第九話 しんみりエンド?
洞窟の最深部……そこに広がっていたのは、村だった。
自然の洞窟の穴を利用したものか、あるいは豚族が自分で掘ったものか、まるでかまくらのような土の家が広大な空間に並んでいる。ヒカリゴケの灯りが、その丸い形を淡く映し出す。
……最も、その主の内の何人かは、先ほどの戦闘で既にこの世にいない。
「…………」
例え豚族が人間の敵であっても、あたし達は彼等からその生命だけでなく、家族の生活を奪ったのだ。それは果たして、肯定できることなのか?戦闘の高揚感が終わると、再びそんな感情が湧き出てくる。
そして、奥からあたし達に向かってとぼとぼと歩いてくるのは、老いた豚族……
彼の周囲には、先ほどの戦闘を生き残った戦士たちが5人ほど、護衛についていた。
「……人の子よ、主らは我らの最後の安住の地すら滅ぼすというのか?」
そして彼等の後ろには、小さな豚族の子供達が何人も武器を持ってついて来ている。
糞……周りのみんなはこいつら人間以外のいわば『獣』として見ているんだろうけど、現代日本に産まれたあたしには『人』として感情移入してしまう癖がある。こういうのには、弱いんだよ。
「長よ、どうか降伏してください。魔王への信仰を捨てこの地を去り、魔領に帰るならば命は取りません」
ミナは戦士たちに告げたよりも丁寧に、降伏を勧告した。彼女としても皆殺しは心苦しいようだ。
「魔領か……今の魔領は魔王様の支配が失われ最早秩序はない。魔王様がいなければ野生の原野と同じだ。主らがそこで暮らせぬのと同様、我らもそこで暮らせはせん。出来れば、見逃して頂けぬか」
「長、しかしこいつらは!!」
「魔王の為に最後の一人まで戦いましょう、長!」
若い豚族の戦士が長をはやし立てる。当然だろう、彼等にとってあたし達は戦友の仇だ。
「……2つ、質問があります。答えていただければ、見逃すこともやぶさかではありません」
ミナは、そう言った。
「ミナ、冗談でしょ!この後に及んで依頼未達で終わらせる訳?」
「将来に禍根を残す可能性がある。情にほだされることなく殲滅すべきだ」
早速ダーチャとロシュフコーが反対意見を述べる。
「……このパーティのリーダーは、私です。従えないのならば、此処で解散してもいいですよ」
しかし、静かに、威厳をもってミナはその意見を拒否した。
「ね、ねえフィス、フィスからも……もががが」
尚も食い下がろうとするダーチャを、ロシュフコーが抑えた。ナイス!
「……冒険者というものは、野蛮な遺跡荒しばかりだと思っていたが、主はどうも気品から違うようだな。良かろう、何が聞きたい?」
「長!」
まわりの豚族の戦士たちは不服そうだが……
「……この者たち、いや、このミナという女は信用出来る。仇討をしたいというのならば止めはせぬが、後ろにいる子供達の事も考えよ」
「……」
長に諭され、手に持つ槍やこん棒を下した。
「……では、先ず何故この洞窟は、これほど公爵領首府に近い場所にありながらこれまで発見されなかったのでしょうか?」
ミナが先ず疑問に思ったのは、その点についてのようだった。こんな場所にある隠れ家が見つからないなどおかしい。
「……アブラ公爵の力、豚族支配の仕組みを我々が解読したからだ。従って、我々の目的はそこからの同胞の解放だった」
門番の豚族も話していたが、アブラ公爵の力からの同胞、つまり豚族の解放の為彼等はここに留まっていたというのか。だけど、
「では、公爵はどのようにして豚族を支配しているのですか?」
本質的な部分をミナは尋ねた。……ミナの奴、公爵とやりあうつもりな訳?
「…………」
長は口ごもる。が……
「いいだろう、教えるとするか。奴は全ての豚族を直接支配している訳ではない。そもそもそれは効率が悪いのだ」
「では」
「奴は自らO-1からO-44という『直属の部下』を通して、その支配力を他の豚族に広げているのだ。例えば、O-1はO-1-1からO-1-34までの豚を支配しているとされる。そこで、私はある手段を用いてこの一帯の監察を任務とするO-32を支配から解き放ち、彼から偽の情報をアブラ公爵の『念話』に流させることでこの位置を隠匿してきた」
成程……まてよ、逆に言えば、
「アブラ公爵って、人間の部下はいないのか?」
その質問にはミナが答えた。
「文官にはいるわ。……但し、常に豚族が監視しているそうだけどね」
成程、逆らえない状況を作ったうえで、その能力を利用しているという訳か。
「ではもう一つ質問をします。あの食人鬼の事です。あの怪物化はなんですか?」
「…………」
長は再び口ごもった。が、しばらくして話始めた。
「……『魔王の因子』……主らの言葉でいえば『御神体』やら『聖遺物』といった所か。それの影響だ。O-32を公爵の支配から解いたのも、あの食人鬼を我らの切り札として用意させたのも、そう呼ばれる魔王の遺体の欠片が持つ巨大な『闇のマナ』の力なのだ」
「魔王の、遺体……」
遺体の欠片にすら、あれだけの力があるとすれば、生前の魔王の力、そしてそれを倒した全盛期の『昇竜の血』とは一体……?ま、まあアブラ公爵は能力的に雑魚散らし担当としても、他の3人は相当な実力者だと見ていいわね。
「…………食人鬼の遺灰を見てみるがよい。燃え残っているはずだ。それをどうするかは……主らに任せよう。いずれ、奴を失った我らにもう人間と戦う力はない。我が夢破れたり、だ」
「……分かりました。『王国政府』と敵対しない以上は、あなた方が此処に残り暮らせるように私から手配しましょう。では」
ミナはそう言うと、踵を返す。
「行きましょう、皆」
「……りょ、了解」
不服そうな二人も、バックスタブを警戒しつつミナの後に続く。
ちょっと拍子抜けだったけど、あたしとしては皆殺しにするより遥かに後味のいい結末がそこにあった。
◇
激闘が行われた広間に戻ると、ミナは早速、食人鬼の遺灰を探り始めた。
「ミナ、例のものを持ち帰る積もりか?」
ミナは頷く。
「……報酬替わりです」
「魔王の遺物だろう、危険ではないのか?」
ロシュフコーが問うが、
「ギルドへの報告に依頼遂行の証拠が必要でしょう。それに、魔術師協会に持ち寄れば、少なくともギルドから提示された報酬以上の金額にはなります……」
そうしてかき分けていると、……紫色の燐光をかすかに帯びた、一本の人間の歯に見えるものが見つかった。
「これですね」
ミナはそれを、ローブの裏に隠したポシェットに入れる。
そして、あたしも……ロシュフコーとダーチャが考えもしない行動を取り始めた。
「ん、フィス?そいつらの死体なんかあつめてどうすんの?」
あたしは、この場で死んだ豚族達の遺体を部屋の中央に引きずっていく。
「……ミナ。豚族達の葬儀ってどうやるか知ってるか?」
「……遺体は燃やし、灰に還すそうよ……フィス、ひょっとして」
何となくそうだと思っていたが、ミナの返答は期待通りだった。
「まあ、感傷の問題かもしれないがな。せめて弔いくらいしてやろうぜ」
「……分かりました。ラ=ザイナ=ウルス、我が敵を燃やせ、ファイア」
ファイアの魔法が、豚族達の遺体を火に包む。
……この程度の火では灰まで行くか分からない、所詮はあたしの自己満足かもしれない。だけど……
「やらないよりは、やった方が良い」
「まあ、ゾンビ化の心配は無くなるな」
ロシュフコーが実利の面のフォローを入れる。
こうして、『白刃の煌めき』としての初めての冒険はしんみりと、終わりを迎え……
「あぅ」
不意にミナがふらつき、倒れる。
「ミナッ?大丈夫?」
ダーチャが声をかけるが、
「……頭が、痛い……」
の呟きを最後に、彼女は意識を失ってしまった。
「マナ中毒の症状だな。今日は無理をし過ぎだ」
マナ中毒?……魔法を使わせ過ぎたってことか。半分はあたしにも責任があるわね。
「まあ肩ぐらい貸してやるか」
すっかり力の抜けたミナをロシュフコーと二人で運び、『白刃の煌めき』としての初めての冒険は今度こそしんみりと、終わりを迎えたのだった。




