいけないのではないですか?ご自分の力を自覚なさい!貴方が急ぐためには配下の力がいるはずです!」


 確かにアゼルの言う通りだ。今の俺の立場では真実にたどり着いたとしても、それを伝えるために多くの力を借りなければいけない。

 もし何らかの妨害にあった場合、悔しいが今の俺は自分の身を自分で守る力を持ってはいないのだ。

 俺はカインの目をじっと見つめると、力の限り声をあげた。


「カイン、俺が必ず無事にここから出してやる。だから何があっても抵抗しろ!お前は第3王子、ユケイ・アルナーグの臣下だ!お前に剣を向ける者は、俺に剣を向けるのと同意と心得よ!」

「……はい、ユケイ様!」

「お前たちも分かったな!」


 俺は立ち合いの兵士たちを睨みつける。


「アゼル、アセリア、工房へ向かうぞ!」


 もしカインが犯人に仕立て上げられるのだとしたら、事態は一刻を争うかもしれない。

 俺たちは足早にその場所を離れた。


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