第七話 洞窟の巨人
「同胞の解放……?」
門番の豚族が喋った言葉は、意外なものだった。
「フン、そうだ。俺はそれ以上のことは知らん……知らんから、縄を切ってくれ」
……嘘は付いていない、かな?
「だーめ、うちらが洞窟出るまでは転がってな」
ダーチャが慣れた手つきで門番に猿轡をかませる。コイツからは、恐らくこれ以上の有益な情報は吐かせられまい。彼を捨て置き、あたし達は洞窟の中へ侵入する。
「どちらに転ぶにしろ、いずれ力づくか……」
後方からは、今だ薄く陽の光があたし達の背中を刺す。思わず零れ落ちたと見えるミナのつぶやきを、
「……依頼を遂行するか、迷っているのか?」
あたしはそう解釈した。彼等を葬り去ることが、果たして魔王復活の足跡を辿る事になるのか。もし公爵が魔王になる可能性があるのなら、それをむしろ助長するのではないか。
「余り考えるな、ミナ。我らはあくまで冒険者だ。クライアントからの依頼をこなすのが最優先。魔王の事は、今のところオマケだ」
あたしの考えをロシュフコーが代弁してくれた。
「え、ええ……ごめんなさい」
少し俯き加減になるミナ。ま、そういう大局的なことを考えるのはリーダーの仕事だわな。
やがて、陽の光は完全に届かなくなる。暗いよ、怖いよ、あたしホントはただの女子高生なんですけどー!!!
「……ラ=ザイナ=ウルス、火をともせ、トーチ」
先頭を行くダーチャが松明を取り出すと、それにミナが魔法で着火をする。ほっ……
「罠の類はうちが確認するけど、皆も気を付けて歩いてよ」
松明の炎を洞窟の奥へと向けつつ、暗闇を切り裂くかのようにあたし達は常闇の洞窟を進んでいく。湿気を吸った土で構成された足場は悪く、また足跡も先ほどの門番以外のものは見当たらない。このぐにゃっとなる感じ、あたし嫌いなのよねぇ。
それにしても……身震いする。人、あるいは豚族かも知れないが、人に類する生き物と戦うのは初めてだ。果たして、あたしに斬れるだろうか。暗闇の回廊は、そんなあたしの感情を引きずり込むかのように、闇を孕んで奥へ続いていく。
◇
周囲に見える鍾乳石からは石灰を含んだ雫がポタポタと落ちていく。
奥に進むにつれて、むしろその空間は広くなっているようだ。周囲には、ヒカリゴケが淡い燐光を放ち、最低限の灯りを提供している。道のわきに、ヒカリゴケが映し出す大規模なキノコの群落が見えた。精神に余裕があれば幻想的な光景なんだろうけど、いかんせん殺し合いをこの後に控えてるんですあたし達。
よく見てみれば砂利を引いた簡単な通路が整備されている。……この洞窟は、無人ではない。
「……門番の奴以外の足跡がある。どうやらここが『畑』のようだね」
ダーチャの言葉に、あたし達も同意する。敵は近い。
空気が、静かだ。
進む、進む、進む。
十分周りに警戒しつつも、あたし達は確実に前へと進んでいく。
…………
やがて、大体20畳程度の『部屋』と呼べるくらいには広い場所についた。天井も高く、学校の体育館位のスペースを感じる。右手に見えるのは面積10平方mほどの小さな地底湖。
そして左手には通路への入口。……その両脇に、松明が掲げられていた。
……緊張が、走る。
― 刹那
『上から来るぞ、散開しろ!!』
フィスの声が、脳裏に轟く!
「皆、散開しろッ!!」
あたしは叫び、そして自身も飛びのいた。地面を転がりつつ、大剣を抜く。……顔に泥が付いたじゃない!
次の瞬間、丁度あたしの居たあたりに、ズドンと地響きを立てて大岩が落下した。
「見て、地底湖の向こう岸!」
ダーチャが叫ぶ。あたしがそっちを向くと、灯りが十分でないのではっきりとしたシルエットは分からないが、身長3mほどの人型が直立していた。
「巨人!?」
……巨人か、ならかろうじで『人間』じゃない。きっとあたしにも、斬れる。
「我らの安住の地を踏み荒らすならず者共よ。貴様らも公爵と王国政府に肩入れするのか!」
地響きを起こすかのような大声が聞こえる。恐らくはあの巨人のモノだろう。
「戦乱の末に禁じられた魔王を奉じる異端者共よ、今すぐその信仰を捨て王国政府に従え、さすれば命だけは助けよう!」
ミナが返す。明らかに売り言葉だ、相手が承諾することを恐らく一ミリたりとも考えてはいない。
彼女としても、知的な生き物を問答無用で処断するのは気が引けると見える。
でも……何よりここまで来たのだ、依頼を遂行しなくちゃな!
「下種が。その言葉、汝らの命で償うがいいッ!!」
その言葉と共に、2つめの大岩が飛んでくる。
同時に通路の方から、20人ほどの豚族がこん棒などの原始的な武器を持って飛び出してきた。幸いにして相手に人間はいなかったが、それでも……同じ言葉をしゃべる事の出来る知的種族を果たして、あたしは斬ることが出来るだろうか。
「……やるしか、ないのか」
手汗が止まらない中、戦いのゴングは鳴った。雄たけびを上げ、ミナ目掛け突っ込んでくる豚族たち。
「やらせないよッ!!」
ダーチャは松明を放り投げ、その内一体の眉間に直撃、昏倒させると、その頭上に先ほど巨人が投げた岩が飛んでくる。
「ダーチャッ!」
あたしはサッと駆け、間一髪、彼女の手を引いて直撃を避けるが……
「あがっ!!」
地面に岩が落ちた後、砕けた岩の破片が頬をなでる。ダーチャの右脚に破片がまともに当たる。
「フィス、うちに構わず、早くッ!!」
「ああ」
ダーチャの促しもあり、あたしは恐怖を振り切って大剣を構えなおし、豚共の群れへ突入する。
ミナに迫る豚共を、ロシュフコーが槍をブンブン回してけん制しながら後退していた。
「ラ=ザイナ=ウルス、我が敵を燃やせ、ファイア!」
ミナが放った魔法の火球が豚の一体を直撃し、
「あ”ーッ!!あーッ!!あーッ!!」
のたうち回る様が豚族達に恐怖を与える。しかし多勢に無勢、2人は壁に追い詰められつつあった。
そこを、
「手前らの相手は、こっちだあああッ!!」
あたしの大剣で一閃。鉄の奔流をまともに受け、ミナ達を取り囲む豚族の内3人ほどの豚族の上半身が、下半身とおさらばする。あたしは戦慄した……自分の作り出した光景の凄惨さに。
豚族がこちらに振り返り向かってくる。地底湖の対岸からは奴らの親玉と思しき巨人からの岩による援護射撃、第3射。……あたしは、立ちすくむ。
『右に躱せ!!』
フィスの言葉に、あたしはようやく目を覚まして右に大きく飛んで岩を躱すと、あたしに襲い掛かろうとした2体の豚族が、親玉の投げた岩をまともに喰らって潰されてしまう。
「畜生あの脳筋がッ!!」
豚族の一人が悪態をつくと、次の瞬間にその豚族の眉間をロシュフコーの槍が貫いていた。
豚族達は防衛部隊の3分の1をやられ、明らかに尻込みしていた。あたしも、流石に感情を吹っ切って戦闘に集中する。何か、あのデカブツを引きずり出す方法はないか……
「やい親玉、お前対岸から味方が負けるの見てて恥ずかしくねーのか!!」
もう二人ほど豚族を斬り裁くと、試しにあの岩投げ野郎を挑発してみる。
「貴様ぁ……!」
お、効いた効いた。巨人はドスドスドスと足音を立てつつ、此方に向かってくる。
地底湖の底を踏み荒らし、水しぶきが此方に飛んできた。
「ひ、ひええええッ」
豚たちはその様を見て、逆に奥の通路へ逃げていく。……何と言うか、士気を上げてもいいものを。
「グルルルルゥ」
ここに来て、初めて巨人の全身が明らかとなった。顎髭とぼさぼさの髪の毛が繋がり、まるで鬣のようになっている。その口には巨大な一対の牙。
「食人鬼か」
ロシュフコーが吐き捨てるように言う。
「フィス、こいつは親玉ではないぞ。大方豚共が『生贄』を捧げて飼いならしていたのだろう」
「生贄って……」
「食人鬼と言うほどだし、その内容を話す必要ある?」
ダーチャからの突っ込み。最もでございます。それを聞いて、あたしは豚族への同情を断ち切ることが出来た。
そう言ってる間にも、突進のスピードを乗せた食人鬼の鉄拳があたし向けて飛んでくる。
「ひゃっ!!」
思わずバク転宙返り。……フィスの脳内から引きずり出したモーションにあったものだが、流石に少し体に無理をかけたか……背の筋が痛い。
鉄拳に直撃された地面が大きく穿たれる。
「オオオオオオオッ!!」
牙をむき出しにして雄たけびを上げ、尚もあたしに襲い掛かろうとする食人鬼。
右腕を使い、今度は横に薙いできた。
「やばい、躱せ……」
「ラ=ザイナ=ウルス、火球を以て敵を討て、フレイムボール」
そこにミナが魔法で作り上げた、先ほどのファイアより大きい火球が奴を直撃する。
爆発。あたしに襲い掛かろうとしていた奴の右腕が吹き飛ぶ。
「助かった、ミナ」
「まだよ、止めをッ」
「ああ」
あたしは大剣を構えなおし、失った右腕の付け根を左手で抑えてのたうつ食人鬼を、
「でりゃあああッ!!」
股間から思いっきり斬り上げる。
「あああああああああッ!!」
切り口は胸まで達し、血が思いっきり吹き出すと、食人鬼はあっさりとその巨体を地面に横たわらせた。




