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第四十二話 建国準備

 

 

― はぁ、はぁ、はぁ……

 

 

 腕に、こびりつく血の匂いを、蛇口をひねって水を出し、何とか流し落そうとする。

 

 包丁も洗い流す。

 

 だけど、だけど、どうしても取れない。

 

 血の匂いが取れない。

 

 それらを洗っているそのか細い腕は、明らかに、木本明菜のもの。

 

 ……ねえ、待ってよ。これ、何よ。あたしの中に、こんな記憶なんて無いわよ?

 

「自分に嘘をつくのはやめろよ、稀人まれびとの癖に」


 背後を振り向くと、そこには生意気なクソガキ……グラッシーが現れていた。

 

「お前さあ、認めろよ」


 な、何をよ。

 

「僕をサーベルで突き刺したように、……たいら 黒須くろす本坂もとさか 瀬利せりを殺したって」


 黙れ、あたしはやってない!!

 

 グラッシーは、いつの間にかあたしのサーベルを奪って、一歩、また一歩、……近づいてくる。

 

「……お前も所詮、僕らと同じなんだよ……」


 や、やめろ……

 

「認めろよ……」


 グラッシーはサーベルを振りかぶり、

 

「やめろおおおおおッ!!」

 

 振り下ろした。

 

「うわああああああッ」

 

 

 はぁ、はぁ、はぁ……

 

「ふぃ……す?」

 

 傍らにあたしの顔を心配そうにのぞき込むミナの姿。視界がはっきりしてくる。グラッシー城の5階、つまり、あの決戦が終わってすぐあたしは寝てしまったのだ。

 

「だい、丈夫……?」


 ……実際、一晩中大立ち回りを演じたのだ、無理はないけど……それは、ミナも同じな筈。

 

「……なぁ、ミナ。ミナは……その手で、人を殺したことは、あるか」


 彼女に問う。今回の件を含め、間接的に殺したことは何度もある前提で問う。

 

「あるわ」


 即答した。

 

「……そうか」


 彼女には、出来ればそうであって欲しく無かったが、……だけど、手を汚さねば生き残れない時代だ。

 

「グラッシーの遺体を葬ってやろう」


 あたしは立ち上がりつつ言った。取りあえず、これ以上夢に出られるのは御免被る。

 

 

― グラッシー城

 

 

 ミナはダナンに依頼し、レジスタンスの皆をこの地に集めさせる。

 

「取りあえず城の修復だな。大仕事になるぞ」


「……マジですか」


 ロシュフコーとダーチャも、ミナが出した結論に唖然としながらも自らの仕事を始める。

 

「……その、ミナ……」


 あたしは、彼女に尋ねる。

 

「本当にこれで良いんだな」


 フィス=フィルレーンがドミニア=フォン=ユーデリッハを娶り、同君連合の形でプラッシー公爵領を統治。

 

 最終的には国王の地位を目指す……これが、『エデン・プラン』の大まかな概要だった。

 

 ドミニア……ミナも、内部調略で4公爵の誰かを切り崩し、このプランを実行する場所を選ぶため冒険者へと身をやつしていたのである。

 

「私はあなたに賭けたの。大丈夫よ」


 無茶苦茶な……っていってもマイナスよりゼロの方がマシよね、領民にとっては……

 

 でもあたしはどーすりゃいいのよ……というか、

 

「ローク爺さんの依頼はどうなるんだよ」


「それはダーチャにお願いするわ。アブラ公爵領には『潜入』の形を取らなきゃならないでしょうしね」


 そりゃまた……

 

「任せてよミナ。取りあえず、入手しなきゃならない情報をリストアップして。今日中に出立するよ」


「しばらくは寂しくなるわね」

 

 かくして、ダーチャは依頼完了の報告兼情報収集の為アブラ公爵領へと出立した。

 

 それは、同時に冒険者パーティ『白刃の煌めき』のひとまず最期の活動となるだろう。

 

 

 ◇

 

 

 午後。エリーさんを含む、旧レジスタンスの生き残り達が城へと集まる。

 

 ……彼等は、自分達が成し得なかったことを(彼等の目から見れば)あっさりと成し遂げた『白刃の煌めき』を羨望の目で見ていた。

 

「今日集まっていただいたのは他でもない、グラッシー公の死をきっかけに旧奴隷狩り隊の者たちが統制を外れて領内で暴れる可能性があります。これを鎮圧し、また従う者がいれば傘下に加えたいのです」

 

 そして、スミカが(火傷はミナの治療で治ったけど、まだ体はうまく動かせないようで、杖を突きながらゆっくりと歩いて)前に出る。

 

「……済まなかった、僕は君たちを精一杯利用してきた。許してくれとは言わない。だけど、罪滅ぼしとして、君たちと彼等の役に立ちたい、それで、いいだろうか」


 ……レジスタンスの皆から、異論は出なかった。曲がりなりにもスミカは彼等の解放者であったから。

 

「……体が治ったら、いや今直ぐにでもマッタラ公爵領に戻りたい」


「な、だけど……!!」


 無茶を言うスミカをあたしは止めようとするが、


「隣接するディスタ公爵領、ルリアーナが攻撃を仕掛けてくる可能性がある。グラッシーに対するレジスタンスの発案者は彼女だが……恐らく、彼女は僕とグラッシーを共倒れさせるためにぶつけたんだ。僕の陣頭指揮で無ければ彼女には太刀打ちできないだろう」


 ……現状のプラッシー公爵領にある軍事力で、マッタラ公爵領を突破可能な戦力と戦うことは出来ない。

 

「……済まないわね、スミカ。頼めるかしら」


 ミナはスミカの方針を追認する。

 

「君らに対する……恩を返さないといけないからね。僕は……一人じゃないって思い直せたから」


 スミカに対し、ミナは出立ぎりぎりまで治療を行い、何とか歩ける状態で彼は所領へと戻っていく……

 

「また会おう、明菜」


「……うん」


 再会を、約して。

 

「大丈夫かな、いろんな意味で」


「彼は強い人よ、やり遂げるわ」

 

 ……ミナは、密かにレジスタンスの中から数人の護衛を彼に付けていた。きっと、大丈夫だろう。

 

 ◇

 

 

 グラッシー城攻略から一週間後、ユーデリッハから大名行列のような集団がグラッシー城に入場した。ミナがプラッシー公爵領の統治に使う人々らしい。法服貴族と思しき身なりの良い人々が次から次へと、護衛と世話人をそれぞれ幾人も引き連れてあたしとミナの待つ謁見の間に現れる。

 

 彼等は至る所で『白刃の煌めき』がグラッシー公を討ち果たした事、ミナの正体がドミニアだった事、フィスがドミニアと結婚し新たな統治者となる事を発信してきたそうだ。

 

 この日の為、ミナはユースリンクブルクにおける官吏、貴族層に対する優遇を強く行ってきた。しかし、彼等を玉座から見下ろすミナの顔は、余り機嫌のいいものではない。

 

「……」


 エリート層のご機嫌取りは、彼女の精神をすり減らすものだっただろう。半年間(確かそうだったよな)の冒険者としての出走は、その骨休めも兼ねてという事か。

 

「プラッシー公爵領は召喚獣による自動化で統治されていました、従って基礎的な統治機構を人の手で代替しなければなりません。開拓村数個単位で1市となし、あなた方一人ひとりを代官として派遣します」


 彼等に対するミナによる訓示。事実上、プラッシー公爵領のユーデリッハ公爵領による武力制圧のような状況……ぶっちゃけ抵抗運動が生まれないか不安だぞ。

 

「丁度、領民はソーマの効力が切れた頃よ。大丈夫、全てはうまく行くわ。……さて、地方に派遣する代官の他にも、中央で働いてもらう人々もいます。我々に対する反抗心を抑える為にも彼等には早速、最初の大仕事をやってもらいましょう」


「最初の……大仕事?」


「当然、私達の結婚式の準備よ、あ、な、た♡」


 ゲゲッ……そういえば、そうだった……


明日投稿分で一旦区切り、更新停止とします。

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