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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
図書室のお悩み解決王子
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毒見少女の憂鬱 Ⅱ

 廊下の柱に備え付けてある小さな魔石と呼ばれる装飾品には魔法がかけられており、それが生み出す魔法の光が足元を照らしているということらしい。もっとも、魔法が見えない俺にはその光を見ることは出来ないのだが。


「おやユケイ王子、ご機嫌麗しゅう。毎日毎日図書室通い、本当に精が出ますねぇ。今日こそは魔法を使えるようになる書物は見つかりましたか?」


 図書室を離れ廊下へ出たとたん、背後から急に声をかけられた。


「ネヴィル……」


 声の主はネヴィル・オルバート。アセリアの弟でありこのオルバート領の長男、実質跡取りといってもいいだろう。

 棘のある声から察すると、今日の彼はひときわ機嫌が悪そうだ。

 アセリアと同じく綺麗な銀髪を短く刈り込み、しかしアセリアとは似つかないふくよかな体系。年はたしか13才だっただろうか、何かと俺のことを目の敵にしているがそれも仕方がないだろう。

 本来であればこの屋敷で最も甘やかされるべき存在のはずなのに、自分より上の位である俺が来たことによりそれが叶わなくなってしまったのだから。


「ユケイ王子、廊下はさぞお暗いでしょう。わたくしめが足元を照らして差し上げます」


 彼はそう言うと、人差し指につけた指輪をくるりと回し、指輪に付いた石を内側に握り込んだ。

 そして必要以上大げさに腕をぐるぐる二度回すと、魔法の詠唱を始めようとする。


「ネヴィル!やめなさい!」


 廊下にアセリアの凛とした声が響き渡る。同時に、ネヴィルの動きがピタリと止まった。


「フン!」


 一喝を受けたネヴィルは面白くなさそうに俺を睨むと、カツカツと大げさな足音を立てながら来た廊下を引き返していった。

 わざわざそれをする為に待ち構えていたのだろうか。ご苦労なことである。


「ユケイ様、申し訳ありません、度々弟が失礼なことを……」

「いや、俺は気にしないから。今日は何時もより機嫌が悪いみたいだね」

「ほんとに。姉として恥ずかしいです……」


 アセリアはその不機嫌の理由がここにあることに気づいていないのだろうか?

 ネヴィルはまだ13才だ。大好きな姉がいけ好かない奴の付き人のようなことをしていたら、それは確かに気にくわないだろう。


「……ユケイ様はお若いのに本当に落ち着いてらっしゃいますね。さすが国王様の血を引いてらっしゃいます。本当にネヴィルもユケイ様を見習ってくれるといいのですが……」


 まあ、実際は前世も合計すれば40才を越えるおじさんなのだ。それとネヴィルを比較するのは多少酷な気もする。実年齢40才と考えれば、決して年の割に落ち着いているなんていえないだろうし。

 それを考えれば、20才であるアセリアの落ち着きようの方がよっぽど特筆すべきだろう。

 彼女は頬に垂れた銀糸の様な髪を耳にかけ、ニコリと微笑みながら再び部屋へ向かい歩き出した。


 たわいもない会話を交わしながら、厨房の前へ差し掛かった時である。


「あんた!いったいなんてことをしてくれたんだ!!」

「も、申し訳ありません!」

「申し訳ないで済むと思ってるのかい!?これがいったいどれだけの価値があるのか!」

「ご……、ごめんな……」


 緊迫した声と同時に、何かが激しく叩かれる音、そしてガラガラと調理器具だろうかが崩れ落ちる音が耳に飛び込んできた。

 俺とアセリアは思わず顔を見合わせる。

 大声の主には心当たりがある。あの声は恐らく料理長のマーフのものだろう。恰幅がよく人当たりの優しい、おふくろさんといった感じの彼女だが、今緊迫した声は普段の彼女を知る者からすれば自分の耳を疑うほどだ。


「ユケイ様、申し訳ありませんが少しお待ちいただいてよろしいでしょうか?」

「何かあったのかな?俺も一緒に……」

「いえ、そういうわけにはいきません」


 確かに俺が行っても仕方がない。


「……そうだね。じゃあ先に部屋に戻ってるよ」

「申し訳ありません……」


 アセリアは少しだけ何かを考えると、ぺこりと頭を下げてランプを俺に手渡し、足早に厨房へ駆け込んでいく。

 それから部屋に戻った俺の元にアセリアが現れたのは、およそ半刻程経った頃であった。


「何かあったの?」


 微かに疲れた表情を浮かべるアセリアに、俺は余計なことだとは知りつつ声をかけてしまった。


「あの、実は……」


 アセリアは何かを言いかけるが、その言葉を飲み込んだ。最終的にはいつもの笑顔を浮かべて、彼女は穏やかに首を振った。


「いいえ、何でもありません。ユケイ様のお耳に入れるようなことではございませんので……」


 そう言いながらも、彼女には何か物言いたげな表情が浮かんでいるような気がした。

 しかしそのわずか半刻後、その出来事の片鱗を目の当たりにすることになる。


 それは夕食の時だった。

 俺は夕食を基本的に1人でとる。封建制度の影が濃いこの世界において、身分が違うものが食卓を供に囲うことはない。

 つまり王子であり公爵である俺は、この屋敷の主であるオルバート子爵よりも身分が高いことになり、ともに食卓を囲むことが許される階級ではなかった。

 子爵の娘であるアセリアも当然同じである。何度か食事を一緒に取ろうと提案してみたが、彼女は頑なだった。

 目の前にまずは食器やナイフとフォークが並べられる。

 受け皿とされるもの以外は全てが銀でできており、それは全て自分の顔が映るくらいピカピカに磨かれていた。

 

 奥の方から美味しそうな香草の匂いが漂ってくるが、それが俺の前に来るのはまだまだ先だ。

 先ずは毒見役にそれが渡され、その者が毒を確かめながらゆっくりと飲み込む。飲んですぐに効果が発揮する毒ばかりではないので、飲み込んでしばらく経ってからやっと俺の元へと出されるのだ。

 毒見をすると食事が冷めるという話は聞いたことがあったが、実際にやってみてこのような手順があったことを初めて知った。

 さらに毒見役も毒が入っているかもしれないものをひょいひょいと口に運べない。その時点で時間がかかってしまうのだ。


 夕食が目の前に用意された後、いつも通りに毒見役の少女が部屋に入ってくる。


 いつも通りといっても、毒見がはじまったのはつい10日ほど前のことだった。10日前、それは俺が8才になった日を指している。

 はっきりいって魔法も使えない、わずか7才で城を追い出されるような俺を毒殺して喜ぶような輩はいないのではないかと思うのだが、当然毒見など無用だと言い出す権利は俺にはない。

 8才になった日。毒見薬として連れてこられたのは俺と同じような年頃の少女で、彼女は俺にただ一言「毒見役です」とだけ名乗る。その声には全く感情らしいものは感じられず、まるで紙に書かれた文字を意味も解らず発音しているような、そんな印象を覚えた。

 何の前触れもなく毒見役を用意されたことも驚いたが、それが僅か8才の少女であったことは尚更だ。

 アセリアが後ほど教えてくれたのだが、同年代、体格も体力も同じぐらいでなければ毒見ができないと説明され、それは確かにと納得はしたものの彼女の境遇に同情を禁じ得ない。

 その彼女とは食事の度に顔を合わせていることになるのだが、今日の彼女はいつもと明らかに違う。なぜなら、彼女の頬に大きな痣ができていたからだ。


 昼食の時にも当然顔を見ているが、その時にはそんなものは無かった。

 先ほど厨房の前を通りがかった時のことが頭を過る。おそらくあの時の叱責する声は彼女に向けられたものであり、頬の痣はその時に作られたものだろう。

 俺は思わずアセリアに視線を向けるが、彼女はじっと俺の目を見返したまま首を左右に振った。



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