水車と風車 Ⅳ
案内された水車小屋は、比較的小型の物だった。
アンダーショットと言われる種類のもので、川の本流から水車用に支流を作り、高低差で水を水車に当てて回す仕組みのものだ。
設置場所が取れれば比較的効率が良く、呼び込む水の量を調節することで水車の仕事量も調整することができる、十分に研究されて作られているものに思える。
水車小屋の前には数名の人がそれぞれ籠を抱えて並んでおり、順番待ちをしているのだろうか、どれもが幼い少年や少女なのが気にかかった。
水路沿いの石畳は薄黒い苔を纏っており、建物の影にあたるせいかその上に列をなす子供達の表情は一様に重く暗い。
「なんというか……、気が淀んでいるな」
ノキアは人差し指で襟元を広げながらそう呟いた。
言わんとすることは解る。
水車の順番待ちをしている少年が1人こちらの正体を察したのか、両膝をついて頭を深く下げると、他の子どもたちもそれにならいだした。
「彼らは農奴ですか?」
「いや、おそらく順番待ちをして給金をもらっている街の子だろう」
「ああ、なるほど……」
粉ひきは1人分の作業を終える為に非常に多くの時間を使う。一キロほどの小麦を製粉するのにだいたい半刻程かかるというので、この水車で粉ひき機が何台動いているのかは分からないが、後ろの方に並んでいる子たちは恐らく丸一日ここにいなければいけないことになるのだろう。
この様子を見ているだけで、ノキアのいう水車の数が足りていないということは理解できる。
できれば水車の中も見ておきたいのだが……と、考えを巡らせていた時である。
「これはこれはノキア様。本日はどのようなご用件ですか?気になるようでしたらどうぞ水車小屋の中もご覧ください」
不意に俺たちに声をかける者が現れた。
「バルハルク……」
ノキアが小さくつぶやいたのは、恐らくこの者の名前だろう。
恰幅のいい体形に質のよさそうな服、そして緩みにやけた口元。紹介されなくてもだれか分かるような気もするが、念のために兄に尋ねる。
「お兄様、こちらの方は?」
「ああ、彼はバルハルク。水利組合の組合長だ」
もちろん予想どおりの相手だった。しかしそのノキアの言葉を聞いて眉を動かしたのは、バルハルクの方だ。
「お兄様ということは、もしやノキア様の弟君、第三王子のユケイ様でしょうか?おお!偶然の出会いに感謝いたします!私は水利組合を纏めております、バルハルクと申します。ユケイ王子とはぜひお会いしたいと思っておりました」
偶然の出会いというかなんというか。おそらくこの奇妙な集団の情報を受け、急いで駆けつけてきたのだろう。しかし、その情報を見過ごさずに主自らが現れるところからも、彼が抜け目のない人物であるということが分かる。
「わたしに会いたいと思っていた?」
「もちろんです!砂糖黍、甜菜に続く第三の砂糖を発見されたという話で市場は大盛り上がりです!ぜひ私共にも投資させていただければと……」
「あ、ああ……」
それに関して俺は何も権利を持っていないのだが、まあ説明してやることもないだろう。こういう形の出会いになったのはもちろん偶然だが、今日ここで彼に会えたのは幸運だった。どうやら彼は、俺が予想していた通りの人物だったらしい。であればノキアが言った金額のつり上げの件も、事実と思っていいのだろう。
「ではお兄様、お言葉に甘えて小屋の中も見せてもらいましょう」
「え!?」
せっかく見せてくれるというのだから遠慮することはない。
バルハルクもまさか王子が水車に入りたいなどと言うと思っていなかったのか、一瞬狼狽える。
まあ、こういう時は馬鹿のフリをして言うだけ言ってしまった方が得なのだ。
「どうしました?先程中を見せてくれると聞こえた気がするが。案内はしてくれないのか?」
「い、いえ、もちろんご案内させて頂きます。どうぞこちらへ……」
バルハルクは慌てて俺たちを水車へと案内する。
水車の中には2人の「粉ひき」と呼ばれる職業の男が、なにやら札を使ってゲームにいそしんでいる最中だった。
室内は細かい粉が舞い、ギー、ガタン……、ギー、ガタン……、というリズミカルな音を奏でていた。お世辞にも清潔とは言えない環境で、仕上がりを管理しようなどと全く考えてもいないように見える。
例えばここで蕎麦と小麦をひけば間違いなくその二つは混じるだろう。それは品質の低下はもちろん、深刻なアレルギーを引き起こすこともあるのではないだろうか。
競争相手がいないと堕落するという、その実例を目の前に見ているようだ。
石臼と3つ並んだ杵の一つは既に作業を終えていた。つまり、彼らは次の人の粉ひきを受け入れられるのに、それを無視して遊んでいることになる。
「お前ら!何をやっている!!」
バルハルクは粉ひきの手を蹴り上げ、弾かれた札が室内を舞った。
「客が待ってるだろう!さっさと次の奴を入れろ!」
「へ、へい、旦那」
1人はそそくさと外へ向かい、1人は杵を固定し臼の準備をする。
「申し訳ありません、お恥ずかしいところをお見せしまして」
バルハルクは露骨な揉み手をし、張り付いた薄い笑顔を見せる。
「働き手にもずいぶんと余裕があるようだが、水車の数をもっと増やしたらどうですか?」
「いえいえ、ユケイ王子。水車はこれでなかなか補修にお金がかかるのです。常に鍛冶屋や大工に交換用の部品を注文している状態でして、新しい水車を作るための部品が間に合ってないのです。臼も杵も常に取り替えなければなりませんので。それに我々は非常に多くの税も収めておりますし、出資していただいたヴィンストラルド様への返済もあります。我がギルドに水車を増やすなどという金銭的な余裕はとてもとても……」
彼は一気にまくしたてると肩をすくめてわざとらしく首をふる。わざわざヴィンストラルド国の名を上げたのは、宗主国の出資を受けているのだからお前らは口を出すなということだろう。
同じ金貨100枚を儲けるなら、20機の水車を使うより10機の水車を使って儲けた方が楽に稼げる。水車が余っているより足りていないという状態の方が値段も高く設定できるのだ。正しく独占市場の弊害。
そこへ風車を持ち込んで、水利組合の独占市場を崩すというノキアの考え方は正しい。
しかし……。
「我々の水車で賄える量はこれが限界です。ノキア王子が風車をお作り頂けるということで、我々もとても助かっています!しかし……、なかなか風車の羽が回っているところをお見受けしませんが、いつ完成予定ですかな?我々の水車は常に回っているというのに……。お力になれることがあれば何でもご相談下さい?出資以外でしたら何でも力添えいたします」
いったい商人が出資以外になんの力を貸すというのか。
バルハルクはノキアの方へ視線を向け、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
はっきり言えば、現状の環境で風車を使って水車の効率を上回るというのは不可能だろう。その為には安定的な風と、少ない風で風車を動かすという技術が足りない。
効率で劣るということは値段の設定で水車より安くすることはできず、水車の独占を崩すということはできない。せめて効率で並ぶかそれに近い程の能力を発揮できなければ、風車の運営自体を続けることができないのだ。
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