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兄と弟(上) Ⅳ

「ユケイ様、図書室に行かれるのはいいですが、エナ様から申し付かった件も進めて頂かないと」

「わかってるよ。図書室には遊びに行くわけじゃない。アゼルも止まぬ風の秘密は奥の書庫にあるって聞いたことあるだろ?」

「それはありますが、エナ様は奥の書庫には何もなかったとおっしゃってました」

「ああ。先ずは奥の書庫には何もないという事実を確認しに行くんだ。間違ってないだろ?」

「それはそうですが……」


 そういえば以前ノキアからも奥の書庫に関しての話を聞いたことがあった。

 たしか、部屋の中央に柱があって壁沿いに本棚が並んでいる、あまり広くない部屋と言っていただろうか?

 例え止まぬ風に関する情報が手に入らなかったとしても、わざわざ書庫として秘蔵されている本達の部屋だ。

 もしかしたら、魔力の目についても何か書物が見つかるかもしれない。


「ユケイ様、よろしいですか?」


 不意に話しかける声の主は、カインだった。

 彼は麻の布を両手で大事そうに持ち、その上には数個の小さな物体が置かれている。


「どうした?あ……、そうか。『アレ』はどうなった?成功したかい?」


 そういえば、俺はここしばらくカインと2人で()()()を作っていた。

 そしてそれを作るには工房の機材だけでは足りず、街の鍛冶屋までカインを使いに出していたのだ。


「はい。なぜ()()がこういう動きをするのかさっぱりわかりませんが、ユケイ様のおっしゃる通りの結果になりました」

「よしっ!……なんでそうなるかは説明しただろ?」


 俺はカインの手から小さな鉄の板を受け取ると、その出来を確かめてから彼に返す。

 それを受け取るカインは無表情で、手の中の物体にはさして興味を持っているようには見えなかった。


「……まあいいや。また後で説明するから、とりあえず言ったとおりにそれを仕上げておいて」

「はい、わかりました」

「それじゃあ、少し図書室に行ってくるよ」


 留守をアセリアに頼むと、ウィロットのじっとりとした視線を振り切って、アゼルと図書室へ向かった。

 

 しかし、カインとはどういう素性の人間なのだろうか?

 手先が器用だし、力仕事も楽にこなせるほどの力もある。助手としてとても助かってはいるのだが今一つ好奇心というものに欠けている気がする。

 アゼルの話によると自ら工房の助手に志願してきたという話なので、好奇心がないということは無いと思うのだが。


「そういえば、カインはアゼルの知り合いなんだっけ?」

「はい、そうですが……。何か粗相がありましたか?」

「いやいや、そんなことは無いんだけど。なんていうか、助手に志願してくれたっていう話だけどあんまり工房の仕事が楽しそうじゃないなって思って」

「ああ、そういうことですか。……カインは思っていることが外には出ませんから」

「そうか。だったらいいんだけどね」


 よく働いてくれているのだから、その上「楽しそうに働いてくれ」なんて理不尽な注文をつけられるわけがない。

 しかし、俺としてはもう少し……、なんというか……、まあ、はっきり言うと実験の成功を喜び合いたいのだが……。

 それが出来ないのは、やはり身分の差というものが俺とカインの間に横たわっているからなのだろうか。


 そんな話をしながらも図書室の前に着く。

 図書室の守衛はいつも通りに施錠された扉を開き、俺を室内へと通してくれた。

 俺はアゼルと別れ1人図書室の中に入る。アセリアがいれば図書室の中まで付き添ってくるのだが、アゼルは頑なに図書室へは入ろうとはしなかった。

 俺としてもそちらの方が好きに読書を楽しめるので、不満はないのだが。


 今日はノキアの姿も見られず、シンとした室内に一人で足音を響かせるのは楽しいような寂しいような、不思議な感じだ。

 俺はこの城に戻ってから、起きている間に1人になることがない。たまにする湯浴みの時ですら、必ず侍従がそばにいるのだ。

 この図書室だけが唯一1人になれる瞬間といってもいいだろう。


「さて……。それじゃあ早速……」


 はやる心を押さえて、俺はゆっくりと鍵の束を取り出した。

 奥の書庫への鍵穴は、一見閉じられているが鍵を差し込めば穴が開くという仕組みになっていた。おそらく鍵穴を覗いて仕組みが見れないようになっているのだろう。


「最初は王冠で、次は門……」


 王冠の鍵は装飾部分が黄色く着色され、門の鍵の装飾は黒色に着色されている。

 俺は王冠の鍵を差し込みゆっくりと右に回す。中から小さくカチッと音がしたのを確認すると、今度は門の鍵を差し込み同じように回した。

 コトンという小さな音は、鍵が開いたという合図だろう。

 このような仕組みの鍵を、前世でも見た記憶がない。これはなかなかに楽しい仕掛けだと思う。違う組み合わせで回せば、いったいどうなるのだろうか。


「さて、ついに開かずの扉が開く……!」


 俺は逸る心を抑え、ゆっくりと扉に力を入れると、それは抵抗もなく滑るように開いていった。

 そして、そこで俺が目にしたものは……


「……えっ?こ、これは……」


 背中にゾクッとしたものが走る。

 書庫はさほど広い部屋ではなかった。10畳ほどだろうか、確かに全ての壁に本棚が備え付けられてあり、そこには様々な本がぎっしりと並べられている。

 採光窓(さいこうまど)が図書室より狭いのか、奥の書庫は若干暗いような印象を受ける。

 しかし、問題はそこではなかった。


「ノキアお兄様もエナお兄様も、ここには何もなかったって言っていたのに……。これは関係ないっていう意味なのか?」


 室内の中央には、以前ノキアから聞いた通り、確かに一本の柱が立っていた。

 俺はその柱をぐるりと回って確かめる。


 柱の一辺は50センチ程の正四角柱だろうか、石を積み上げられているようだが柱の四隅は鉄製の柱で補強されている。

 そしてその柱の上部には、4面それぞれに薄く龍の浮き彫り(レリーフ)が施されていたのだ。

 そしてその浮き彫りの下に、小さな鍵穴がついた金属製の扉が備え付けられていた。

 龍の浮き彫りはそれぞれ別の形をしており、その瑞々しい作りはまるで生きて今にも動き出しそうなほど精巧なものだ。


「柱の4面に龍の浮き彫り……?」


 俺の頭にエナの言葉が浮かぶ。


「アルナーグの秘宝は……4体の龍に守られている……」

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