第三十八話 突き進め!
スミカの両手両足の関節が完全に伸びている。恐らくは激痛を感じているだろう。
……今まで彼がやってきた事の報いと言えば報いかもしれない。だけど、その執行人がより罪深い奴なら裁きとなど言えるか!
「……そいつを離せ。スミカを罰せられるのはお前なんかじゃない」
「屁理屈だな。現実、彼を殺せるのは僕だけだ。そして、それは君らの命運が尽きることも意味する。僕を殺せる存在は彼だけだったからね……」
傲然と答えるグラッシー。自らの罪を懺悔する気配などみじんも見せない。
「そうは限るまい、俺の刃だって先端は鋭いんだぞ!」
ミナが正気なら公爵相手にこういう発言をするのを止めたかもしれない。だけど、そんなの気にするか!
「刃があっても届かなければ意味がない……それは、下等生物であるこの世界の『NPC』共には不可能だからね。そして、恐らくは君にもだ」
残念ながらこいつの言っていることは恐らく正論だ。だけど、他人を見下していると痛い目を見るぞ!!
「爆弾の設置は完了した、離脱するぞフィス」
ロシュフコーとダナンが此方の方へ戻ってくる。
「……行きましょう、フィス。スミカの事は残念ですが……」
「……」
あのスミカを掴んでいるクレーンアーム、おそらく電力で動作させているだろう。
スミカを救出する為に(これもどうするか、要相談だが)制御系を潰すとすれば、配電設備を攻撃しないといけない。工場の爆破で、一時的に混乱が発生すれば……
「工場の事は心配しなくていい、此処が落ちても他にも設備はある。因みに、出入口はもう閉めたから君らも道連れになるがね!」
グラッシーはそう言い放つ。ああ、ここであたし達を足止めしたという事はそうでしょうとも。
……その糞ったれなガラス窓に映る面を、サーベルを構え、恐らく耐圧性の高いガラスだろう窓に当てると、
「破極尖空」
……やっぱりこの奥義、相手を柔らかくする効果もあるようね。派手な音を立てて割れるガラス。たちまちの内に、気圧差の影響で工場内の冷気が此方に吹き出て来る、そして、……眼下の遺骸から湧き出る恐ろしい死臭も。丁度、巨大なクレーンアームが死体を掴みに来たところだ。
……何とか、基部に5人乗れそうである。脱出路はここしかない。
「……クレーンアームに飛び乗るぞ。脱出路は考え得る限り、ここだけだ」
「ふぃ、フィス……!?」
口を押え、死臭に対する嫌悪感に満ちた表情で立ち上がるミナとダーチャ。
「だ、だけど、無茶だよ!!」
「もう脱出路は塞がれてる、他に道はない。……ミナ、『フィス』なら、こうするよな」
「……は、はい……」
「じゃあ、付いて来いッ」
丁度気流が収まった。まずは朕より始めよ。あたしは死体を掴んだクレーンアームに飛び乗る。
いてて……高低差があり過ぎてちょっと足をひねった。
「……他に手段がないならば」
ロシュフコーとダナンがそれに続き、少し、ミナが躊躇していた(小物入れからいつぞやの目型魔道具を取り出していた。今の光景を写しているのだろう)ものの、
「ミナ、飛び移れ。我が受け止める!」
「ダーチャさんも、早く!」
ロシュフコーとダナンの催促。
「……ミナ、行くよ。もう時間がないから、うちはミナを置いてでも行くからね」
ダーチャのこの言葉が止めとなった。
「もう、無茶してッ」
ロシュフコーがミナを、あたしがダーチャを受け止める。
そのままクレーンアームは上がり切り、処理場への道を行くが……いうまでもなく処理されるなどあたし達は御免だ。冷気と死臭の漂うなか、まずは脱出の手段を考える。
良く見渡すとその途上に、ガラスに囲まれたアームの操作室の中に入った配電盤らしきものと、その奥に緑色の非常灯を発見する。……日本と同じ建築基準で建ててるのかな、この建物。
「ダーチャ、ロシュフコー、懐にナイフはまだあるか?あのガラスは入口のほど頑丈じゃない、それで割れる」
「了解、ハッ!!」
ロシュフコーはナイフを取り出して投げ、ガラスを割ると、
「ミナ、あれがアームに動力を供給している。あの緑色の灯りの方から脱出できるから、魔法で破壊できるか?」
「分かったわ。ラ=ザイナ=ウルス、我が敵を燃やせ、ファイア!」
ミナの放った火球が配電盤に直撃し、目論見通りクレーンアームと、室内の冷却機能が停止する。
「うまく行ったわね。……」
アームから、操作室近くの足場までは1メーター程の距離。飛べない間隔じゃない。
「たっ!!」
まずあたしが、
「何とかなるわッ」
ミナとダーチャが、
「急ごう」
ダナンとロシュフコーがその間隔を飛び越えて足場へ飛び乗った。
◇
非常口を出ると、連絡通路のような場所にたどり着いた。
間一髪、あたし達が出て少しすると工場への通路が隔壁で閉じられる。
「はぁ、はぁ……何なのこの施設……何の仕掛けで動いているというの?」
「恐らくは電気制御……自動化の仕掛けをグラッシー自身が考えてやってるのだろう」
……こうミナの問いに返すあたしを見て、ダーチャとロシュフコーが向き合って頷くと、聞いてきた。……いずれ、あたしが明かさねばならないと思っていたことを。
「フィス、前々から思っていたが、お前記憶喪失などではないな……」
「稀人に、なっちゃったんだね」
二人が聞いてきた事に、頷く。
「ああ、そうだ。だけど、フィスの魂はこの肉体にまだ生きている。俺はフィスとして皆の役に立ちたい、構わないだろうか?」
あたしの問いに、
「分かっている。お前に頼らせてもらおう。先ほども、お前の判断が無ければ皆死んでいた」
「正直、少し腹が立ってるよ。何で早く言ってくれなかった、ミナも知ってて黙ってた事をね。だけど……それでも仲間だもん、これからもよろしくね」
二人は了承を与えてくれた。
「……ありがとう」
刹那、後方から地響きが轟く。魔力爆弾が炸裂したのだ。
あの忌々しい死の工場はもう破壊された。だけど、……まだだ、まだ全ては終わっていない。
「皆……俺はもし間に合うようならばスミカを救出したい。その場合は……当然グラッシー公との直接対決になる。ミナ、リーダーとしてどうするか決めてくれ。このまま逃げ去る方を選ぶか、あるいは、ここで決着をつけるか」
あたしが話を振ると、ミナは毅然として答えた。
「フィスの意思がそうならば、私に異存はないわ。第一ここで逃げてもお尋ね者よ、それぐらいなら毒を喰らわば皿まで。みんなもそれでいいね」
他の三人も首を縦に振る。
「じゃあ行こう。まずは電源を破壊するんだ」
あたし達は、連絡通路を駆け出す。決着の為に。




