外伝5 カイン=ナ=マッタラ
僕は明らかに焦っていた。こんなことになるなんて、思っていなかったんだ。グラッシー城さえ落とせば王位を手に入れることが出来る、単純にそう思っていたと思われても仕方ない。
グラッシー城は5階建て、この前来たときにその構造は完全に頭に入っている。4階にはバルコニーがあるので、
「ラ=クラウレア=フィン、われらの足に翼を授けよ、フェザー」
このフェザーの魔法で空を『歩ける』様にして、歩いてバルコニーから侵入する。魔力障壁が有ったが、これは『魔王の因子』で解除可能だ。
地上に残ったレジスタンスの皆には悪いが、僕の為に囮になってもらおう。
……でも、それにしたって……
「……意外と、警備が薄い……?」
僕が侵入している事を、グラッシー、塔野くんは分かっている筈だ。
だとしたら僕は、
「誘いこまれたという事か……」
4階は謁見の間。グラッシーの寝室がある5階にはここを通る必要があるが、……その広いスペースを利用して5体もの三つ首犬、ケルベロスが所せましと配置されていた。
「扱いが再生怪人だね」
こいつが『白刃の煌めき』に敗れたのに、塔野くんはよく量産したものだな。
『孤独』を構える。前面に出た2体が焔を吐いてきた。
「ラ=ミーズ=グラア、波を起こせ、ウェーブッ」
魔法詠唱と共に僕の周囲に『波』が起こり、僕はその上に『乗る』。敵の吐いた焔は波に阻まれ僕へと届かない。
「ハッ!!」
波を加速させ、『孤独』の白刃が丁度敵の喉元を切り裂くようにぐるっと瞬時に移動。
あっさり、前面の2体が崩れ落ちる。元の位置に戻ると、
「GAAAAOOO!!」
残りの3体が左前、右前、正面から僕を押しつぶそうと同時に飛びかかって来た。
「フンッ」
先ず、正面から飛びかかろうとするケルベロスの腕を『孤独』で受け、
「流麗血華」
3つの首の喉元に2つずつ、瞬時に突きを入れ血の華を咲かせる。
残り2体の腕が僕に迫るが、僕はそのまま剣を回転させその双方を弾き、同時に2体分、6つの喉元を切り裂く。
着地。ケルベロスは地響きを立てて項垂れ、僕はスタッと安定して着地した。しかし、その刹那 ―
「……くっ、頭が……」
呪文を発動するためのマナを体に取り入れ過ぎたことにより発生する、マナ中毒の症状だ。塔野くんの狙いは直接対決前に僕を消耗させることだったに違いない。
専門の術士ではない僕は、体内にマナを取り込む鍛錬を十分には行っていなかった。明らかに、僕の慢心が招いた事態だ。
……権能に頼り、魔法を併用した速攻をせずにせずに1体ずつ倒すべきだったか?
しかし、その場合はその場合で肉体的なダメージは避けれ得なかっただろう。
……今から考えれば分かる。一人で塔野くんを倒すのは不可能だったんだ。
だけどその時の僕には自身の実力と権能に対する絶対の自信があった。何より僕は、古代スパルタをモデルとした軍事国家制を布くマッタラ公爵領の主だ。
絶対に弱さを見せるわけにはいかない。僕に従う荒くれ者共をこれからもひれ伏せさせる為に。
前へ、進む。
絨毯がびっしり敷き詰められた玉座の間より右奥へ進むと、そこには矢張り赤い絨毯の引かれた絢爛豪華な階段。……相変わらず、趣味が悪い。
玉座の両脇に5階の寝室へと繋がる階段がある構成。僕はその、大理石の支柱の立てられた階段を登っていく。
5階に付くと、生体認証式のロックがかかった重厚な扉が出現した。……思えば、彼はこちらの方面も得意だったな。
だけど、『孤独』にとっては扉など只のベニヤ板に過ぎない。例え罠があろうと、電撃程度では僕を倒せない。
「ハッ!!」
全てを切り裂くことが出来る『孤独』は、扉を切り刻んだ。
― 刹那
壁かと思われていた部分も含めて、塔野君の寝室への『シャッター』が全て開く。
「偽装!?」
「そうだ」
眼前に現れた、いくつもの図太いケーブルで天井にぶら下がった睡眠用ポッドに、収まった塔野君の幼児の肉体。
「いやあ、朱鷺色」
「……君は全く、少しは体を動かそうと思わないのかい?」
恐らくは、此処から全てを操作できる仕掛けになっているのだろう。きっと……地球に居る時から彼はそうだったに違いない。
「御免被る。それで、今日は降伏の条件を交渉しに来たのかな?いい加減国境を開いたらどうだい、どうせ大した事もしてない癖に」
「降伏の条件は、こちらから提示させてもらう」
僕は『孤独』を下段に構え、睡眠用ポッドへと突進する。
― 刹那
ポッドの前面で、降りるシャッター。
「小賢しい真似をッ」
僕は、シャッターを断ち切ろうとしたが……
「斬れ……ない?」
「その刀にかかっている魔化呪文を『魔王の因子』で無力化させて貰った。僕が持ってる、飛び切り大きいヤツでね」
……一度偽の扉を斬らせたのも、これを斬れると思わせる為だったってのか……だとすると、
― 刹那
背後から、何かが左右から僕に迫るのを感じる。そんな、こんなに接近するまで気付かなかったなんて!!
僕は回避行動を取ろうとするが、相手の方が早い。
『それ』は僕の右脚を掴み、次いで左腕を掴む。只の刀と化した『孤独』が地面に落ち、左脚と右腕も捕まれた。
『それ』は……絨毯の下に隠されたリニアレールを伝って音もなく高速移動が可能な、巨大なロボット式のクレーンアームだったのだ。玉座の間の絨毯の下に隠されていたに違いない。
「莫迦めが。ケルベロスは『コレ』を隠すための囮だよ。単に君は自分を消耗させるための時間稼ぎ用だと思っていただろ?」
勝ち誇った塔野君の声。わざわざシャッターを開き、自分の姿を見せる。
「……さあて、どうしてお前を捕えるのに、機械仕掛けを使ったか意味は分かっているな」
そんな、そんなモノ……
「分かり切っている。僕は『人間と魔物に殺されることはない』からね」
それが僕が貰ったささやかな権能。僕はこれを仲間内の4人以外に秘密にすることで、自身の不死伝説を作り上げた。
普通の人間なら致命傷になる傷を幾度負っても、僕はいずれ完全に回復し立ち上がった。思えば、魔王を倒せたのもこの権能のおかげだ。
だけど、今……
「僕はお前を殺せる。機械を介することで『僕の殺意』ではなく『機械の機能』として『結果としてのお前の死』を実行に移せるわけだ」
クレーンアームが両足を引っ張り始める。骨にヒビが入る感触……
「グッ……」
だけど、この位の痛み、魔王との戦いで何度経験したか……!!
「がああああっ」
所々の筋が切れる。流石に、声を我慢できない。
「さあ、命乞いをしろ。僕にお前が降伏する条件を示せ」
痛い、痛い、痛い、痛い……ッ!!!
「それとも、このまま死ぬか。僕としてはそれでも別にいいがね」
嫌だ、ここで僕が死んだら……あああああッ!!!
◇
走馬灯のように、前世の記憶がフラッシュバックする。
前世の僕……わたしは朱鷺色澄香。自分で言うのも変な話だけど、誰もが羨むお嬢様高校の生徒会長だった。
だけど、満ち足りてなどいなかった。孤高の存在となったわたしから、友達は段々と離れていった。だけど、名門である朱鷺色家の名を汚すなと親に言われ続け、わたしは孤高の存在であることを強制された。
……わたしはやがて精神を病んでいった。そんな中で異世界追放刑という刑罰を知り、やぶれかぶれになってそれを自分から受けようと、遂に中学生時代の友達を殺してしまった。
精神鑑定で心神耗弱状態と出れば異世界追放刑を受けられないかもしれない。わたしは正気に戻り、親から一門の恥と罵られるのを心地良く感じながら異世界追放刑を受けられるよううまく裁判で立ち回った。
……今なら分かる。わたしに必要だったのは異世界追放刑なんかじゃない……あの子に、あの子に謝る機会だったんだ。
だから、どうか、どうかわたしを……!!
「僕を……!!!」
……明菜にわたしは、あの子の面影を重ねていたんだろう。実際の姿がどうだったかは兎も角……
だから、だから、……神様。
わたしに罪があればこの後の人生全てをかけて償います。どうか、どうかわたしを此処で殺さないで下さい……生きて明菜に会わせて下さい。




