私はどらやき
そんな戦闘モードのラルフに、アイシャがぴしりと言った。
「念願叶って、やっと、この国へつれてきたのに、やすやすとラルフに連れ帰らせると思う? リリーのことはすっぱりあきらめなさい。永遠にね」
「なんだと!? なら、俺も留学してやる」
ラルフの言葉を鼻で笑ったアイシャ。
「ラルフ、女装でもするの? 女子だけの学園だけど?」
「ああ、やってやる」
いやいや、ラルフ? 冷静になろうよ! 相当おかしなことを言ってるよ?
ジョルジュさんのひんやりとした声が響いた。
「おまえたちは幼児なのか? それに、ラルフ。今のおまえでは私の敵としては力不足だ。次期公爵として学ぶべきことは多いだろう? 遊んでる場合か? さっさと帰れ」
「はっ! ドラヤキとかいう食べ物に固執してるだけだろ? それなら、ドラヤキだけ食ってろ! リリーに関わるな!」
荒れまくるラルフがドラヤキのことを言ったとたん、ジョルジュさんの美貌に怒りの色がさしこんだ。
「ドラヤキを知りもしないくせに、ドラヤキを侮るな。ドラヤキの意味を教えてくれたリリアンヌ嬢に失礼だ」
私に失礼……?
ちょっと意味がわからないけれど、別に私は大丈夫です。
「それと、おまえの今の発言に異議がある」
ジョルジュさんは更にラルフに言い募る。
「あ?」
あのー、ラルフ……。
品のある冷たい美貌をもってしても、醸し出す雰囲気はならず者のようだよ……。
「おまえは、『ドラヤキだけ食ってろ。リリーに関わるな』と言ったな。だが、それは無理な話だ。そもそもリリアンヌ嬢がいなければ、ドラヤキを食べることはできないし、ドラヤキが食べ物だともわからなかった。つまり、リリアンヌ嬢に関わらずして、私のドラヤキはあり得ない」
……んんん?
ますますわからないけれど、ジョルジュさんが言いたいのは、私がどらやきってこと?
と、混乱していたら、ラルフがうなるように言った。
「リリーはドラヤキじゃない! 意味がわからないことばかり言いやがって」
ふむ、どうやら、ラルフは私と同じ解釈のようね。
「お兄様……。真剣な気持ちは伝わってはきますが、食べ物と女性を同等に語って喜ぶ女性がいるかしら?」
と、アイシャがため息をついた。
すると、ジョルジュさんが怒りをこめた声で言い放った。
「ラルフもアイシャも失礼なことを言うな。私は、リリアンヌ嬢とドラヤキを同等などと言ってはいないし、思ってもいない」
え? 違うの? 私もてっきり、どらやき=私だと思ったけど?
「さっきから、そう言ってるだろ!?」
ラルフが吠える。
「私もそう聞こえるわ」
と、アイシャもいぶかし気に言った。
ジョルジュさんは憂いのある美貌で、軽く息をはく。
「二人とも想像力も理解力もないな。それで、公爵や王子妃になれるのか? 嘆かわしい」
ちょっと、ジョルジュさん?
無敵の二人になんてことを言うんですか!?
両隣が怖くて見られない……。
私はあわてて口をひらいた。
「ええと、ジョルジュさん。私もそう思ってしまいました。でも、それはそれで大丈夫です! どらやきは大好きだったので。どらやきが私、……いや、ちがうか……、私をどらやきと思ってくださっても、全然失礼じゃないです。むしろ嬉しいくらいです!」
しどろもどろになりながらも、できるだけ、この部屋の空気を変えるように、明るい声で言ってみた。
ふと、部屋の後ろで控えている執事のロバートさんと目があう。
私をねぎらうように目礼をしてくれた。お疲れ様です……。




