水車と風車 Ⅶ
「お兄様、すごい行列ですね!街から少し離れているのでどれくらいお客が来るのか心配ではあったのですが、ここまで盛況になるなんて!」
「ユケイ!そりゃあ半額で時間も早ければ街はずれまででも足を運ぶだろう!」
「すぐに次の風車が作られるのではないかという噂が、そこらじゅうで立っているみたいですよ」
「それは君が流しているんじゃないのか?しかし、本当にこんなことを続けていて大丈夫なのか!?」
ノキアはそう叫びながらを指さした。
外の盛況ぶりや激しく回り続ける風車と違い、静まり返った室内。
そこには完全に動きを止めている杵や石臼が並んでいた。
「杵や石臼を外せば、風車は回るに決まっている。いったいこれに何の意味があるというのだ!?」
外の風車は小気味良く回っている。しかしそれは、風車に何か改良を施したわけではなく、ただ単に石臼や杵などの動力を切り離したため、負荷が無くなった分止まらずに回っているだけだった。
実は数日前から資材のふりをして風車に運び込んだものは、脱穀済みの小麦や製粉済みの小麦だったのである。
俺たちは風車の外に並んでいる人から製粉前の小麦を受け取ると、しばらく待って持ち込んだ製粉済みの小麦を渡し、脱穀前の小麦も同じように脱穀済みの小麦を渡しているだけだった。
つまり風車は羽根が回っているだけで中身は一切動いておらず、ただただ風車で脱穀や製粉したふりをして持ち込んだ物と交換していただけだったのだ。
「このままいけば明日には交換する物が無くなってしまう!その後はどうするつもりなんだ!?」
「お兄様、落ち着いて下さい。大丈夫です。例の方にお手紙はちゃんと渡しておいて下さったのですよね?」
「それはもちろんユケイの言う通りにしてあるが……」
「でしたら大丈夫です。風車に持ち込んだ小麦がなくなる前に、きっと全て解決しますから」
「解決するって、いったい何がどう解決すると……」
ノキアがそう捲し立てた時、急に風車の外が騒がしくなり、それに気づいた彼は言葉を止めた。
「何事だ!?」
外からは微かに馬のいななきや、恐らく列を作っていた人の悲鳴らしきもの、そして何かを怒鳴る男の声も聞こえてくる。
俺とノキアは顔を見合わせる。どうやら思ったより早く事態は動いたようだ。
護衛の間に緊張が走り、アゼルが腰から剣を抜く。他の護衛もそんなアゼルを目にし、慌てて武器を構えた。
「アゼル!待て!多分大丈夫だ……」
とはいっても、彼は剣を下ろそうとはしないが。
一瞬静寂が訪れた後、けたたましく扉を叩く音と怒鳴り声が聞こえる。
「開けろ!水利組合の者だ!勅令である!すぐに扉を開けろ!」
怒りを孕んだ男の声は聞き覚えがある。水利組合の組合長、バルハルクだろう。
俺はアゼルに目線を送ると、彼はゆっくりと扉へ近づいた。
「控えろ!!こちらにはユケイ・アルナーグ第三王子とノキア・アルナーグ第二王子がお見えになるぞ!不敬を働くならばこの場で叩き切る!!」
扉の外が一瞬で静まり返る。しかし、わずかな間をおいて再びバルハルクの声がした。
「王子様方がみえるとはつゆ知らず、大変失礼をいたしました。しかし、勅命を預かってきております。どうか扉をお開け下さい……」
アゼルはどうしたものかと俺の方に視線をよこす。俺は手の動きでアゼルを制すると、彼に代わり扉の外のバルハルクに声をかけた。
「それでは我々が外に伺います。しばらくお待ちください」
風車の外に出ると、馬に乗って駆けてきたのだろうか、そこにはバルハルクと彼の部下が数名、そしてそれをさらに遠巻きに先ほどまで風車の列に並んでいた者たちがいる。
バルハルクは俺たちに恭しく頭を下げるが、その瞳には明らかな怒りの炎が宿っているように見えた。
「ノキア王子、どうやら風車を見事完成させたようで、おめでとうございます。なにやらユケイ王子から新しい技術の提供を受けたとか。ぜひ我々にもお力を貸していただきたいものですな……」
おそらく玉軸受けのことを言っているのだろう。
「さて、せっかく風車が完成したところ申し訳ありませんが、今回は我々の勝ちです。我々水利組合は、第一王子エナ様の庇護を受けることになりました」
「それはどういう意味ですか?」
「エナ王子は風車のことを大変心配しておられます」
「心配とは?」
「風車はまだ技術的に不十分で、倒壊や羽が落下する危険性がある!だから今後、風車の建造は一切禁止にするとのことだ!」
痺れを切らしたのか、バルハルクはついに言葉を荒げた。
それに呼応するように、ノキアが珍しくも大きな声を上げる。
「貴様!エナお兄様に金を積んだな!」
「ふんっ!そんなことはどうでもいい。我々水利組合は第一王子エナ様の後ろ盾を得、そのエナ様が風車は危険だと言っているんだ。つまり……この風車の営業も、今日までということになります」
「エナ王子の庇護を受けるということは、ヴィンストラルドからの出資は?」
「その債権は全てアルナーグ国に譲渡することになりました。まさか両王家から出資していただくわけにはいきませんからな」
「ふん。それを餌に、エナお兄さまに取り入って俺たちの営業権を取り上げたかっただけだろう?」
「なんとでもおっしゃって下さい。我々も相当な条件をエナ王子に飲まされたのですから。はぁ……。まったくとんでもない物を作ってくれたものです。何はともあれ、風車はこれで終了、今すぐ営業を終了して下さい」
「良かったらその『相当な条件』というのを教えてくれないか?」
「それは……。それはもう貴方のお兄さまに聞いて下さい。全くあの守銭奴め……」
そう言いながら、彼らはとぼとぼとその場所を後にした。散々「我々の勝ち」と主張をしていたが、その後ろ姿は決して勝者のそれには見えない。
最後の一言は思わず漏れた本心だろう。不敬に捉えることもできるが、今回は見逃すことにしよう。
「まあ、本当はその相当の条件の中身は知ってるんですけどね。わたしがエナお兄様にお伝えしたことですから」
思わずにっこりと笑みがこぼれてしまう。
「ユケイ、その条件というのを知っているなら教えてくれないか?」
「はい。一つは水車の料金を現在の5分の3にすること、水車の数を年内に1.5倍、来年には2倍にすること、今後はアルナーグ王家以外の資本を入れないこと、ヴィンストラルドから受けている資本を全額アルナーグ王家へ譲渡すること、国から一名、会計監査員を受け入れること。鞭ばかりではかわいそうなので、その代わり税金の一部は免除する飴もあげます。落とし所はいりますからね」
「それはすごい条件じゃないか……。私が求めていた条件そのものだといってもいいくらいだ」
それはそうだ。これはノキアの要望を取り込んだ条件なのだから。
「それをバルハルクは全て受け入れたというのか?」
「おそらくそのはずです。受け入れなければ、もっと損をすると思い込んでいたはずですから」
「もっと損をすると思い込む?どういう意味だ?」
「とりあえず店仕舞いをしないといけませんから中に入りましょう。なんせ、我々は負けたのですからね。敗者は慎ましくしなければなりません」
俺たちはとりあえず、回っている風車を止めた。
風車が回る姿は雄大でとても気に入っていたのだが仕方がない。
風の国アルナーグという名に風車はとても馴染むが、風車が並ぶ風景は海の国シートーンに譲るとしよう。
それでも小麦畑に佇む風車は美しいと思う。