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水車と風車 Ⅷ

 室内に入ると、ノキアはぶるぶると頭を振り、それでもまだ信じられないものを見るような顔つきで俺を眺める。


「ユケイ……、なんというか、まるで魔法を見ているようだよ……」

「わたしに向けて魔法だなんて、お兄様も人が悪いですよ」

「いや、それはそうだね。すまない。けど、他に言いようがないよ。いったい何がどうなっているのか、教えてくれないか?」

「はい。実は今回の件は、この結末以外解決する方法が無かったのです」

「この結末っていうのは、何を指してるんだい?」

「それは、水利組合(ギルド)の方から、進んで()()()()()()ことです」

「そんなこと……、いや、実際にその通りになったわけだけど」

「どんな技術を使っても、水車の効率を風車が越えることはできません。であれば、どうすればこの結論に導けるかを考えるだけでした……」


 今回の勝因、それはバルハルクが優れた商人であったことが全てだ。

 最初に俺たちが水車小屋を訪れた時、もちろん非常に目立つ集団であったわけだが、バルハルクは真っ先に駆けつけて俺たちに接触をしてきた。並みの商人であれば恐らく状況を観察するなり、接触を後日にするなりするだろう。つまり、時間がそのまま金になるということが分かっているのだ。

 そして俺たちは数日後、バルハルクが水車の部品を作っている鍛冶屋を訪れる。恐らくその情報も、あっという間に彼に伝わっただろう。あの時鍛冶屋に見せたハンドスピナーの技術、あれは本人に見せるよりその価値を分かる者の目を通して伝わった方がいい。

 案の定玉軸受けの技術はすぐにバルハルクに伝わり、彼は風車の完成を予感し始める。

 ちなみにあの時カインが渡した仕様書は、玉軸受けに関係する部品もあれば関係しない部品も混じっており、組み合わせても技術の解析に至ることは不可能だった。


「鍛冶屋の後で風車に行った日、その帰りのことを覚えていますか?」

「その帰りのこと?」

「はい。帰りに幼い女の子に話しかけられたでしょ?」

「ああ、そういえばそんなことがあったな」

「あの時、おかしいなって思ったんですよ」

「えっ?あの少女が?僕は特に何も感じなかったけど……」


 ノキアは当時の様子を思い巡らしているようだ。


「あの時、彼女はわたし達を見て王子様と言ったんです。お兄様はともかく、公務も一切行っていないわたしにまで王子様と言ったんですよ。おかしくないですか?」

「そうか……、確かに!ユケイが王子だと知っているのは、親族と身の回りのわずかな者、そしてバルハルクだけだ!」

「はい。つまり、あの少女はバルハルクが遣わした者だったということですね。実はあの時、カインに風車の周りを見張らせていたんです。誰かこちらを窺うような人影が現れたら知らせるようにって」

「そしてあの少女が来たと?」

「そういうことです」


 そして俺はその少女に、でたらめな値段を吹き込む。そうすればそれはバルハルクにすぐに伝わるはずだ。もしそこで粉ひき料が半額になると聞かされれば、今後は少なくとも半額にしなければ商売は成り立たない。半額にしても、従来の半分の時間で粉ひきができてしまっては、同じ値段でも商売は危ういと思うだろう。


「もしあの少女がスパイだとして、粉挽の値段が半額だったとバルハルクが聞いたとします。そこでエナ王子から粉挽代を5分の3にする代わり、特典を与えると持ちかけられたら、お兄様ならどうします?」

「それはまさに、渡りに船だな……」


 例え粉ひき料が5分の3になったとしても、半額で商売をしなければいけないことを考えればそちらの方が得である。

 しかし、料金を5分の3に抑えるためには支出を減らさなければいけない。そこにもし、国から水利組合のヴィンストラルドが持っている債権、つまり借金を肩代わりするという申し出があったらどうだろうか?

水利組合はヴィンストラルドの債権があることにより、特権を受けている状態であった。それは逆に言うと、特権のためにいつまでもお金を払い続けなければいけないともいえる。

 後はどちらの天秤に、利益が多く乗っているかという問題だ。

 しかし実は、その天秤は全て俺たちが用意したものであり、皿の上の情報は俺たちに都合の良いように書き換えられたものだ。

 さらに時間の利点もこちらにあった。多くの人が半額の粉ひきを体験してしまうと、たとえ風車を取り潰せたとしても不満が残る。あとひと月もすれば小麦の収穫も始まるので、人の記憶に残る前に行動を起こさなければいけない。

 そしてバルハルクは手土産をもって、第一王子エナを訪ねたのである。

 もしバルハルクが状況を見て手をこまねいている無能な経営者であれば、1週間もしないうちに風車に持ち込んだ製粉後の小麦粉などは底をつき、実は風車が張子の虎だということがバレていただろう。

 しかし、バルハルクは優秀だったのである。


「ユケイは今年、何歳になった?」

「えっと、11才……です」


 年齢を聞かれるとどうしても前世での年齢が頭をよぎり、言いよどんでしまう。


「11才か……。正直キミが恐ろしいよ。すごい量の本を読んでいるとは知っているが、その知識……。いや、その知恵は、本から得られるものなのかい?」

「わ、わたしはお兄様たちと違って公務がありませんから、その分知識を蓄える時間があるのです……」

「そういうものなのだろうか?」

「もちろんそうです。そしてわたしの知恵は国の為だけに使われます……」


 一瞬ノキアの顔が強張ったような気がした。

 いや……。これが俺と彼との、本来あるべき距離感なのだろうか。


「そんなに知恵と知識を溜め込んで、いったいどうするつもりなんだい?」

「そ、そんな、目的などありません。ただ楽しいから、そして時間があるから本を読んでいるだけです」


 俺たちは兄弟とはいえ母親は違い、そして本来であれば王位を争う関係である。しかし、魔法を使えない俺を王子としては不良品だと侮ってくれているから、ノキアと俺との友好関係は成り立つのである。しかしノキアが俺の力を認め、王位を争うべき人間だと判断したなら……。

 背筋を何か冷たいものが走ったような気がした。

 しかし彼はふうと息を吐き首を振ると、すぐにいつもの穏やかな表情を取り戻した。


「いや、すまなかったね、愛しい我が弟。お互いにそんな顔はやめようよ」


 そう言いながらノキアは俺をそっと抱きしめた。

 おそらくノキアの緊張を感じ取り、俺もひどい顔をしていたのだろう。


「今回の件、ユケイには相応の褒美を出さなければいけないね。何か欲しい物はあるのかい?」

「わたしはお兄様のお役に立てただけで十分です。褒美なんて決して……」


 そこまで言いかけた時である。

 風車の扉が「バン!」という音をたて、勢いよく開いた。


「ユケイ様!」


 そこに現れたのは、逆光に照らされたメイド服を着た小柄な少女だった。

 風車内の全ての視線を一身に受けても全く怯まない光に包まれたシルエット。

 影になりその顔は判別つかないが、俺はその正体を一瞬で理解した。


「こら!待ちなさい!勝手に行っては駄目でしょう!」


 その後ろから聞きなれた、そして少し懐かしい声が聞こえてくる。


「ウィロット!!」


 俺の声に反応するように、彼女はパタパタと足音を立てながら一直線に俺の元に走って来る……ことが出来ず、途中でカインに首根っこを掴まれた。

 まるで猫みたいだ。


「どうしてキミがここへ?」

「はい!今さっきアセリア様とアルナーグについたところ、門の前でユケイ様と風車の悪口を言ってるおじさんに会いました。ユケイ様がいると思うと、体が勝手に走り出してしまって……」

「ウィロット!あなたは何のために3年も修業したのですか!ユケイ様、突然申し訳ありません……」


 昨日のことのように思い出せるのに、オルバート領を出てもう3年も経っていたのだ。

 そこには以前と比べてさらに綺麗になったアセリアの姿があった。


「アセリアも、元気そうで良かった。久しぶりだね」

「はい。ユケイ様も本当に大きくなられました……」


 彼女の目には薄らと光るものが見える。

 そんな俺たちを横に、突然現れた珍客にノキアをはじめ一同の空気は凍り付いている。

 その中、俺は1つの名案が浮かぶ。

 おそらくこれが、俺の人生の中で最も重要で、最も正解に近い名案だっただろう。


「お兄様、一つ褒美を思いつきました!わたしは自分専属のメイドが欲しいです!」


 しばらく後のことである。ノキアはその時、初めて俺の年相応の笑顔を見たと語った。

 そして王都アルナーグは、暑い夏を迎える。

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