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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
図書室のお悩み解決王子
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青い炎 Ⅴ

「彼女はピートの妻で、ここ最近は彼女に夜番をしてもらうことが多いです。」


 アセリアが彼女についての説明をしてくれる。

 ピートは確か、以前ビスと一緒に銅の緑青について聞きに来た男だ。ビスとは仲がよさそうに見えたが、彼がああなってしまった現在どう思っているのだろうか。

 ネヴィルは「ふむ」と言いながら顎を撫で、そのままぶっきらぼうに質問を投げかける。


「じゃあ昨日も夜番をしていたということか?昨日でたという人魂を、お前は見ていないのか?」

「あ、はい。わたしはちょうどその時、その、用を足しに部屋を離れていましたので……。部屋に戻ってマーフさんとあった時は、もう人魂は消えた後でわたしは見ませんでした」

「なるほど、わかった。じゃあ、今までこの部屋で人魂と呼べるようなものを見たことがあるか?」

「いえ、ありません。ただ……、1ヶ月ほど前ですが別の場所でなら見たことがあります」

「なに!?ほんとうか?」


 ネヴィルは急に声を荒げ、それを受けて女は体を硬直させた。

 その焦りは父を案じるからなのだろうが、アセリアに(たしな)められることとなった。


「ネヴィル、声を抑えなさい。お父様が起きてしまいます」

「あ、すいません、お姉様。……で、それはどこで見たのだ?」

「えっと、たしか階段の辺りだったと思います。青い炎が階段をゆっくりと昇っていくのを見ました……」

「それはどうなった?」

「はい。しばらくゆらゆらしていましたが、最後は燃え尽きるように空中に消えていきました……」

「そうか……。その時人影とかは見なかったか?」

「いえ、何もみてません」

「……わかった。ユケイ王子、どう思いますか?もしや魔女の(まじな)いで死神がお父様の部屋に少しずつ近づいていたのでは……」


 ネヴィルはおそらく、その青い炎というのが何かの呪いの源の様なものであり、それが徐々に近づいていると言いたいのだろう。

 青い炎……。空中を漂うということは何かガスのようなものが発火したということだろうか?しかし、それであるならそんなゆっくりと空中を長く漂うなんていうことは考えにくい。


「あの、俺も質問していい?昇っていくのを見たっていうことは、あなたはその炎を下から見上げてたっていうこと?」

「えっと……、はい、そうです」

「じゃあその時、何か変わったことはなかった?」

「変わったこと?特に何もなかったと思いますが……」

「本当に何もなかった?例えば変な匂いがしたとか」


 その時、彼女の肩がピクリと動いた。


「……いえ、なかったと思います」


 俺たちは一通り部屋の中を調べると、オルバート子爵の部屋を後にした。

 扉を開けると、ウィロットが持つ蝋燭が小さく揺れる。


「ユケイ様、どうでしょうか?何かわかったことは」

「うーん……。アセリア、今日はピートと会った?」

「朝は見かけた気がしますけど、それ以降はわたしも部屋にこもっていましたので……」

「あっ、そうか……。そうだよね。もう一つ気になることがあるからちょっと倉庫によっていい?」

「倉庫にですか?はい、わかりました。倉庫は一階です」

「あ、アセリアはちょっとピートを探して倉庫に呼んできてもらっていいかな?」

「わかりました」

「あと念のため警備の人も倉庫によこして」

「は、はい」


 アセリアと別れると、俺とウィロット、そしてネヴィルは倉庫へと向かう。

 ネヴィルの足取りは、決して軽いものではなかった。

 

「ネヴィル、もしオルバート子爵の症状が呪い……、いや、呪いじゃなかったとしても、何かそういうことをされるような心当たりは思い当たるかい?」

「いいえ。お父様は慈悲深く立派な方です……」

「そうか……」


 当然実の子の意見が参考になるとは思えないのだが、オルバート子爵に関してはそう悪い印象の話を聞いたことは無い。しかし、子爵という立場になれば、誰かの味方になった時点で誰かの敵になっていることもあり得る。


 倉庫は一階の、屋敷の中で一番奥にあたる場所にあった。

 廊下の突き当りに設けられた木製の扉は、分厚い板と鉄の鋲で補強されており、俺の力では開くのすら難しそうに思える。

 倉庫の扉にかけられた太い閂を外し、ウィロットとネヴィルが奥開きの扉を左右に押し開けた。


「ユケイ様、変な匂いがします……。入らない方がいいんじゃないですか?」


 ウィロットが露骨に顔をしかめる。

 確かに室内からはつんと鼻を刺激するような匂いが微かに漂ってくる。しかしそれは、珍しくもない嗅ぎなれた匂いだった。


「ああ、多分これはビスが持っていった『お酢』の匂いだよ」

「お酢?」


 ウィロットは鼻をひくひくさせながら、室内の様子を探る。

昨日、ビスが厨房からお酢と塩をもらっていくところに会っている。

 おそらく昨日もらったそれを使う前に、彼はこの世を去ることになったのだろう。

 倉庫には窓が一切なく、ウィロットが持つ小さな明かりだけでは奥までは全く見通すことはできなかった。倉庫という使われ方を考えれば、当然侵入者を排除するために窓は作られていないのだろう。


「ウィロット、この部屋の明かりは?」

「はい、十分明るいです」

「じゃあ明かりは俺が持つから、ウィロットは銅の祭器ってやつを探してくれ。もしかしたらそれは緑色をしているかもしれない」


 どうやら魔法の明かりは灯っているらしい。俺はウィロットから灯明を受け取る。


「銅なのに緑色ですか?」

「うん。ネヴィルも申し訳ないが手伝ってもらえる?手掛かりになるかもしれない」

「……はい、お父様のためになるなら」


 2人は手分けをして、倉庫の中を漁り始めた。時折何かをひっくり返すような大きな音が鳴り響くが、それはだいたいウィロットの仕業だった。


「ユケイ様!ありました!これでしょうか?」


 部屋の奥から、ウィロットが呼ぶ声がする。

 彼女の元に向かうと、壁際の大きな籠の中に、銅製と思われる様々な道具が入っていた。

 その中の一つ、おそらく燭台だろうか、それだけが緑色のサビ、緑青(ろくしょう)がまだらにこびりついている。


 緑青とは、正確に言えばサビではない。

 銅自体は比較的安定した物質で劣化に強い金属だが、時間を経ると段々緑色に変化をする。分かりやすい例が自由の女神像なのだが、それはこの世界の人に言ってもわからないだろう。

 自由の女神は建設当時、全体に銅板が貼ってあったため光沢のある茶色をしていた。しかし年月が進み銅板が酸化し、さらにその酸化銅が水分と炭酸ガス、塩分、硫化化合物と結びつき、緑色の被膜を形成するのだ。


「ビスがいいたかったのはこれのことかな?『他の銅製品は何ともないのに、燭台だけサビが発生してしまう』って……」


 確かに聞いた通り、燭台にのみ緑青が発生している。

 緑青が発生しやすくなる条件に、熱がその反応を加速させるということはあった。だからといって、熱が加わるだけで反応が早くなるわけではない。

 そう、熱があったとしても硫化化合物が無ければ、緑青は発生しないのだ……。


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