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水車と風車 Ⅴ

 俺たちは一度、水車小屋を後にした。

 帰りがけにも水車小屋の前には人の列が途絶えず、そこに並ぶ子供たちは俺たちに跪く。先頭の少女は、初めて会った頃のウィロットを思い出させた。


 再び俺たちは工房へ戻るが、ノキアの顔は明らかに沈んでいる。


「お兄様、風車の設計図はどこから仕入れたのですか?」

「ああ、シートーンから来たという商人から買ったんだ」


 海の国と呼ばれるシートーン。おそらくそれは前世のオランダのように、海風を利用した排水用の水車だろう。

 この場所では海風のように安定して強い風を見込むのは厳しい。

 であれば、風車の構造自体を改良するしかない。とはいっても、俺はその分野に専門的な知識を持っているわけではない。

 技術というのは長い年月の知識の積み重ねであり、一朝一夕でどうこうなるものでは……


「いや、待てよ……?」

「どうなさいました?ユケイ様」


 カインが不思議に、しかしさほど興味も無さそうに問いかけてくる。


「カイン、とりあえず『手回しコマ』を完成させようか」

「それは構いませんが。遊んでいてよろしいのですか?」

「遊んでるわけじゃないよ」


 彼は年が近いせいか、少し無遠慮な物言いが目立つ。俺自身そういうのを気にする性質ではないのだが、その度にアゼルが向ける視線が恐ろしい。そこにさらにウィロットが加わったら、いったいカインはどうなるのだろうか。


 結局この日はこれで解散になるが、俺はノキアに何点か調べ物を頼んだ。

 この場合、最も必要になるのは正確な情報だ。

 そしてその3日後。例の「手回しコマ」は完成し、俺たちは昼過ぎに再び集まることになった。



「これが手回しコマというものかい?」

「はい。なかなか楽しいでしょ?」


 渡されたそれは、ノキアの手の上で軽快な音をたてながら回っている。


「コマっていうから、てっきり地面の上で回るのかと思っていたけど。だから『手回しゴマ』なのか」


 ノキアはしばらくそれを眺めていたが、やがてコマが動きを止めると、特に感想もなくそれを机の上にそっと置いた。


「……それはいいとして、言われたものは調べておいたが今日はどうするんだい?」


 ノキアは一瞬でコマに興味を失ったらしい。彼の護衛が後ろからそれを覗き込んでいるのが微笑ましい。


「ではさっそく出かけましょう。先ずは鍛冶屋です」

「鍛冶屋はいいが、調べておいた鍛冶屋でいいのか?」

「はい。お兄様、案内してください。」


 少し心配気なノキアを横に、今回も同行するカインの手には、例の手回しコマと一巻きの羊皮紙が握られていた。


 俺たちはまた前回と同じような面子で、ぞろぞろと職人街へ向かうこととなる。当然目立つ一団だ、バルハルクの耳にはすぐに届くだろう。そもそもお忍びで行くということは、俺と兄の立場では許されない。


 その鍛冶屋は職人街の中央にあり、同じく鍛冶屋が並んでいるこの通りの中でもひときわ大きな作りだった。

 大きく開け放たれた入口からは絶えず鉄を打つ音や鞴の音が漏れ、前に近づくだけでその熱気に体がじりじりと焼かれる感覚を覚える。

 最近建て替えられたのか煉瓦で作られた真新しい建物はとても立派で、工房にこれだけ金をかけれるのだからよほど商いは順調ということだろう。


「すまんが親方と話がしたい。呼んできてくれ」


 アゼルが1人に声をかける。上半身裸で作業をするその男は一瞬煩わしそうな視線をこちらに向けるが、物々しいこちらの集団をみてぎょっとした顔を作り、急いで作業場から奥の方へ走っていった。

 数分後に先ほどの者が俺たちの元に現れ、奥の部屋に案内されることになる。

 そこにいたのはいかにも職人然とした体格の男だったが、小綺麗にした身なりやその仕草から察するにどうやら彼が親方なのだろう。


「申し訳ありません、大変お待たせしました。ノキア王子とお見受けしますが……」

「ああ、その通りだ。しかし今回用があるのは弟の方だがな」

「どうも、ユケイ・アルナーグと申します」


 相変わらず人と話す時の距離感がつかめない。どの程度の人間に、どの程度の言葉遣いで話しかければいいのか。少し下手に出過ぎてしまったが、今回はこれくらいが丁度いいだろう。


「この鍛冶屋が王都で一番細かい部品を作るのが得意だと聞いてきたのだが、間違いないですか?」

「はい、もちろんです。武器は作っておりませんが、城に収められている道具も多くは私共の部品を使っております。細かい部品でしたら間違いなく私共が最適でしょう。どうぞ何でもお申し付け下さい」


 そういうと男は深々と頭を下げる。


「実は、これの大きなものを作りたいと思っています」


 俺はカインに視線で合図をおくると、彼は例の手回しコマの真ん中を指でつまみ、羽を勢いよく弾いた。

 シャー……と小さな音をあげ、コマが勢いよく回りだす。


「……これは?コマですか?随分とよく回りますが……」

「ええ、最近わたしが作ったのですが、手回しコマといいまして……」


 コマは静かな音をたてながら回り続ける。


「ほほう……。手回しゴマ……。聞いたことがありませんな」


 回り続けるコマは、部屋中の男たちの視線を集めていつまでも回り続けた。

 結局コマは、カインの予想外の怪力さもあってかたっぷり2分ほど回り続ける事となった。


「こ……、これは……。随分と回りましたな……」


 親方の頭には汗が浮かんでいる。どうやら彼はこの価値に気が付いたようだ。


「はい。これは異国の玩具で、その国では「ハンドスピナー」と呼ばれていたものです。それを作る技術は失われて謎だったのですが、この度わたしが復活させました」

「はんどすぴなぁ……?」

「はい、ハンドスピナーです」

「あまり聞き慣れぬ言葉の響きですが……」

「ええ、異国のものですからね」


 異国どころか異世界の物だから、聞き慣れないのも当然だろう。


「このハンドスピナーの軸受けには特殊な技術が使われており、軸と軸受けの間の摩擦を従来の軸受けの千分の一にすることができます」

「せ!千分の一!?」

「はい」

「そ、そんなばかな……」

「いえ、実際に今見て頂いた通りですよ。この技術を使えば、ほんの小さな力でもコマは回り、回り始めたものは何時までも回り続ける……」

「なるほど……。凄まじい技術ですな……」


 前世で一時流行した玩具、ハンドスピナーの中心にはボールベアリングというものが組み込まれている。これは軸とそれに接する面の間に小さな球が挟み込んであり、その球が回転することにより摩擦を減らして羽がいつまでも回り続けるというものだ。

 ボールベアリングが活用されるようになったのは近代に入ってからだが、その発明は意外に古く、15世紀から16世紀にかけて活躍した科学者であり画家でもある、レオナルドダビンチがその基礎を設計したという。


「で、本日はそのはんどすぴなぁの作製を我々にご依頼いただけるということですか?」

「はい。正確には部品の一部です。わたしとしても、まだこの技術の全てを公開したいと思っているわけではありません。ただ、部品の中には非常に高い精度で作らなければいけないものもあり、わたしの工房ではどうしても作れないのです」

「なんと……。これの部品を我々に……」


 親方の瞳が明らかに輝いているのがわかる。

 その輝きは王族からの依頼だからというより、新しい技術の一端そしてそれがもたらす利益に向けてだろう。


「ユケイ王子は自分の工房をお持ちなのですか?」

「はい。城の中の離宮に自分の工房があります。どうでしょうか?依頼を受けて頂けますか?」

「それはもちろんです!他でもない王族の方からの依頼ですから、難しい内容だとしても必ず要望に応えて見せましょう!」


 急に跳ね上がった親方のテンションに一瞬気圧されてしまうが、俺も精一杯の愛想で答えて見せる。


「は、はい、ありがとうございます。ではとりあえず部品の仕様書を……。カイン、出してくれ」

「はい」


 カインは相変わらず寡黙で俺たちのテンションに引っ張られることは無いらしい。

 黙々と羊皮紙の紐を解き、机の上に広げた。



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