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才の無い貴族と毒見少女の憂鬱  作者: そんたく
図書室のお悩み解決王子
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毒見少女の憂鬱 Ⅰ

 この「ディストランデ」という世界に生まれる前。俺は地球という星の日本という国で生まれ、そこでは村上拓也と呼ばれていた。

 彼女いない歴=年齢で、ゲームグラフィック制作会社の下請け会社の下請け、上から下まで真っ黒企業で働く底辺社畜。

 残業が月間100時間を超えたのと同時に社内で倒れ、次に目が覚めたのは病院のベッドではなく美しい声と金髪を持つ、お母様の腕の中だった。

 

 ここが異世界だと完全に確信したのは生まれて1年ほど経った頃。

 その頃になればしゃべれなくても大体の言葉の意味は理解できる。日常の中に出てくる「ゴブリン」、「ドラゴン」、「魔法」という心ときめく異世界ワード。

 俺もついに異世界に転生したのか!どうやら俺の父親は小国の王らしい。つまり俺は王子であり異世界転生者!

 兄がいるようなので、王位なんて面倒くさいものはさっさと放棄して悠々自適にスローライフを!……と考えていた頃、俺には魔法の素質である「魔力の目」が全くないということが分かった。


 どうりで魔法という()()は頻繁に出て来るのに、魔法という()()が目につかないわけだ。

 暗い部屋の中、誰かが「明かり」の魔法を使ったとしても、俺にとっては真っ暗のまま。「暗闇の中みんな器用に歩くなぁ」なんて間抜けなことを考えていた当時の自分を張り飛ばしたい。


 魔力の目が無いことによる不都合は、当然それだけではなかった。

 乳母たちが俺を寝かしつけようと「眠り」の魔法を使っても当然無効(レジスト)。指を挟んで怪我をした時、神官が「癒しの奇跡」を使っても当然無効(レジスト)。それから実験でいろいろなバフ・デバフの魔法を使われたが、その結果は全て無効(レジスト)だった。


 この世界は魔法能力第一主義では決してない。

 しかし完璧を求めなくとも、誰もが持つ「魔力の目」を持たない人間が、王家の血筋から産まれたというのは王家の名に傷をつけることだったのだろう。

 俺はまだ歩くこともできないというのに、早速()()というやつを体験することになる。

 その時に俺のお気楽な人生計画は足元から音をたてて崩れ去ったのだが、俺以上に落胆したのは俺の周りの人間だ。

 

「第一王子じゃなくてよかった」俺がまだ言葉を理解できないと思って、おそらく100回は言われただろう。

 俺を亡き者に……という声も正直あったが、母は俺を絶対に手放さなかった。

 それ以外にも第二王子が意外に俺のことを気に入ったため、俺も赤子ながら全力で第二王子に媚びを売りまくった結果、何とか首の皮一枚で生き残ることができたのである。

 

 それからの俺は城の図書室に籠り猛勉強をした。

 俺にも何とか魔法を使う方法は無いのか?

 しかし、絵画の教科書に()()()の開け方が載ってないように、魔法関係の書物をどれだけ漁っても、「魔力の見方」は書いていないのである。

 それでも俺は希望を求めて図書室に籠り続けた。

 それが不気味だったのだろうか、俺が七才の時には辺境の子爵の家へ預けられ……要するに追い出され、そしてそれから一年の歳月が経つ。



 俺の名はユケイ・アルナーグ。

 風の国アルナーグの第三王子として生を受ける。

 前世と同様に真っ黒な髪だが、前世どおりのブサメンを引き継がず、年相応にかわいらしい見た目をしているのは幸運であるといえよう。

 もっともその中身は、前世36年分の人生があるために40過ぎのオッサンなわけだが。

 

「ユケイ様、そろそろお部屋にお戻りになりませんか?」

「え……!?あ、ああ。うん」


 深く考え込んでいたため、不意にかけられた声に奇妙な返答を返すこととなってしまった。


「ユケイ様は難しい本をお読みになりますね」

「そ……、そうかな」

「ええ。せっかく先代様が沢山書物をお集めになったのに、ユケイ様がオルバート領にお越しになる前はほとんど図書室が使われていなくて、少し残念に思っていたんです」

「そうなんだ。こんなにいっぱい本があるのに、もったいないね」

「わたしが知ってる限り、弟のネヴィルは一度も図書室に足を踏み入れたことはないはずです」

「ふふふ、確かにネヴィルはゆっくり本を読むっていうタイプではないかもね」


 俺に優しく声をかけた女性。彼女はアセリア・オルバート。

 俺が現在預けられているオルバート子爵の長女であり、ここでの俺の世話役兼教育係を任命されている。

 年はたしか20才だっただろうか、絹のように長い銀色の髪を後ろで一つに束ね、歩くたびに揺れるそれはまるで湖にさす月明かりのようだった。

 優しく聡明で、知性に溢れたその振る舞いは、先ほど名前が出た彼女の弟ネヴィルと比べれば、同じ血を分けた兄弟であることが疑わしく感じる。

 そして彼女らの父であるオルバート子爵は長い間体調を崩しており、俺がこの屋敷へきて一年ほど経つが、数えるくらいしか顔を合わせていなかった。


「また雪が降りだしています。寒い図書室におりますとお体に障りかねません。今日はこれぐらいにして、お部屋へ戻りましょう」

「え?雪?ほんとだ……」


 彼女はそう言うと、読書台から鎖でつながれた革張りの本を重そうに持ち上げ、本棚へと戻した。

 窓の外を見ると、いつの間にか大粒の雪がしんしんと降り注いで外の木々を真っ白に染めていく。もうすぐ春を迎える季節だが、寒いこの地域ではまだ雪が降るのか。

 外の寒そうな風景が目に入ると、途端に体にも震えが来るようだ。


 図書室と言われて思い浮かぶのは、やはり学校の図書室だろうか。しかしこの屋敷にあるそれは、蔵書数がせいぜい100程度の小さなものだった。

 壁一面に木製の本棚が備え付けられ、等間隔に読書台が設けられている。

 この世界の本は一冊一冊が大変高価なもので、100冊とは言え相当な財と意思がなければ集めることは出来ない。

 その書物、巻物、木簡は大切に保管され、本に関しては全てが盗難防止の鎖でつなぎ留められ、元々の重さも加わり8才の俺では読書台へ運ぶことすら難しかった。

 初めて図書室に入った時は壁中からぶら下がる鎖に異世界感を感じ、いたく興奮したものだ。


「あら?この本は以前にも読まれてますね?」

「あ、うん……。そうかもしれない」

「ユケイ様が来られて一年、図書室の本は全て読んでしまわれたのではないですか?」

「他にやることもないしね。それに本を読むのは楽しいよ」


 俺は室内をぐるりと見渡すと、読書台からぴょんと飛び降り彼女にそう答えた。

 娯楽が少ないこの世界だ。100冊程度の書物なら読み切るのにそう時間はかからない。

 俺が読書に没頭するのにはいくつか理由がある。

 その一つは、前世から引き継いだ膨大な知識とこの世界の知識をすり合わせ、そしてカモフラージュするためだ。


 理由はわからないが、なぜか前世の知識は色濃く残っている。

 それこそ、前世において八歳の頃に読んだ本の内容が、鮮明に思い出せるほどだ。

 なので、知識のすり合わせを行わないと、今世と前世の知識の境界があいまいになってしまう。場合によっては現世においてとんでもない非常識な発言や行動を取ってしまうことがあるのだ。

 もう一つは、わずか八才にもかかわらず膨大な知識を持つことに対するカモフラージュだ。


 その結果、俺に付いたあだ名は「図書室のお悩み解決王子」。


 微かに揶揄されているようなそのあだ名に違わず、俺は図書室の中で多くの()()を受けることとなっていたのだ。

 やることもないので、それは全く構わない。

 今まで受けた相談を上げると、例えばパンの酵母が膨らまないのだがどうすれば良いか?釘が抜けないのだがどうしよう?みたいな日常生活に沿ったものから、大きなものだと治水に関する相談もあったし、中には世界が「丸い」というのは本当か?というものまであった。

 まあ確かに奇妙なあだ名ではあるが、「魔法も使えぬ無能王子」と呼ばれるよりは幾分ましだろう。


 もっともアセリアの弟であるネヴィルは、俺のことを影でそう呼んでいるらしいが。


「ユケイ様の知識は本当にすごいですね。まだお若いというのに、この屋敷の誰よりも博学であらせられます。ユケイ様のおかげで領内の暮らしが楽になったという者も多くいますよ」

「そんなことないよ」

「けど、少しはお体も動かした方がいいですよ?春になったらそろそろネヴィルと一緒に剣の稽古などいかがですか?」

「ははは……。考えておく……」


 そう言いながらアセリアは読書台に備え付けられた菜種油のランプを手に持ち、俺は促されるままに図書室を後にする。


 日はまだ落ちる前だが日差しは弱く、石壁で覆われた廊下は冷たく薄暗い。

 シンと静まり返る廊下は少し不気味で、室内とはいえ呼吸をするたびにが白い吐息が姿を現す。

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[一言] 「それが不気味だったのだろうか、俺が七才の時には辺境の子爵の家へ預けられ……要するに追い出され、そしてそれから一年の歳月が経つ。」 今まで守ってくれていた母親が愛想をつかしたの?
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