爽やかな朝なのに
旅の疲れか、ジョッシュさんへの疲れなのか、どっと力がぬけた私……。
とりあえず、その日は、のんびりと過ごすことになった。
アイシャの自慢の図書室で見事な蔵書を見せてもらい、本も借りたのだけれど、あまりに疲れていたのか、読む前に眠ってしまっていた。
が、おかげで、目ざめはすっきり!
今日から、異国での生活が始まるのかと思うと、わくわくがとまらない。
それにしても、さすが筆頭公爵家の別邸よね。
用意していただいた客室がものすごい素敵で、お姫様になった気分。
非日常な感じに朝から浮かれてしまう。
朝、アイシャが迎えに来てくれて、朝食をいただくお部屋に案内してくれた。
すでに、ラルフが席についている。
「あ、おはよう! ラルフ。早いね」
と、私が声をかける。
「おはよう、ラルフ。よく眠れたかしら?」
と、アイシャも挨拶をする。
「おはよう、リリー、アイシャ。ああ、よく眠れた。が、俺の部屋だけ、なんであんなに遠いんだ?」
ラルフが訝し気に言った。
「遠い?」
「ああ、俺は敷地の端っこにある離れだった」
「え、離れ? 嘘でしょう? あそこは、普段、使わないのだけれど……」
と、アイシャが言い淀んだ。
そのまま、難しそうな顔で考えている。
アイシャ、どうしたんだろう?
あ! もしや、普段は使わない離れって……。
「え、そこ、何かでるとか……? 開かずの間みたいな、何かいわくつきなの……?」
思わず警戒する私。
というのも、私は怖い話は苦手なのに、幽霊みたいな存在をめちゃめちゃ信じている。
すると、ラルフは切れ長の目元を緩ませて、嬉しそうに言った。
「リリーの怖がりはちっとも変わらないな。そういえば、覚えてるか? 子どもの頃、遊びに来たリリーに、俺が、長い銀色の髪の女の怪談話をした時。その後、アイシャの後ろ姿を見て、リリーが飛び上がって怖がったんだよな」
そう言って、楽しそうに笑ったラルフ。
「ちょっと、ラルフ! あの時は、夕方で薄暗かったから、一瞬驚いただけだよ。すぐに、銀色の髪が輝いてたから、アイシャだってわかったし! アイシャの銀色の髪はそこらへんの銀色とは違って、月の光を集めたみたいなんだからね! それに、そもそも、ラルフが銀色の髪をものすごく怖がらせるような話をしたから!」
私は当時のことを思い出しながら、ラルフに苦情を言った。
「私の髪を褒めてくれて、ありがとう、リリー。そう、あの時のことは、よーっく覚えてるわよ、ラルフ。その後、ラルフが怪談話を仕入れてきては、全部、幽霊を銀色の髪の女に変えていたこともね!」
「え? そうだったの? やたらと、この国は前世の記憶と違って銀色の髪の女性がでてくる怖い話が多いんだなあって思ったんだけど……」
「全部、ラルフの嘘よ」
「なんで、そんなことを……?」
「リリーが私と仲良くしないようによ。嫉妬したんでしょ? ほんと、子どもの頃から姑息よね?」
そう言い放つと、アイシャがラルフをにらんだ。
「姑息なのは、そっちだろう? リリーは俺のところに遊びに来てたのに、図々しくやってきては、リリーが喜びそうな菓子や本で釣ってたくせに」
と、ラルフが冷たい声で言い返した。
爽やかな朝なのに、にらみあう美貌の二人。
私はあわてて割って入った。
「アイシャ。それより、ラルフの泊った離れは、何も問題はないんだよね?」
「いえ……、あそこは特別なお客様用の離れなんだけど、今は封印してるの」
「え、封印!? やっぱり、何か怖いことが……?」
と、悲鳴に近い声をあげてしまった私。
そんな私の顔をじっと見て、アイシャが静かに言った。
「リリーが怖がるから、詳しい話はしない。でも、リリーは優しいから、あそこで泊ったラルフには近づかないほうがいいわ。ラルフは図太いから大丈夫だけれど、リリーに縋ってくるかもしれないから」
え、縋る!? ……って、何が!?
私はあわててラルフを振り返った。
つまり、あそこに泊まったラルフに何か憑いているってこと……?
「そう言われれば、ラルフ……。ラルフの目の下に、うっすらクマがあるかも……」
ラルフは大きくため息をつくと、私のほうへ手を伸ばしてくるなり、無言で、私の頭をなで始めた。
「ちょっと、リリーをむやみに触らないでよ、ラルフ!」
と、アイシャがその手を叩き落す。
「アイシャが馬鹿みたいな嘘をつくからだろうが! 俺をリリーから遠ざけようとするなら、更に近づくだけだ!」
ラルフが怒った声で言い返した瞬間、パチパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。




